第1部:交流 / 第31話:一縷の望み
鬨の声は、とうに悲鳴に変わっていた。
王都ティル・ナ・ローグの正門前は、地獄と化していた。騎士団長ガウェイン・ファーガスは、押し寄せるアンデッドの津波を、ただ必死に押し返す。彼の鎧は不浄な血で黒く染まり、振う剣は鉛のように重かった。
「持ちこたえろ! 王都を死守するのだ!」
自らを鼓舞するように叫ぶが、防衛線は少しずつ、しかし確実に後退している。橋の爆破成功の報せがもたらした希望は、無限に湧き出る敵の物量の前に、瞬く間に絶望へと塗り替えられていた。
(くそっ…!半刻どころか、もはや時間の問題か…!)
ガウェインは歯噛みする。兵士たちが次々と崩れ落ちていく。彼はただ一点、親友たちが帰還するはずの西の街道を見つめた。
(レオニス…!早く戻ってくれ…!)
その頃。王都の城壁を目前に捉え、三英傑と残された騎士たちは、死に物狂いで馬を駆っていた。
「チッ…!キリがねえ!」
ザインが舌打ちと同時に神剣ネメシスを振るい、行く手を阻むアンデッドを薙ぎ払う。レオンは亡き部下たちの顔を胸に、怒りを力に変えて戦鎚を叩きつける。そしてレオニスは、遠くに見える王都の惨状に、ただひたすらに刃を振るい続けた。
その絶望的な光景は、城壁の上から見守る者たちの心をも蝕んでいた。
「ああ…もう、だめだ…」
誰かが呟く。ガウェインの部隊が、ついに崩れ始めたのだ。
その光景に、ユーリとグレンが、覚悟を決めて顔を見合わせた。ユーリは、震えるグリーンウィロウの男たちに向かって叫んだ。
「我々も戦うぞ!子供たちに、故郷を返すために!」
「待ってください!私たちも行きます!」
アンナの凛とした声が響く。彼女の隣には、フィオナ、リリィ、ラナが並んでいた。
「負傷した人を一人でも多く助けたいんです!」
ラナも、リリィも、フィオナも、その瞳に恐怖ではなく、戦う意志を宿していた。ユーリは一瞬ためらったが、娘の強い瞳を見て、静かに頷いた。
最前線では、ガウェインが数体のアンデッドに囲まれ、集中攻撃を受けていた。巧みに剣を捌き、敵を打ち倒すが、一瞬の隙を突かれ脇腹を深く切り裂かれる。
「ぐっ…!」
ガウェインが膝を突いた。とどめを刺そうと、無数の敵が彼に殺到する。
まさにその時だった。
城門が内側から開き、ユーリやグレン、そしてノアたちグリーンウィロウの男たちが、雄叫びを上げて飛び出した! 彼らは手にした剣や槍で、必死に防衛線の穴を埋める。
さらに、アンナたちが最前線へと駆け出した。
「しっかり!」
ラナとアンナが、倒れた兵士に治癒魔法をかけ、フィオナがその身体を必死に引きずる。リリィもまた、火炎魔法を放ち、その進軍をわずかでも食い止めようと奮闘した。
市民たちの決死の加勢で、防衛線は奇跡的に持ち直す。
だが、それも束の間だった。
多勢に無勢。ついに防衛線の一角が崩れ、雪崩を打ったアンデッドの群れがアンナやフィオナ達に襲い掛かる。
「いやぁぁっ!」
「もう、だめ…!」
二人が死を覚悟し、目を固く閉じた、その瞬間。
蒼い閃光が走り、黄金の衝撃が轟き、そして漆黒の斬撃が闇を切り裂いた。
アンナたちに迫っていたアンデッドが、一瞬で塵と化す。
息を切らして駆けつけたレオニス、レオン、ザインが、二人を庇うように立ちはだかっていた。
レオニスは、眼下で孤軍奮闘する親友に向かって、魂の限り叫んだ。
「ガウェイン!城門を開けろ!全軍、撤退する!」
その声に、ガウェインがはっと我に返り、残された力を振り絞って号令をかける。
巨大な城門が、再びゆっくりと開き始めた。英雄たちと、生き残った全ての人々が、なだれ込むように城内へ。
間一髪で門が閉じられ、アンデッドの群れから切り離された時、城壁の内側には、安堵の嗚咽と、勝利とは呼べない疲労だけが満ちていた。
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