第9話 フルトの尋問 

「なんだ、フルトパーティーとフィンジャックか。……いや、無事だったか」


 アブソプタパーティのリーダーでドワーフと人間のハーフのサコーは、安堵した表情で片手斧とL字型の盾を下ろす。


 背中に俺が持っているウェンブリンライフルとは違う形の古代兵器を背負っていて、小さな望遠鏡を取り付けた変わった兜を装備している。


「おかえり⋯⋯と言いたい所だけど、ちょっと見苦しい所を見せてしまったね」


 サコーは満身創痍で、所々怪我をしていて辛そうだった。


「それよりも、何があった?リリアーナ嬢、サコーの手当てを」


「はい!」


 リリアーナがサコーの元へ駆け寄り、回復魔法を唱える。だが、サコーは手で拒否のサインを出して指を指す。


「すまん。うちの小隊のほとんどが裏切ってて退路の奪還に手間取った。お嬢ちゃん。⋯⋯シグの治療を先に頼む。私は後でいい」


 辺りを見渡すと、彼女のパーティーの面々は血まみれで虫の息になっていた。


 その隅には、ほぼ無傷の荷物にもたれかかかる形で倒れ込んでいる荷物管理人の小柄で華奢な体格をした種族の女性が見えた。


「ハルフット族のシグか。よく、荷物を守り抜いてくれた。⋯⋯俺は君を誇りに思うよ。」


 荷物管理人としては、心が痛い。俺は急いで彼女の元へ駆けつけるが、お腹に血が溜まってて唇を僅かに動かすくらいの力しか残ってなかった。


「そうか。なら、リリアーナはシグの治療も頼む。俺は生きている残りの連中に回復魔法をかける」


「お、おい! 何を考えてるんだ!? フルト」


 サコーよりも先に、俺が声を張り上げてフルトを睨みつける。


「お前、頭おかしいんじゃないか? ローレンスの手下だぞ!」


「勘違いするなよ。俺はリリアーナさんとは違って、こういう魔法を扱うのが苦手なんだ」


「え? どういうこと?」


 俺がフルトの言葉に戸惑っていると、サコーは納得した顔で了承した。


「あー、そういう事ね。良いよ、全員回復さしても」


「お、おい。どういう事だ?」


 完全に理解が追いつかない俺を無視して、フルトはさっきサコーが倒したエルフの魔法剣士に近づいて回復魔法を唱える。


「う、うぐぅ⋯⋯! 痛い痛い痛い痛い!!!」


 すると、エルフの魔法剣士が飛び起きて、頭を抱えながらもがき苦しんでいた。


 立ち上がろうとしたが、耐え切れずに地面に崩れ落ちる。

 喉の奥から漏れる苦しげな声と、周囲に漂い始めた鉄臭さに、血の気がサーッと引いた。


 もはや、容姿端麗のエルフには似つかわしくない哀れな光景であった。


「フィンジャック。回復ポーションも回復魔法も、使い方次第でなんだ。」


「へ、へぇ。専門外だったから知らなかったわ」


 俺は上擦った声で感心する。


「特に、俺は回復酔いや他の副作用の対処が苦手でね。鉄の輪で拘束する魔法ゾルガ・ヴィアド


 フルトは、俺の顔をちらっと見てから胃液を吐き出している剣士に拘束魔法をかける。


 すると、鉄の紐が女魔法剣士の二の腕と胴体、足に至るまでぐるぐる巻きに拘束して倒れ込んだ。


「き、貴様! 女にこんな恥をかかせてタダで済むとは思うなよ!」


「リリアーナさん。申し訳ないけど、フィンジャックと一緒に夕飯の準備してくれるか? 荷物にドラゴンの肉を少しかっぱらったから、それを使ってくれ」


「おい、無視するな! 短命種ども!」


 女騎士の喚き声に無視してフルトは、まだ息のある奴らに回復魔法をかけては拘束魔法でグルグル巻きにして一ヶ所にまとめ始める。


 フルトが最後の一人を拘束すると、辺りは呻き声で満ちていた。

俺は思わず目を瞑った。


「……うぇ。リリアーナ嬢、あっちで火でも起こそうぜ」


 リリアーナは小さく眉を寄せて頷くが、言葉を飲み込んだ。


 きっと、癒しの魔法を「拷問」に使うやり方に嫌悪を覚えている。


 だが、それ以上に――裏切りや欺瞞に苛立ちを覚えているのだろう。

 ……俺には、彼女が一瞬だけ「現実に折り合いをつけた大人の顔」に見えた。


 あまりの光景に、胃の奥がまだひりついていた。

 それでも俺たちは、壊れた時計塔の広間で肉を焼くことになった。


「よし。俺はフルト達に呼びかけに行くから、仕上げは任せた」


「はい。フルトにはなるべく早く尋問終わらせるように伝えてください」


「あいよ」


 辺りが薄暗くなり、街灯が無い中でフルト達のいる火の明かりを頼りに向かう。


「おーい、フルト、サコーにシグ。夕飯ができ⋯⋯た。って、まじかよ」


 目の前の光景に、思わず尻もちをついて逃げ出しそうになっていた。


「ろ、ローレンス様は……女だけの……国を……乗っ取った後も周辺諸国の優秀な人材を引き抜いた」


 断片的な言葉を吐き出した瞬間、フルトが口の端を吊り上げる。


「ほう。つまり、シルヴァンディア王国を乗っ取って女王の国にするわけか」


「そそそ、そう。政治、軍事、物流、どれをとっても隙のない、理想の国へと生まれ変わるのだ」


「そうか。では、覚えている範囲で引き抜いた人材を全部話せ」


 黄色い光が女剣士の額に触れている間、彼女の瞳孔が震え、口からは勝手に言葉が溢れ出す。


 彼女は必死に口を閉ざそうとしたが、震える唇から言葉が零れ続ける。涙と涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら、それでも口が勝手に動く。


 フルトはそれに対して何も言わない。ただ無表情で見下ろしているだけだ。拷問をしているはずなのに、日常の作業でもしているかのようだった。

 なのに、その沈黙こそが一番恐ろしかった。


 立ちすくんで怯えているのは、俺だけじゃない。


 サコーは斧を握る手を震わせながらも、必死に立ち上がろうとしていた。


 シグは蒼白になりながらも、次から次へと出てくるローレンス派の優秀な女性たちの詳細を記録していた。彼女にとっては、これも「荷物を守る仕事」の延長なのだろう。


 拘束された裏切り者共は「次は自分達の番だ」と悟り、声にもならない小さな悲鳴を上げている。


「たたた、たとえ、国王が魔王討伐の約束を反故にしても、ローレンス様の息のかかった騎士団や幹部が反乱を起こして乗っ取る。⋯⋯そして、優秀な人材で固めた国が完成するのだ」


「ふむ。これで、抜き取れた情報はこれくらいか」


 フルトが魔法のオーラを解除すると、魔法剣士は白目を剥いて倒れた。同時に、フルトは俺の存在にようやく気付いて振り向いた。


「おう、フィンジャック。夕飯が出来たのか」


 フルトは気さくに声をかけるが、俺はすぐに声が出なかった。


「そ、そうだが」


「じゃ、続きは飯を食ったときにするか。おふたりさんも一緒に」


「あぁ⋯⋯は! 行くぞ、シグ」


 ふたりはフルトに敬礼してそそくさと俺達の後をつく。


「おかえりなさい、フルト。さぁ、温かいうちにみんなで食べましょう!」


 こうして俺達は、リリアーナに促されるまま楽しげに焼いたドラゴン肉を焼肉風にして食べたりスープを飲んだりした。


 サコーは酒を飲むみたいにスープをがぶ飲みして、無理に笑っていた。

 シグは手を震わせながらも、肉を一口一口きっちり分けていた。


 そうでもしないと、さっきの狂気じみた尋問を思い出しそうになっちまう。


 食事が終わっても、サコーもシグも聞いてもいないのに、身の上話やドワーフの国の事を喋って何とか場の雰囲気を盛り上げようとする。


 だが、段々ローレンスの国乗っ取り計画と、ローレンス打倒の話に進んでいく。


「十年前から計画していたのか。……やっぱりローレンスは相当したたかだな」


 フルトはドラゴンの肉を一口食べながら淡々と呟いた。


「はぁ。人の野心ってやつは、魔王より質が悪いねぇ」


 俺はいつものように皮肉を言おうとするが、頭が回らない。さっきみた尋問の光景を思い出しそうで怖かった。


「……ローレンスがそんな計画を?」


 リリアーナの表情は驚きと、ほんのわずかな怒りで曇っていた。

 それでも彼女は、何も言わずに静かに手を合わせ、祈るように目を閉じた。


 全く。リリアーナの女神様の力もおっかないけど、こいつの方が一番おっかないんじゃないか。


「さて。俺が尋問で得た情報をまとめてから、今後の事を決めようか」


 こうして、フルトが尋問で得た情報を話し始めた。

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