第10話 ローレンスの国乗っ取り計画
「まず、奴は本当に優秀な女性を引き抜いていたってことだな」
フルトは、淡々と食べ終えた食器を片付けながら話す。
「外交にはエルフの国のダリア、軍部はステン考古学会のベネリ元大佐、経済官僚はシルヴァンディア王国のステファン副大臣、魔術はノームの村の天才魔術師アルミラ」
「改めて聞くと、随分と豪華な顔ぶれだな。どれも聞いたことのある有名人じゃないか。⋯⋯良くも悪くも」
フルトが挙げた名前に、俺は思わず片付けようとしている食器を落としそうになった。
「全員知っているのか? フィンジャック」
「一級荷物管理人を舐めるなよ。どいつもこいつも、“自国の現体制に不満を抱えた女”なのは違いねぇ。特にベネリは」
「ほう」
フルトとリリアーナは、俺の近くまで座って話を聞いていた。
「元々ステン考古学会は、純粋に古代遺物の発掘と研究を目的としたドワーフの一団。でも、古代兵器を発掘したのをきっかけにどんどん軍部産業に進出して、いつの間にか軍事国家になった。サコー、シグ。認識はあってるか?」
「あぁ。ざっくり言えば、そうだな」
「そうね。ベネリ大佐は考古学会の研究範囲拡大と自衛の為に、本格的な軍事国家化を目指してました」
サコーは眉間に皺を寄せて頷き、シグは記録簿を広げながら答える。
「彼女が仲間と共に軍隊を設立した時に、多種族を雇用して少しでも多くの兵士を集めてました」
「ん?」
「⋯⋯裏で男も女も関係なく異種族漁りするカモフラージュの為に」
シグは嫌悪感を隠さずに歯ぎしりする。
そりゃそうか。ハルフットは身長も百十センチくらいと、他の種族よりも小さくて幼く見える。俺から見ても、五歳未満のガキにしか見えねぇ。
だから、そういう趣味の異種族の連中に狙われやすいし舐められやすい。
「なんですか、フィンジャック殿。私、これでも十七歳の大人ですよ」
「俺、何も言ってねぇよ」
「いえ、私をクソガキ扱いしてる目で見ていた」
シグはジト目で俺を睨みつける。いや、かなりの冤罪だろ!
しかも、リリアーナが街中にぶちまけられた吐瀉物を見るような目で俺を見て避け始めてる?
「フィンジャック。貴方、そういう趣味が」
「リリアーナ嬢、乗っかるなよ! 俺にそんな幼女趣味無いから!」
「リリアーナさん、俺の背中に隠れて。俺が変態から守るから」
「フルト?!」
「あのー、話を戻しませんか?」
「そうだな。だが結局のところ、理想の女の国なんて幻想だ。裏切り者と変態と拗らせ女の寄せ集めにしかならねぇ」
俺達がギャーギャー騒いでる中、サコーは恐る恐る場を収める。
「話を戻すが、ベネリ元大佐は秘密がバレて投獄されたけど脱走したんだっけな。その後どうなったんだ?」
気を取り直して話を進めるが、リリアーナとシグは互いの相棒の背中に隠れて俺の話を真剣に聞いていた。⋯⋯これが一番ショックだった。
「ローレンスと通じているスパイの手引きで古代兵器をいくつか強奪して脱獄。今頃シルヴァンディア王国の乗っ取り作戦に参加しているだろうな」
「ったく、乗っ取られたら理想の女の国どころか、ローレンスやベネリみたいな変態の巣窟になるじゃねぇか。男漁りのステファンもやべぇし。サコー、なんか良いニュースはあるか?」
俺は心底うんざりした顔でサコーに尋ねるも、「そんなのねぇよ」と一蹴された。
俺は綺麗な星空を見ながら考え込む。
なにか良い方法を一生懸命考える。
(ダリア? 優秀な外交官だか知らねぇが、裏じゃ短命種喰いの女狐だろうが)
(ステファン? 女性の人権活動の旗振り役だぁ? 裏じゃ男漁りで大臣すら寝取るビッチだ)
(アルミラ? ノーム史上最高峰の魔術師だって? ハルフットマニアで追放された変態魔女のくせに)
結局考えても、頭に思い浮かぶのはローレンス二世に引き抜かれた女達のスキャンダル情報ばっかりで気分が悪くなった。
「とりあえず、荷物管理協会の隠れ家かステン考古学会に向かうか。⋯⋯いや、ベネリを手引きしたスパイが紛れ込んでいるからステンの方へ行くのは危険だ」
『安心しろ。先ほどスパイ行為を働いた裏切り者はこちらで処分した』
突然、夜の時計塔近くから、大きな声が聞こえた。
全員が各々の武器を構えて時計塔の方へ身体を向ける!
だが、遅かった。
夜風に混じって、鉄と油の匂いがした。気づけば、時計塔の影から黒羽根のマントを翻す兵士達が次々と姿を現す。
三十人? いや、それ以上か。
気づけば夜空の下、俺たちの影は消え、敵の影に塗りつぶされていた。
「ま、まさか、ワタリガラスの本隊!?」
「隊長、後方に海兵隊と考古学チームが控えてます」
サコーが真っ青な顔で叫ぶと、シグは両手を上げて冷静に状況を確認する。
もうすっかり夜が更けてきて、彼らの部隊の面々の顔は見えづらい。だが、彼らが灯している古代兵器らしき棒から発する光で、辛うじて部隊の紋章やら装備が見える。
『よう、フィンジャック。出来れば、こんな形で再開したくはなかった』
時計塔近くのドワーフの兵士が持っている大きな鉄の箱から、聞きなじみのある男勝りな女の声が聞こえる。
「奇遇だね。俺も全く同じこと思ったぜ。案外、俺たち相性良いかもな」
『はは、誉め言葉として受け取っておくよ。うちの看守たちと談笑しているところ、邪魔して悪かった。お詫びに、次の依頼では報酬に色を付けるからさ』
「血の色以外なら喜んで受け取るよ」
「おい、フィンジャック。あの鉄の箱は何だ? 魔法なのか?」
フルトが後ろから俺の肩を強く掴んで尋ねる。肩越しに、生ぬるい彼の手汗が染み付いていく。全ての部隊は武装を解除してはいるが、それでも緊迫した空気には変わらない。
「あれは、古代遺物の通信電話ってやつで、箱に刺さっているワイヤーを伝って遠くにいる相手と話せる魔法の機械さ」
「で、その遠くにいる相手は誰だ?」
『失礼、申し遅れた。私は考古学者のタング。そちらは不死身のフルトに、女神様の化身リリアーナ様で間違いはないかな?』
タングは通信電話を通して、軽く柔らかい声で二人に尋ねる。
「フルトでいい」
「リリアーナで良いですよ」
『OK! できれば直接会って宴をしたいけど、ローレンスがうちの学会を随分と引っ掻き回してそれどころじゃないんだ』
「つまり、俺達に仕事をしてもらいたいって事だな? ローレンス派の反乱の後処理と調査で」
『おぉ! 理解が早くて助かる! これは前金代わりだ。依頼を引き受けるなら、追加で君たちの武器や防具の修理、物資の補給をしよう』
「おい、準備を」
タングとワタリガラスの隊長らしきドワーフが合図をすると、八人の補給部隊が工具箱や宝箱を持ってきた。
どれも、今の俺達からすれば喉から手が出るほど欲しい物資だった。
「分かったよ。依頼を引き受けるが、詳細は明日あたりに教えてくれないか? ここにいる皆、疲れているだろうし」
『良いよ! では、明日から君たちの次の仕事の話をしよう。それまでは、学会の責任者ステンの名において身の安全を確保するからさ』
古代通信箱から響くその声は、妙に楽しげだった。
俺たちは顔を見合わせ、無言のまま夜空を睨みつけた。
さて、夜明けに新しい死体にならないよう願うか。
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