冬空帳は自分が分からない

七瀬芙蓉

いつかの私へ



私には好きな人がいる。

天雲あまぐも梓朝あずさ

高校からの友人で、おなじ舞台で、同じ世界で働いている。

これは、私...冬空とばり梓朝あずさの物語である。

そして

私達が、死ぬまでの物語である。


「そして、鳥は飛び、江戸の街は変わらず動いていました」


舞台の外から、物語が終幕する声が聞こえる。

次の瞬間、聞こえたのは私達を労う少々の歓声と、拍手ばかりだった。


私は舞台に倒れたまま、暗い視界の中深く息を吸った。

幕がページのごとく、ゆっくりと閉ざされていく音が聞こえる。

擦れる音。それとしか表現はできないだろう。


いつしか、幕が完全に閉ざされた。

聞こえるは、観客が移動している、ガサゴソとした音ばかり。

私はまだ舞台上にいた。

失礼、語弊があった。

私と、梓朝は舞台に倒れていた。


「...寝てる?」


私が静寂を感じていると、不意に彼女から声をかけられた。


「...修学旅行かなにか?」


私がそういうと、梓朝は「おっかし~」と笑いながらこちらを見つめていた。

私は暗かった視界から一転、顔を横に動かし彼女の顔を見た。

今日の幕は「叶わない恋をした二人が、いつしか心を一つにした物語」

血塗られたものも無ければ、平和のようで少しずれている。


だから、私達の顔は綺麗なままだった。

白い肌に、アクアマリンのような瞳。客観的に見れば...綺麗だとおもう。私も思うし。


「ねー、そこまでまじまじと見られると恥ずかしいんだけど」


「...あ、ごめん」



彼女はいつしか赤面して、こちらを見ていた。

何秒経っていただろう。

それもわからないほど、もしかしたら見つめていたのかもしれない。


「おいバカップルたち」


変な笑いがこみ上げそうなとき、聞こえたのはそんな声だった。

思わず私達は目を見開き、機械のようにゆっくりと声の方へと振り返った。


「...えっと、和依あいさん...?」


私はゆっくりと、少し掠れた声でそう言った。


「これは違くて」


そしたら梓朝は呼応するようにそういった。

和依さんは茶色の髪を揺らしながら、ゆっくりとため息をついた。


「...いちゃつくのはいいけど、次の人に迷惑だから早く戻ってきな」


「...それもそうですね」


なんて言おうか迷っていたから、すかさず梓朝はそう言い返していた。

服が擦れる音がし、足が地面を叩く音が聞こえた。

きっと立ち上がったのだろう。


...


これ、もしかして傍から見れば私って「一人で倒れてるすごい人」になる...?


「随分とはやいね、実は帳は前世猫だったりした?」


気づけば、私は起き上がっていた。

和依さんは笑いながら、そういってこちらを見ていた。隣を見ると梓朝もクスクスと笑っていた。

...恥ずかしい


「ほら、帰るぞ」


和依さんは手招きをしながら、ゆっくりと歩き出していった。


「「はーい」」


と二人でいって、一瞬見つめ合った後同じように歩き出した。

冬空帳。私の名はそうだが、演技の時だけは別となる。

私は私だが、私のようで私でない。


演技は楽しい

それこそ、誰かが夢見た理想の私よりはきっと。


梓朝といれて、演技も楽しいし、したいことができる...。知らない誰かのハッピーエンドを借りれて、舞台の上はその世界に変化する。


平和になって、誰かに残る終わり方をして、誰かが感動して...


そんな物語を、彼女と作れたら。

私が梓朝の横顔を見てふと思った。








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