第1部:交流 / 第16話:それぞれの道

 グリーンウィロウの朝。レオンは、旅支度を整え、アンナたちの家の前に立っていた。

「短い間だったが、世話になったな。特に、君の母親のシチューとクッキーは絶品だったと伝えてくれ」

 彼はマチルダたちや、見送りに来たユーリ、グレンに、一介の旅人として、心からの笑顔で挨拶をする。アンナたちも、名残惜しそうに彼に手を振って見送った。

(これで戦争は止められる…!)

 レオンは、希望に満ちた表情で馬にまたがると、意気揚々と故郷への帰路についた。

 レオンを見送った後、マチルダたちも森へ帰る時間となった。

「マチルダ!」

 アンナが、少し恥ずかしそうに、一つの包みをマチルダに差し出す。中には、ソフィアと一緒に作ったという、美しい赤いリボンが入っていた。

「はい、プレゼント」

 いつもなら「こんなもの」と一蹴しそうなマチルダだったが、彼女は、そのリボンを受け取ると、初めて見るような、心からの優しい笑顔を見せた。アンナに頼んで、その場で艶やかな黒髪にリボンを結んでもらう。

 その光景に、アーサーもチャチャも、そしてフィオナさえもが、自然と笑みをこぼした。遠くから見守っていたユーリとグレンも、「カリーナ婆様の心配も、考えすぎだったかもしれんな…」と安堵の表情を浮かべる。

「アンナはワシの友達じゃ。いつでも森に遊びに来て良いぞ」

 マチルダはそう言うと、さらにフィオナの方を見て、付け加えた。

「…おぬしも、来たければ来るがよい」

 その言葉に、フィオナは顔を真っ赤にして、そっぽを向く。

「べ、別に…! あんたがそんなに来て欲しいって言うなら、行ってあげてもいいわよ!」

 その分かりやすいツンデレな態度に、アンナはまた嬉しそうに笑った。一行は、再会を約束して、それぞれの場所へと別れていく。グリーンウィロウには、穏やかで希望に満ちた空気が流れていた。

 その頃。グリムロック連邦、ヴィンターヘイムの城の地下深く。

 宰相ザフランが、不気味な光を放つ巨大な魔動機の前に立っていた。

「そろそろ頃合いか…。将軍が良い知らせを持ち帰る前に、始めるとしよう」

 ザフランが魔動機を発動させると、魔法陣が広がり、周辺諸国の墓場の位置が光の点として浮かび上がる。彼は、そこから死者の魂を吸い上げ、アンデッドの兵士を生成し始めた。その数、およそ十万。

「これで、グリムロックは一切関与していない『自然発生したアンデッドの厄災』の出来上がりだ。哀れなエアデールを救うため、と後から恩を売ることもできる…。レオン将軍、君の正義感も、使い方次第で良い駒になるのだよ…」

 場面は二つに分かれる。

 一方は、森の住処――湖畔に立つ巨大な古木のうろの中。外見とは裏腹に、マチルダの魔法で作られたその内部は、大理石の床がどこまでも続く、神々しいほどに豪華な居城となっていた。その天蓋付きのお姫様のような豪華なベッドに寝そべったマチルダは、髪に結ばれた赤いリボンを指先で何度も撫でながら、嬉しそうに足をぱたぱたとさせている。その様子を、少し離れた場所からアーサーが静かに見つめていた。彼の漆黒の瞳には、深い感謝の色が浮かんでいる。

「…アンナ、ありがとう。君がマチルダ様に出会ってくれて、本当に良かった」

 もう一方は、エアデールやその周辺諸国の墓地で、大地が不気味に蠢き、おびただしい数の骸が、月明かりの下、ゆっくりと土を掻き分け這い出してくる光景。ザフランの魔動機が、死者の軍勢を、今まさに生成し続けている。

 そして、何も知らずに希望を胸に馬を走らせるレオンの後ろ姿が、夕陽の中に小さくなっていく。

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