No.016 / エンゴの部活選び

幽世ランドで流れる時間は、現実の時間と同じである。

そのため、現実世界からの訪問者が訪れる本島では、季節ごとのイベントも執り行われている。

ここ、幽世ランド付属幽世学園では、そのような本島でのイベントごとが「歴史」の授業で紹介されていた。



がらりと職員室のドアが開き、授業を終えたばかりの教師陣がぞろぞろと入ってきた。

そのうちの一人である南川クインは、自分の机に戻ってくると、ふうと一息、大きなため息をついた。

バーチャルとはいえ、実際に生徒を前に授業をするのはそれなりに疲れる。

専用のレクチャーを受けてこの職についているとはいえ、そこは現実の仕事と変わりはなかった。

「クイン先生、おつかれさま。おひとついかがかな」

声のする方を見ると、斜め向かいの席でノマ先生が抹茶茶碗をまわしていた。

「いただきます」

そう言うとクインは、にっこりと笑顔を作ってみせた。

頭上のおもちゃのおうな王冠が、きらりと光った。


「どうですかな、クラス萌黄の皆さんは」

飲み終えたばかりの茶碗に水を注ぎながら、ノマ先生が尋ねる。

「優秀ですよ。特にジガ・メバエさんは跳び抜けています。次点でナミカゼ・シノギさん、ジョメイ・スクイさんが競っています」

「ほぅ」

「もうすぐ中間試験ですから、楽しみですね」

そう声をかけてきたのは、遅れて職員室へ戻ってきた、ノート先生だった。

「おかえりなさい」とクインが声をかける。

ノマ先生はノート先生用の抹茶をたてはじめた。


「で、今年は出ますかな、脱落者が」

動かしていた手を止め、ノマがつぶやいた。

「あやしいのが二人」

とノート先生がぽつりとつぶやく。

「シュゴ・エンゴと、カタク・写香じゃろ」

そう言ってノマ先生は抹茶を差し出す。

「なんとか生き延びて欲しいですけどね」

クインがそう言うと、「我々としてはできることをするだけですね」とノート先生が茶碗を大事そうにかかえながらみじかく言った。

ノマ先生は、ふぅと一息つくと、遠い目をして窓の外を見やるのだった。



一方その頃、一日の授業を終え一旦寮に戻っていたシュゴ・エンゴは、ひとり鏡に向かっていた。

部屋に備え付けられた洗面台の前で、かれこれ10分以上、長い髪の毛をいじっている。

「コピー、俺、変じゃないかな」

エンゴの肩に乗っかったコピーと呼ばれたツクモは、「大丈夫だよ」と機械音交じりの声で答える。

コピーがノマ先生の授業で与えられた人型の紙のままなのは、エンゴに絵心がなさすぎるが故である。授業が終わって何日経っても、結局エンゴは自身のツクモの形を描くことができなかった。

元々みずから自信を持てないタチであるエンゴではあったが、このことは更にエンゴを落胆させた。

「ほんとに、ほんとに大丈夫?」

今度はやや口調を強めにして聞いてみる。

「大丈夫だよ。でもそんなにおめかしして、一体どこへ行くの?デート?」

コピーがおかしなことを言うので、エンゴは顔を真っ赤にして「違うよ!」と全否定したうえで、「今から部活の見学に行くんだよ!」と付け加えた。

すると「あれ?エンゴ君まだ部活入ってなかったの」と背後から声がした。

振り返るとそこに立っていたのは同室のジョメイ・スクイだった。

「スクイ、今帰り?」

「うん」

スクイは靴の裏の土を玄関マットで落としながら答える。

「部活、どうするか決めてないの?」

とスクイが尋ねるので、エンゴは責められているように感じ、若干言葉につまる。

「うん、5つあるうちの一つに入らなきゃいけないのは知ってるんだ。でも決めあぐねていて」

エンゴは何とかそう絞り出した。

「そうなんだ。僕は茶道部。今から部活だけど、よければ見に来る?」

突然のスクイの申し出に、エンゴは顔いっぱいの笑顔で答えた。

「え!いいの?行く行く!」

「レッツゴー」

二人の話を理解してか、スクイのツクモが声をあげた。

「お。ポテも乗り気だな」

そう言って、肩に乗ったツクモを、スクイは指先でむにっと押さえた。

「へぇ、スクイのツクモってポテっていう名前なんだ。なんでポテは見た目がお饅頭なの?」

エンゴは純粋な好奇心から尋ねた。

「描くのが簡単だったから」

スクイの答えは驚くほどシンプルであった。

「なるほどなー。僕も同じにすればよかったなぁ」

そんな話をしながら、エンゴとスクイは茶道部の部室へと向かった。


「おはようございます」

とスクイが部室のドアを開き挨拶をすると、すぐに中から「あら、おはよう」と明るい返事があった。

「おはようございます」

続けてエンゴが挨拶をすると、長く薄い髪の毛をたたえた声の主は、「どちら様?」と笑顔でたずねてきた。

「こちら、寮で同室のシュゴ・エンゴ君です」

「はじめまして」

エンゴが挨拶をすると、女性は「はじめまして、私は部長の朧・ホウシンです」と自己紹介をし、しゃなりと会釈をした。


部室の中央にはゴザがしいてあり、その上では、今まさに抹茶が点てられているところであった。

スクイは、抹茶を点てている方の女性を指して、「彼女はダイダイ・譜詩(ふし)先輩」と案内する。

栗毛色の髪の毛を肩の上で短く切りそろえたダイダイ先輩は、おだやかな表情を崩さず、茶碗から顔をあげないまま「よろしくね」と言った。

続いてスクイは、ダイダイ先輩の向かいに座る、頭頂部におだんごを作った背の低い女性を指して「あちらはシビョウ・ヤマイ先輩」と案内した。

ヤマイ先輩は半身をこちらに向け、「よろしくね」と挨拶をした。

「部員は僕を入れて4人。よければ検討してみてね」

スクイは最後にそう付け加えた。


しばらく雑談に興じたあとで、朧部長が「せっかくだから抹茶、飲んでいけば?」と言ってくれたので、エンゴはその言葉に甘えて一服いただくことにした。

抹茶をいただきながら、もし茶道部には入れば、毎日おいしいお菓子と楽しいひとときが待っているんだよな、と思った。


部長たちに別れを告げ部室を出ようとしたところで、「次はどこに行くの?」とスクイがたずねてきた。

エンゴは「美術部」と短く答えた。

するとスクイが「じゃあ僕もついていくよ。同室のよしみで」というので、「ありがとう」と言って二人連れ立って茶道部を後にすることになった。

窓の外を見ると、4月はあんなに舞っていた桜の花びらが、今では青々とした葉の茂みに変わっていた。

窓を開け放っているため、部活塔の中を、さわやかで心地よい風が通り抜けてゆく。

エンゴとスクイは、その中をてくてく歩きながら、美術室へと向かうのだった。

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現世(うつしよ)の君の物語 くさかはる@五十音 @gojyu_on

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