2時限目 魔法史学 / 初期魔法史 ; 魔法の起源
高等部の生徒となって2日目。午前中にあった普通教科のオリエンテーションも終わり、昼休みを迎えていた。
廊下の窓からの日差しが眩しく、故郷と違う秋の肌寒さは今となっては体に馴染んでいた。
「どうしたんだ?ユウキ」
「アルか。いや、ちょっとボーッとしてただけ」
彼の名前はアル。初等部の頃は2年間、そして今年も同じクラスとなった友人。当時は、異郷の地に来たばっかだったということもあり、同じ境遇にいた彼とはすぐに仲良くなった。
「そんなことよりさ、ユウキ。もう昼休み終わるし教室戻ろうぜ。次って確か魔法史だろ?」
「そうだよ。ウチのクラスは毎日午後に魔法六科があるみたいだし」
「昼飯のあとじゃちょっと眠くてきついけどな。にしても、あの先生なんか変わってるよな」
「変わってるって?」
「いや、あの先生の魔法ってなんか魔法って感じしないよな」
「まあ確かに。なんか、魔道具みたいに緻密というか」
「そうそう。なんか小難しくて。なんかうまく理解できる気がしないんだよな。初等部みたいに感覚だけで覚えられたらいいんだけど、そうもいかなそうだし」
「高等部生になるってそういうことなんじゃない?ほら、早く戻らないと時間になりそうだよ」
「そうだな。さっさと行くか」
そう言って、二人で話しながら教室に戻った。
「全員居ますね。それでは、授業の方を始めましょうか」
フェーリン先生のその一声で授業が始まると、ゆったりとした足取りで教卓の前に出てきた。
「まず始めに、オリエンテーションを行おうと思います。この授業は魔法技術学・魔法史学・魔法言語学・魔法生体学・魔法工学・魔法理学、すなわち魔法六科を、魔法史学を主軸とした形で行います。授業の内容としましては、昨日行ったように、その日のテーマに沿った学習を始めに行い、授業終わりにその日の内容をまとめたプリントを配布します。一応教科書等の教材もありますが、授業で使うことはありません。各自、復習で使ってください」
やはり、この先生のやる授業というのは、他の先生が行う授業とはどこか違うみたい。
初等部の魔法の実技や座学の授業は、どの先生も教科書通りの似通ったものだった。けれど、この先生は教科書を使わずに授業をすると言う。
正直僕は、この先生がやる授業の新鮮さに興味を持ち始めていた。
「各学期の中間と期末の考査ですが、魔法六科の内の魔法技術、つまり実技に関しては学年共通、魔法技術以外の筆記科目に関しては、私が担当するクラスのみ、独自のテストを受けてもらうことになります。ここまでで何か質問とかありますか?」
「お一つよろしくて?先生」
「どうぞ、ナディさん」
「感謝いたしますわ。では先生、考査では独自のテストを行うとおっしゃっておりましたが、他クラスとのテストの難易度はどれほど異なるのです?」
「そうですね。基本的に大差がないようにするつもりです。ですが、魔法史を中心にほかの科目も扱う以上、魔法史以外の座学では授業内容がどうしても他クラスと異なってしまいます。その結果、難易度が少しばかり難しくなってしまうこともあるかと思いますが、成績をつける際には最大限の配慮をすることを皆さんに約束しましょう」
「なるほど。分かりましたわ」
考査にも影響するほど授業の内容が違うのか。そうなると、実技はともかく魔法の筆記科目に関しては、正直どのように勉強を進めてけばいいのか少し戸惑うところだ。
「ほかに質問もないようですし、早速授業を進めていきましょう。では皆さん、ここからは気を引き締めて」
先生がそう言った瞬間、何やら早口で詠唱式を唱えた。だんだんと、教室中に広がっていた、昼休みのあたたかな空気が、草原のように澄んで冴えわたるような冷気に塗り替えられていく。
「本日皆さんに教えるのは、魔法の起源についてです。今や皆さんにとっては当たり前となっている魔法。それは一体どのようにして使えるようになったのか。検討はつきますか?」
魔法の起源。多くの物語や伝承にもそのことが書かれたりしているのは知っていた。例えば、神様からの祝福として魔法が使えるようになった話だったり、魔女に立ち向かう勇者に妖精が授けたものが魔法だったり。基本的には、魔法が奇跡的なものだと言うふうに書かれていることが多かった印象だ。
「実は、人間は最初から魔法が使えたわけではないんです」
先生が黒板に向かい、人体を描いていく。そして、血管と心臓を書き終えたとき、再びこちらを向いた。
「ご覧の通り、これは人類が生まれて間もない頃の簡易的に描いた人体図です。今の私たちと同様に、心臓や血管、ここでは描いていませんが、肺や胃と言ったその他の臓器も持っています。しかし、今の私たちにあって、初期の人間にはない部分があります。アネットさん、何か分かりますか?」
「えーっと、うーん。よく分かりません」
羊の獣人の少女は、起きているのか起きていないのか分からない状態でうつらうつらとしていた。
それを見ている先生は、少し困った顔をしてまた口を開いた。
「なるほど、ありがとうございます。では、ベニート君。あなたはどうですか?」
「魔素回路ですか?」
「その通り。初期の人類には魔素回路がありませんでした。逆を言えば、魔素回路ができたからこそ、魔法を使えるよう進化したとも言えるでしょう」
先生が、さっき描いた人体図に、赤で記された血管の横を沿うようにして、青の線で魔素回路を示していく。そして、雪を被った枝垂れ柳のような映える白をなびかせながら、先生が前を向く。
「さて、ここで問題が一つあります。魔法が使える要因が魔素回路であると言うのは先ほど分かりましたね。では、その魔法回路はどこから来たものでしょうか。隣の方と一緒に考えてみてください」
突然のペアワーク。去年までの4年間を一緒に乗り越えてきた人たちだとは言え、まだこのクラスが始まって2日しか経っていないのに、いきなり2人で話し合うのは少し厳しい。
隣の人はと言うと、こちらの様子を伺っているみたいだった。
「えっと、僕はイシザワユウキです。それで、あなたの名前は?」
「あ、私はアイネ。アイネ•ルーカスです。よろしくね」
綺麗な青い瞳と山の湧き水のように透き通った声が強く印象に残る。見るからにこの世の悪と言うものを知らない優しいそうな女の子だった。
「あの、大丈夫ですか」
「は、はい。ところで、先生が言っていた問題の答え、何か思いつきましたか?」
「うーん、そうですね。おとぎ話とかで、神様からの贈り物が今で言う魔法の元になったって言うようなお話は知っているんですけど。先生が言いたいのって、きっともっと現実的なことなんじゃないかなって。あなたは?」
「僕的には、もともと魔素を持っていたものから人の体に取り込んだ、みたいな感じかな」
「なるほど。確かにそれはありそうね」
こうして、うまく話し合いを進めることができた。知見を広げるとか、そこまで深く話したわけではないが、初めて話した相手だったから、難なく話すことができて少しホッとしていた。
「話し合いはそこまで。初回にしては、皆さん活発な話し合いがなされていて嬉しく思います。では、話を戻すとしましょう。なぜ、人体に魔素回路ができたのか。それは、人類が魔性生物を捕食してきたからなのです」
魔性生物。それは、体内に魔巣と言う魔法器官を持つ生物のこと。それによって、魔法を放つことができるという特性を持つ。
「初等部で学んだ通り、魔素回路がない人が体内に魔素を取り込んだ場合、基本的に体が拒絶反応を起こします。それは原初の人類も同様でした。ですが、当時食べるものが少なかった人類にとって、魔素が含まれていると言う点さえ除けば、魔性生物も絶好の栄養源でした。魔性生物の凶暴さも相まって、原生生物(魔素を持たない生物)が減っていく中、魔性生物を食べ、魔素に対する免疫をつけていった人たちが生き残りやすくなったと言うわけです」
実際の魔性生物については、学校の敷地内にある、演習場という名の広大な森で見たことがあった。柵で囲まれたその場所には、比較的安全な魔性生物が多く棲息しており、初等部の頃から授業で入っていた。ただ安全と言っても、魔素を持たない原生生物よりもかなり凶暴で、油断して大怪我をし、途中で退学することになった生徒も過去にいた。
そんな生物を相手に、昔の人は捕まえて食べてまでいたと考えると、少し恐ろしくも思えた。
「こうして魔素回路を獲得した人類は、ある特殊な変化が一部の人に現れたんです」
先生が懐から箱のようなものを取り出し、教卓の上に置いた。そして、呪文を唱えながら二つの黒板消しを思いっきりはたく。すると、カーテンは閉じて部屋が薄暗くなる。教卓の上には、上に向かって光を放つ箱の上に、チョークの粉が球を描いて渦巻いていた。
やがて、霧が晴れるように渦の中から3人の人の形をしたものが出てきた。
「これが、先ほど述べた、ある特殊な変化が現れて人の模型です。どういう変化が現れているのか、観察してみて下さい」
横を向いて並び立っている3体の模型を見ると、1人は耳と尻尾が、もう1人は腕に鱗のようなものが。そして、最後の1人は長い耳を持った人だった。
「さて、もう分かったでしょう。まず、この人たちは亜人といい、進化の過程で現れた身体的特徴として、動物の持つ尻尾や耳を持つ人たちのことを指します。また、特徴が出るのは身体的なものだけでなく、習慣や性質も似通うこともあるそうです。ここにいる人たちは、それぞれ狼の亜人、トカゲやドラゴンの亜人、そしてエルフです。亜人がみんな人からの派生であるということは、最近の研究で判明したことでもあるんです」
この話を聞いているとき、アルのことを思い浮かべていた。なぜなら、彼が耳と尻尾を持つ狼の亜人だから。彼と最初に会った時は、彼が持つ耳と尻尾をみて、誰もが寄りたがらなかった。でも、いざ話してみると、彼はとても優しい性格の持ち主だったんだ。
「一応皆さんに釘を刺しておきますが、先ほど話した通り、亜人であっても同じ人類なんです。彼らを差別するのは以ての外、特別視したりすることは、彼らに対する侮辱しているとも捉えられかねないでしょう。ですから、誰に対しても平等に接する。このことはしっかり覚えておくようにしてください」
先ほどの声とは打って変わって、威圧感を感じる鋭い声に思えた。声が大きくなったわけでもないし苦しさを感じるわけでもないのに、音に重さを感じる。
隣のアイネさんも、少し顔がこわばっていた。
「話が少し脱線してしまいましたね。では、続きを話すとしましょう。ここまでは、どう魔法が使えるようになったかについて述べました。では、どう魔法を使うようになったか。これを日常の中から推測して答えを出すのは、きっと皆さんでも難しいでしょう。ですので、ここはあえて答えを言いますと、実際は魔性生物が魔法を放つときに言っていた言葉を真似てみただけなんです。思ったよりも単純でしょう」
すんなり出てきたその答えに、正直言って驚いた。奇跡というか、偶然の産物のようなものが、今に至るまでにこんなにも役立つものになるとは、ある種人類の凄さみたいなのを感じた気がした。
「さて、そろそろ時間なので終わりにしましょう。今日の内容をまとめたプリントを配布します。受け取ったら、各自休憩としてください」
そう言って、先生はさっさと教室から抜けていった。
そして間もなく、アルが僕のところへと寄ってきた。
「なあ、ユウキ。先生のあの演出すごいな!一体どんな手品してんだろう。おかげで授業おもろかったよな」
「すごかったよね、先生。でもさ、あれって絶対魔法使ってたよね」
「あれ、教室って結界が貼られてるから魔法使えないんじゃなかったっけ」
「うそだぁ。明らか口で唱えてたよ。それに、あんな手品、魔法なしでできたら逆にすごいって」
「確かにな…。なんか、俺ら変な先生に当たっちまったみたいだな」
アルが不思議に思うのもすごくわかる。あんなのを目の当たりにしたら、正直目を凝らさずにはいられない。
こんなにも何かがありそうな怪しさ満点の先生だけど、とりあえず僕は、次の授業を楽しみにしておくことにした。
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