第27話 D野佐浦錠さまの作品
企画にご参加ありがとうございました。
具体的なシーンでそれぞれのキャラクターに興味が持てました。
では、早速……
♢
知らんがな、というのが正直な気持ちだった。
心構え以前に、「社会人」ってそもそも何だよ。俺が教えてほしいわ。
→主人公のキャラが立っていて、続きが気になります。
卸売店用の野菜の保護フィルムの販売という狭い分野で、大手の一角を占めるのがうちの会社だった。日々の仕事といえば、ルートセールスと称した井戸端会議巡りと、謎の数字の羅列を表計算ソフトで作って上司に渡すだけみたいなものである。
→説明は説明なんですが、この設定自体が面白いですね。
すこぶる適当な俺の話に、四人の新入社員たちは皆同じタイミングで大袈裟にうん、うん、と頷き、感心したような表情を浮かべた。先輩社員である俺に向ける尊敬の眼差しまでも、同じような角度で放たれていた。何となく、やんわり刺されているみたいな緊張感もあって俺は苦笑する。
→目に浮かびます。
沙苗が言っていたのだが、最近では動画なんかで「印象の良い相槌のうち方」とか「先輩に気に入られる表情の作り方」等のテクニックが広められているらしい。皆、真面目にそれを予習してきているわけだ。
こういうのは所詮、身振り手振りのタイミングと表情筋の動かし方の問題であって、スポーツのようなものに過ぎない。そんな風に割り切るのが最近の考え方らしい。人間性がどうとかではなく、あくまで人に好印象を与える振る舞いをどれだけ再現できるか、というだけのことだという。
そこまで振り切れる軽やかさが羨ましい、と思う反面、実直にそれを実践している新入社員たちは立派だとも感じる。俺なんかよりよほど「社会人としての心構え」ができているのではないか。
→私も年はとってますが、やってますよ!
仮面を被ることだ、と沙苗は言った。
「社会人としての心構え」の話だ。
自分が本来どういう人間なのか、どういう思想信条を持っているのか。そういうことは、会社の社員として働いている間は仮面の下に押し込めて、会社に利益をもたらすための行動をとることを第一とする。
企業の目的は利潤の最大化であり、企業の一員として行動する以上、それが社会人としての心構えなのだと。
→作品内で相反する価値観が書かれるのは良いですね。
「仮面、ね……」
と廊下を歩きながら呟いた俺の口を、唐突に沙苗が唇で塞いできた。
「ん……淳弥……」
「お、おい、沙苗……」
沙苗が俺の腰に手を回して抱きついてくる。突然のキスと抱擁は、一分ばかり続いた。
→ピピーッ!!業務時間中ですよ!NLハピエンは、山羊座賞では心中エンドしか認めてませんからね!w
鏡が怖かった。
お前は一体誰なんだと問い詰められそうで。
常に耳鳴りがしていた。
この世の全ての音が自分を責める声のように聞こえていた。
SSRIを缶ビールで流し込む。
駄目だってわかってる。
でもこうでもしなければ耐えられないんだ。
俺の頭も保護フィルムに包んでくれよ。もう包まれてる? 嘘だろ、おい。
→薬の作用がフィルムに包まれているのと同じ……というのはいいですね。
俺の頭はいつもずっと痛んでいる。きっともう罅が入って不良品になっちまってる。
酔いが回って世界がおかしくなって、やっと俺と世界のおかしさが釣り合ってくるんだ。
沙苗が好きなのは軽薄で親しみやすい俺。そういうラベルの品川淳弥で。
風や日射しが、街行く人の声や視線が俺を突き刺す刃物みたいに思えて頭の中で叫んでいる俺じゃない。
→沙苗もそうかぁ。
その「俺」は俺が妄想で作り上げた「俺」だってわかってる。俺は俺自身に対してさえ仮面を被って対峙している。何なんだよ俺は。何に対して苦しんでるんだ? 意味がわかんねえよ。
ああ、缶ビール何本目だこれ。
ゆらゆら揺れている。視界が、俺が、それとも俺以外の全てが……。
ああ、さようなら。
そしてまた明日。
明日も元気に始業三十分前に出社します。
→独り言もまた彼らしく、始業三十分前に出社してしまうなんて案外真面目なんですね。
♢
総評
主人公の日常のリアルが面白い。
読み手の誰しもが、ちょっとつまずいたら彼と同じ悩みに陥ってしまいそうな、そんな親近感をもちました。
仮面の強さは、恋人の沙苗とすら相当に距離があるという書き方で表現したのが上手いと思いました。
一体主人公はどうしてそうなってしまったのか。沙苗とどうなるのか。
思わず続きが気になってしまうお話でした。
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