炎上の裏側

高菜チャーハン

影の使者

2050年8月20日。


高木のインスタグラムアカウントが炎上した。大手チェーン店「赤木寿司」の店内で、醤油ボトルを直接舐めるという迷惑行為の動画を投稿したのが原因だ。デジタルタトゥーは瞬く間に拡散し、アカウントには罵詈雑言が溢れかえった。


中本は、今日も趣味のネットサーフィンに耽っていた。話題のニュース一覧には、件の「赤木寿司炎上事件」が載っている。また馬鹿な高校生が悪ふざけでは済まされないことをやらかしたらしい。なんでも、赤木寿司は当事者である高校生に対し、五千万円もの損害賠償請求をしているという。


「親は気の毒だな」


中本は天井に向かってそう呟き、床に寝転がった。この手のニュースは、中本にとってただの「面白いコンテンツ」の一つでしかなかった。


──三日後。


中本はSNSで、「赤木寿司炎上事件の張本人が自殺」という衝撃的な見出しを目にした。


「可哀想に」と、他人事のように思いながらも、コメント欄を覗く。そこは、「自業自得だ」「ざまあみろ」といった本人を叩く声で溢れかえっていた。


そして、他の人と同じように、中本も手を動かした。「人の不幸は面白い」などという最低なことを考えながら、匿名で誹謗中傷のコメントを書き込んだのだ。


ふと、胸の奥で奇妙な違和感が生まれた。中本はGoogleで詳細を調べた。


そこには、全てを覆す衝撃の事実が書かれていた。


炎上事件の当事者とされていた「風見唯」という高校生は、そもそも存在しなかった。炎上動画から自殺のニュースに至るまで、何から何までがAIによって生成されたフェイクコンテンツだったのだ。


三十歳を超えた中本は、時代の極端な進化を感じると同時に、自らの愚かな行為を突きつけられ、心の底から呆然とした。


ぼーっと天井を眺めていると、母親が部屋の扉を叩いた。「あんた、もうすぐ四十になるんだから、いい加減働きなさい!」


---


一方、剛田は、「今回の報酬だ」と依頼人から謝礼の五十万を受け取った。今回の仕事は、赤木寿司のライバル企業からの依頼だった。「赤木寿司にイメージダウンや損害を与えよ」との依頼内容は、剛田にとって造作もない。いつものようにAIを駆使して炎上しそうな動画を作り、見事に世論を巻き込んだのだ。


そして、剛田はトドメを刺した。架空の炎上犯を「殺した」のだ。


もちろん、存在しない人間を殺すのはおかしい。だが、そのフェイクの「自殺ニュース」によって、事件は再び、より強い関心を集める。二度炎上させるため、剛田は冷徹にそのコンテンツを配信した。


ここは、2050年。生成AIの普及とその進化ゆえ、全てが偽物に覆い尽くされ、人々が真偽を見失う、情報の騙し合いの新時代を迎えたのであった。

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炎上の裏側 高菜チャーハン @mast145

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