No.010 / ノマ先生の授業「能力」


「どこが簡単なのかしら」

とセキがぼやくと、「難しいです」とアカシが賛同した。

メバエはひとり、「楽しそう」と乗り気である。


クラス萌黄の10名の生徒は、教室内に散らばって、思い思いに絵を描き始めた。

ある者は動物、またある者は抽象的な絵を描いた。

メバエは、上手とは言えないまでも、一匹の猫を描いた。

落書きのようなその猫を、メバエはこれでもかと凝視する。

そうしてしっかりと脳内に焼き付けた後、視線をツクモに移す。

ノマ先生の言っていた、「投影」である。


すると、ツクモの人型の紙が、ず、ずず、と形を徐々に変化させ、メバエの描いた猫の形になってゆく。

この現象に、クラスの生徒はメバエの周囲に集まり、「おお」とか「すごい」とかいった歓声をあげはじめた。

「メバエさん、お上手!皆さん、このようになりますからね、頑張ってください」とノマ先生も声を張り上げた。


そのとき、人だかりの後ろの方、誰にも知られない場所で、セキとアカシの視線がかち合った。


「ねぇ、アカシ」

と、セキが口を開いた。

「はい」

アカシが返事をする。

「『明石真人』って、アカシのスリープ前の人格だよね」

セキはじっとアカシの目をみつめる。

「はい」

と、アカシは言葉少なに返事をする。


「私の方のレポートにも書いてあったんですが、関一馬ってカシャクさんのスリープ前の人格ですよね」

今度はアカシがセキを見つめる。

「そうね」


「……ゲイってことになるよね」

セキなりに言葉を選びながらそう言った。

「そうなりますね」

「百年前の世界では珍しかったのかしら。過去の記憶が無いって不便だわ」

セキはそう言うと大きく息を吐いた。

「私のレポートには、何かしらの理由でスリープすると書いてありました。文面から、二人の恋に何かしらの障害があったことは確実なんじゃないでしょうか。この恋を叶えたいって切実な様子でしたし」

「そうね。でも恋を叶えて欲しいって言われても、今の私たちって女同士なわけじゃない?残念ながら、私ってアカシをそんな目で見れないのよね。レズでもないし」

「わたしもです」


しばらくの沈黙が降りる。

「残念だけど、二人の恋を応援できそうにはないわね」

とセキがぽつりと口にした。

「そうですね、かわいそうですが」

アカシもぽつりと口にした。

「かわいそうって言っても、自分なんだけどね」

セキはそう言って少し笑った。

「そうですね」

アカシも少し笑った。


そこへ、ふわふわとノマ先生が近づいてきた。

「ずいぶん楽しそうですが、課題はクリアできたんですか?」

「まだです」

「私も」

「はい、頑張りましょう。メバエさんはもうクリアしてしまいましたよ」

そう言うと、ノマ先生はメバエの方に視線をやった。


ノマ先生の視線を受けて、メバエは手を挙げた。

「質問です。このツクモって何のためにあるんですか」

ノマ先生は、待ってましたとばかりに大きくうなずいた。

「はい、ツクモは皆さんのこれからの生活でのガイド役となります。スマホと連動していて、通話もできます。今後、みなさんが幽世ランドで就職してからも、一生、ずっとそばにいるパートナーになりますので、ぜひかわいがってあげてください」

「名前はつけていいんですか?」

続けざまにメバエが尋ねる。

「結構ですよ。愛着の湧く名前にしてあげてください」


メバエはしばらく頭の上に陣取っている落書きの猫をなでていた。

そしておもむろに両手を猫のわきの下に入れて目の前に降ろすと、

「あなたの名前が決まったわ。ルナよ。よろしくね、ルナ」

と笑顔を作って視線を合わせた。

それを理解してかどうなのか、ルナは小さくにゃあと鳴いた。


しかしよく見ると、ルナは尾の先から徐々に消えかかっていた。

「ノマ先生、ルナが消えかかってるんですけど」

とメバエはすかさずノマ先生に質問した。

「ああ、認知投影力を維持しないと、元の人型に戻りますので気をつけて」

「なるほど」

認知投影力を維持するにはかなりの集中力が必要だが、それを常時行えるようになると、ノマ先生の乗る、宙に浮かぶ雲も形作ることができるというわけだ。

メバエはがぜんやる気になった。


「お、二番手はシノギさんですか」

ノマ先生の声のする方を見ると、そこにはナミカゼ・シノギが両手でツクモを抱えて立っていた。

シノギのツクモはかわいいライオンの落書きのように見えた。

「ふはは、俺のは獅子だ」

その自慢げな様子に、メバエは笑って「シノギらしいね」と声をかけた。

「どういう意味だよ」

と返すシノギである。


二人のやりとりを後ろで見ていて、セキとアカシは軽く笑いあい、はたと目を合わせた。


「これからもよろしくね、アカシ」

とセキがさっぱりした顔をアカシに向けた。

「はい、カシャクさん」

とアカシが返す。

「セキでいいって」

「じゃあ、セキさん……」

「もーかたいなぁアカシはー」

二人の笑い声が教室内の喧騒に溶けてゆく。


四月の心地よい風が、教室の中を吹き抜けていた。

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