第1部:交流 / 第15話:月明かりの下で
グリーンウィロウの酒場は、陽気な喧騒に包まれていた。
レオンは、すっかり彼に懐いた町の男たちとエールを酌み交わしている。そのテーブルの中心には、もちろんマチルダたちがいた。
お菓子に夢中になるマチルダの姿、アンナとの屈託のないやり取り、そして町の人々の人の好さ。レオンはその光景を目の当たりにし、確信を深めていた。
(ザフランの言う「厄災を呼ぶ魔女」など、どこにもいない…。こんな少女たちや、気のいい人々が資源を独占?馬鹿馬鹿しい…!)
戦争の大義名分が、完全なでっち上げであることを、彼はその肌で感じ取っていた。
賑やかな雰囲気の中、喉が渇いたアーサーが、カラスの姿でテーブルの上のジョッキに目をやった。一つはアンナが頼んだ水、もう一つは誰かが飲み残したエールだ。彼はそれを水だと思い込み、くちばしで勢いよく呷ってしまった。
一瞬、きょとんとしたアーサーだったが、すぐにその身体がぐらりと揺れ、黒い煙と共に人間の姿に戻ってしまう。
「うわっ、また変身した!」
町の男たちは面白がり、アンナとフィオナは、再び現れた美少年の姿にドキマギしていた。
ちょうどその時、レオンが感心したように、マチルダの細い腕をそっと掴んでいた。
「しかし、不思議だ…。このようなか細い腕に、この私の筋肉が負けたのか…」
その光景が、呂律の回らないアーサーの目に飛び込んできた。次の瞬間、彼は嫉妬に燃えてレオンに詰め寄る。
「おいおっさん! なにマチルダさまにさっきからベタベタベタベタさわってるのらこらぁ! ひっく!」
アーサーのあまりに子供っぽい嫉妬の仕方に、酒場は今日一番の大爆笑に包まれた。レオンは「お、おっさん…?」と困惑し、アンナとフィオナは真っ赤になってアーサーを止めようとするが、もう遅い。ひとしきり騒いだ後、アーサーは力尽きてテーブルに突伏し、静かな寝息を立て始めた。
「まあ、酔いつぶれちゃったのね」
アンナたちが、彼を家に運んであげようと相談する。
しかし、マチルダが静かに立ち上がり、眠るアーサーをひょいと軽々と肩に担ぎ上げた。
「よい。ワシが運ぶ」
その少女らしからぬ力強さに、レオンも町の男たちも呆然とする。マチルダは、驚く一同を尻目に、涼しい顔で酒場を出ていく。アンナたちも慌てて後を追った。
アンナの家の一室。夜の静寂が、部屋を優しく満たしていた。
「いてて…」
アーサーが頭を押さえながら目を覚ますと、自分のすぐそばで、マチルダが濡れた布を替えようとしていることに気づいた。
「…このバカモノが。家来が主に介抱されてどうする」
呆れたような、しかしどこか優しい声。アーサーは酒場での大失態を思い出し、真っ青になって何度も頭を下げた。「も、申し訳ありません!マチルダ様!」
「そのまま寝ていろ」
マチルダはそう告げると、静かに続けた。
「少し町の空気に浸りすぎた。明日の朝には森に帰る。それまで休んでおけ」
「は、はい…」
アーサーは、おそるおそる尋ねた。
「あの…私、酔って何か失礼なことを言いませんでしたでしょうか…?」
マチルダは、ふいっとそっぽを向く。
「…なにも言っとらんかったぞ」
その横顔が、窓から差し込む月の光を浴びて、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んでいたことを、アーサーは知らない。
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