No.009 / セキとアカシ
【名前:関 一馬】
【よみ:せき かずま】
【性別:男】
【年齢:18】
【コールドスリープを選んだ理由:
俺は、恋人である明石真人との未来を願ってスリープに入ります。俺はこの命のある限り、真人を愛すると誓います。俺たちの愛は永遠です。スリープから起きてこの文章を目にして決意を新たにしますように。願って眠ります。】
昨日のノート先生の授業以来、一体何度読み返したろう。
自身のスリープ前の人格が18歳の男子だったことも驚いたが、その彼が、おそらく同性愛者であったとは。
セキはヘッドセットの下で何度目かの苦笑いを作った。
朝の陽ざしが部屋に備え付けられた大きな窓から差し込み、机の上につっぷすセキの上にまだら模様を描き出す。
セキの様子を見て、同室のメバエが「どうしたの」と声をかけてきた。
「ううん、なんでもない」
ヘッドセットを終了させながら、セキはメバエに見えないように、苦笑いを作るのであった。
同じころ、隣の部屋ではアカシが同じく昨日のレポートに向かっていた。
【名前:明石 真人】
【よみ:あかし まひと】
【性別:男】
【年齢:18】
【コールドスリープを選んだ理由:
未来の僕へ。ちゃんと一馬君と一緒にスリープから目覚めることができているでしょうか。心配です。目覚めてみて、未来の世界はどうですか。僕たちにとって居心地のいい世界でしょうか。今から心配です。僕は、とある理由からこの年齢にして恋人と一緒にスリープすることに決めました。後悔はありません。僕の恋人は関一馬君だけであり、僕にとって彼は永遠の太陽なのです。僕は彼の光を反射して光る月なのです。彼がいなければ僕は生きていけません。彼にとって僕がそういう存在であればと思います。簿kたちは運命の赤い糸で結ばれています。ああ、未来の僕、どうか(以下略)】
「…長い」
ヘッドセットの下で、アカシはひとり、大きくため息をついた。
一緒にスリープに入った関一馬君って、あのカシャク・セキさんでいいのかしら。
視線を窓の外に映す。
寮の三階にあるため、背の高い木立から落ちる木漏れ日が、室内にまだらな陰影を作っている。
カシャクさんと顔を合わせるの、なんか気まずいなぁ……。
冴えない顔を洗面所で確認しながらも、新たに始まった授業をこなすべく、アカシは部屋を後にした。
アカシの寮の部屋は、出席番号がどう影響したのか、一人部屋である。
ひとり教室に入ったアカシを、先に席についていたメバエとセキが迎える。
セキとアカシは互いに少々気まずい挨拶を交わしたが、何も知らないメバエは少々違和感を抱いただけであった。
「はい、みんな、静かに」
声のする方を見ると、ふわふわと宙に浮かぶ雲に乗った背の低い初老の男性が教壇の上にあった。
「本日からクラス萌黄の『能力』を担当する、ノマといいます。よろしく」
ノマ先生はそう自己紹介すると、持っていた杖をにぎりなおし、ぺこりとおじぎをした。
教室のどこからか、「かわいい」と声がした。
「さっそくですが、皆さんはただいま第四十番VR都市・幽世ランド内にいらっしゃいます。幽世ランドはその名の示す通り、四十番目に作られたVR世界です。VR空間では、この幽世ランドに限らず、プログラマたちによって、その空間でしか使用できない様々な能力がアバターに与えられています。幽世ランドでは、その能力を『認知投影力』と言います」
ノマ先生は、よぼよぼしたおじいさんかと思いきや、なかなかきびきびとした口調でここまで一気に説明した。
「早速、どんな能力か説明しますと、みなさん、太陽を見たあと地面などに目を移すと黒い点のようなものを見ることがありますよね。試しに今から太陽を見てみましょう」
ノマ先生の案内に従って、皆、窓際に集まった。
「では、10秒間太陽を見つめてください」
メバエをはじめ、クラス萌黄の生徒10名が太陽を見つめて10秒を数える。
「はい、それでは先ほど配った白い紙に視線を移してください」
ノマ先生の案内に従って紙面に視線を移すと、黒い点が浮かび上がる。
「はい、それでは今度はその黒い点に意識を集中してください。ぐっと集中です」
メバエは言われた通り、意識を黒い点に集中した。
すると次の瞬間、今度は残像ではなく、黒いペンで書いた落書きがそのまま立ち現れたかのような、明らかに形と重さを伴った黒いぐしゃぐしゃとした塊が、紙面の上に浮かび上がった。
よく見ると、白い紙面の上にその黒い何かの影がうっすらと落ちている。
「何これ」
メバエは思わず口にしていた。
教室のあちこちで、メバエと同じように驚きの声があがっていた。
「はい、これが認知投影力と呼ばれる力です」
ノマ先生のはっきりした声が耳に届いた。
「詳しく説明しますと、今みなさんが目にした残像というのは、網膜を通して脳が受信した太陽の光が白い用紙に投影されたものです。この世界を作ったプログラマたちは、皆さんの脳が発信する信号を受け取ってこのVR世界に具現化するという仕組みを考え出したんですね。今は太陽の残像の力を借りましたが、慣れてくれば、残像の力を借りることなく、脳内で思い描いたものをそのまま空間に現すことができます。今私が乗っているこの宙に浮かぶ雲も、私の認知投影力で作り出したものです。皆さんには、今後の学園生活の二年間で、認知投影力をみっちり身に着けていただきます」
「へー、なんだかおもしろいじゃない」
とセキが楽しそうに言うと、
「なんだか自信ありません」
とアカシがぼやいた。
メバエは「楽しそう」と言いながらさっそく残像の力を借りずに紙面に何かを浮かび上がらせようとしている。
ノマ先生は続ける。
「それから、皆さんにプレゼントがあります」
そう言ってクラス全員に配られたのは、片手におさまるほどの小さな人型の薄い紙だった。
「これはツクモといって、私がAIを利用して作ったひな型です。これから、皆さんには、認知投影力を使ってこのツクモにそれぞれ形を与えてもらいます。方法は、先ほどの太陽の残像のように、今度は好きなものを絵に描いて、それを凝視した後にこのツクモに投影する、という手順をふんでもらいます。簡単ですね。ではスタート」
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