第1部:交流 / 第20話:兄と弟

 レオニス・グレイ=クラウスは、希望だけを道連れに、馬を駆ってエアデール王国を目指した。そして数日後、ついに噂の震源地であるグリーンウィロウの町にたどり着く。

 彼は情報を集めるため、酒場ではなく、人々が最も集まるであろう市場の広場へと向かった。そこで彼は、四人の子供たちが仲睦まじく話しているのを見つける。アンナ、その親友のフィオナ、幼なじみのノア。そして、町の子供たちの中でも特にアンナに懐いている、小さな少女アレッタだ。アレッタは、アンナに花冠の作り方を教わっているのか、楽しそうにじゃれついていた。

 レオニスは馬から降りると、子供たちを怖がらせないように、被っていたフードをゆっくりと外した。その穏やかな声と、フードの下から現れた貴公子のような顔立ちに、フィオナはぽっと頬を赤らめる。それを見ていたノアが、少し離れた場所から「チッ」と舌打ちをした。

 レオニスは、この町に現れたという紫色の髪の毛をした剣士のことを聞くと、フィオナが「知ってる!アーサーのことでしょ!」と得意げに話す。なんとフィオナは、そのアーサーと友達だというのだ。

 レオニスは、もう一つの噂――「魔女」についても言及する。

「あぁ、マチルダのこと?」

 フィオナが不思議そうに首を傾げた。

(アーサー…マチルダ…)

 レオニスの頭の中で、最悪の仮説が組み上がっていく。弟アーサーが、魔女に連れ去られ、使い魔か何かにされているに違いない。世界広しといえど、あのアーサーを力で制することができるのは、自分か、かの勇者ザイン、あるいはグリムロックの将軍レオンくらいのものだ。ならば、噂の「魔女」の仕業としか考えられない。

「そのマチルダという魔女は、どこにいるんだい?」

 フィオナに居場所を聞き、「ありがとう、お嬢さん!」と言うなり、レオニスは詳しい話も聞かずに森へと駆け出した。

「あ…マチルダも友達だって、言うの忘れちゃった…まあ、いっか!」

 フィオナは、去っていくイケメンの背中を見送りながら、またアンナやノア、アレッタ達と遊び始めた。

 その頃、マチルダの居城では、彼女がいつものようにお姫様っぷりを発揮していた。

「のう、アーサー。退屈じゃ。ワシは『おかし』が食べたい。町の菓子屋で、一番甘いものをたらふく買ってくるのじゃ」

「やれやれ…僕の主様はカラス使いが荒いんだから…」

 アーサーは呆れながらも、主の命令には逆らえない。「キュッ!キュッ!(アンナに会いたい!)」と鳴くチャチャを肩に乗せ、二人は連れ立って、グリーンウィロウへと飛んでいった。

 一人になったマチルダは、手持ち無沙汰に湖畔に出て、んーっと背伸びをしていた。その時、森の木々の間から一人の男が姿を現した。レオニスだ。

「君、こんなところで一人で何をしているんだい?親御さんは一緒じゃないのかい?危ないよ。ところで、この辺りで、紫色の髪の青年を見かけなかったかな?」

「アーサーのことかの?」

 その名を聞いた瞬間、レオニスの目の色が変わった。

「…君が、マチルダかい?」

「そうじゃが。何か用か?」

 マチルダが問い返した、その瞬間だった。レオニスの姿が消え、電光石火の剣閃がマチルダを薙ぎ払う。

 キンッ!

 甲高い音と共に、マチルダの目の前、寸でのところでレオニスの剣が止まっていた。不可視の障壁が、その刃を阻んでいたのだ。

「なんじゃ、おぬし死にたいのか?」

 マチルダがニヤリと笑う。レオニスは答えず、さらに無数の剣戟を放った。あまりの速さに剣筋は見えない。しかし、その刃がマチルダに届くことはなかった。

「カッカッカッ!良い剣筋じゃ!」

 マチルダは楽しそうに笑いながら、全ての攻撃をいなしていく。

「アーサーをどこへやった!」

「買い物じゃが?」

「弟を奴隷にしたのか、この魔女め!」

 レオニスは、弟のこととなると話が通じない。マチルダが「奴隷というか、まあ使い魔というか…」と言いかけたことで、彼は完全に冷静さを失った。

「きさまぁっ!」

 怒りのままに叩き込まれる無数の剣戟。マチルダはそれを余裕で避けながら、「おぬし、なかなか強いのう。アーサーに剣筋が良く似ておる」と呟いた。

 その言葉が、さらにレオニスの怒りを煽る。

「黙れ!弟の名を気安く呼ぶな!返せ…!俺のアーサーを返せぇっ!」

 その時だった。

「マチルダ様!何事ですか!」

 買い物から帰ってきたアーサーが、争いの気配を察知し、人間の姿となって二人の間に割って入る。アーサーは、いきなり斬りかかってきたレオニスの剣を、夜刀之影で受け止めた。

「マチルダ様になにをする!」

 数合、剣を交え、互いの剣筋に既視感を覚えたその時、二人の動きがぴたりと止まった。

 アーサーの目に飛び込んできたのは、忘れるはずもない、兄の顔だった。そしてレオニスの目には、探し求めていた、弟だけが持つ紫がかった黒髪が映っていた。

「…兄さん…?」

「…アーサー…?」

 次の瞬間、レオニスは剣を放り出し、アーサーを力いっぱい抱きしめていた。

「アーサー!アーサー!生きていたのか!ああ、良かった…!」

 子供のように泣きじゃくる兄の背中を、アーサーは少し照れながらも、優しく撫でる。

「兄さん…。」

 その感動の再会シーンを、少し離れた場所から見ていたマチルダとチャチャは、退屈そうに、揃って鼻をほじっていた。

 マチルダは、隣のチャチャに小声で尋ねる。

「チャチャ、あれはなんじゃ?」

 チャチャは、鼻の穴から指を抜きながら、一言呟いた。

「キュー」

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