第4話 初演 ~そして王女は舞台に立つ~
王城。再会は、セレナ王女の待ち侘びた期待に溢れそうな態度で迎えられた。
「あの日、実は私……、叔父上からは誰とも踊るなと言いつけられていました」
舞踏会からさほど日も経っていないというのに、昔話をするかのように王女は語る。 王弟の威令は王女自身にも向けられていたと、それで知ることになった。王宮の闇は思っているよりも根が深い。
小さな村一つは入ってしまいそうな王城の敷地。その中で、俺たちは手入れもされず放置され、落ち葉がそこここにうず高く吹き寄せられていた中庭を使うことを許された。
そこで、俺と執事兼メイドのクレア、そして王女の三人は、向かい合う。
「ブラックランド公。あなたの差し出す手がなければ、私は踊るこそはなかったでしょう」
一息ついて、王女は言葉を続ける。
「――だからぜひ、そのあなたから未来を掴む方法を、教えて頂けませんか?」
中庭に辿り着くなり開口一番この問い。それが聞きたくて、わざわざ勅許状といったものまで用意したのだろう。
「セレナ王女殿下。率直に申し上げます。王女は王国の後継者としての役を、それにふさわしく演じなければなりません、……すべてはそこからです」
舞台で観衆を惹きつけるのは、いつだって天賦の魅力があり、与えられた役をきっちり果たす役者だ。その素質を、俺はセレナ王女に見出していた。力のある瞳。舞踏会で踊っている時のいきいきとした、活力に満ちた瞳。しかし――。
「すべてを王弟殿下……いえ……、叔父が決めてしまうのに、そこに意味はあるのでしょうか?」
俺の言葉に困惑する王女。さらに一押し。
「王女殿下。僭越ながら、私に言わせれば現王陛下も王弟閣下も、到底その役には相応しくはないでしょう」
あの日、頼れる者とていない中で何をすべきか真剣に考えていただろう王女。苦境にも逆風にも挫けない意志。それが王たちと違った。
中庭に風が吹きつける。柔らかな陽光に相応しい優しい風。王女の銀髪は風になびき、そのドレスはふわりと少しだけ宙を舞う。
俺は片隅に吹き付けられて転がっていた小枝を拾う。小さな、何の変哲もないただの木の枝。しかし使い様によっては、それすら意味を持つ。
「さあ、ここが……、境です」
そう言いながら、俺は王女の足元に小枝で線を描く。王女を中心に半円状に刻まれたそれは、即席の舞台。手にした枝で王女をまっすぐに指す。
「この線の中が、――王女殿下の舞台です。王女らしく振る舞ってみてください」
何をすべきかわからず、困惑する子どものような顔。
「いま、王女殿下は舞台にお立ちだ。それを意識しましょう。観客は、私と、この執事のクレアです」
そういって王女として振る舞うよう促す。
「役者は誰だって、最初は立つことに慣れることから始めるものです」
「役者では……、ありません!」
再び吹き付けた風に煽られ、木の葉が王女を演出するように舞った。
「最後の言葉、とても良い感じでしたよ。しっかりと王女殿下でいらっしゃった」
(「役者では、ありません」か。無理に演じようとせずに出た言葉が、一番王女の役にハマっているじゃないか)
俺とクレアは控え目に拍手を贈る。褒められたことが嬉しかったのか、あるいは拍手を贈られることが久しくなかったのか、彼女は照れ臭そうに身をよじる。
「王女殿下。変わりたいと願ったのは、殿下ご自身です。変わっていきましょう。あの日、私の手を取った時から――、変化は始まっているのですから」
俺は王女の中に、小さな火が灯ったことを感じ取った。まだ自身をそれに相応しいと考えていないからこそ、照れる。それとも、もっと別の感情もまた芽生え始めているのだろうか。熱意のこもった瞳が俺を見ていた。
今のは脚本も演出も何も無いぶっつけ本番のそれ。稽古をつければ、ちゃんと自身の足で舞台に立てるはずだ。
「私は……、変わります。でも……、どうすれば良いのでしょうか?」
掴みかけた喜びが消えないうちに、俺はやるべきことを伝える。
「脚本を作り、舞台を用意します。最初は小さなものを。まずはそこから、始めましょう」
セレナ王女は俺の言葉に、ほんの少しだけ背筋を伸ばし年頃の少女らしくはにかんだ。ささやかでもいい、この王女の決意の火が消えないうちに、本物の舞台を急いで用意しなければ。
――王女自身が民に直接語り掛ける、そんな舞台。ありふれた台本、粗削りの演説でいい。場所は、市場が良いか、小さくとも舞台を作るか……、時間を優先するべきだな。
そんなことを考えていた俺の背中へ、クレアの興味深そうな視線が向けられていたことを、まだ俺は知らなかった。
クレアの本質を知ることになるのは、事態が大きく動き出した頃。
──つまりもう少し後のことになる。
◇◆◇
迎えたセレナ王女の、そして舞台監督としての俺の初舞台。
十日市が立つ広場は、定期市の開催に合わせて王都のそれなりの民が集まっていた。そこに即席で作られた小さな舞台。その上に、セレナ王女は立っていた。
王女は雪のように白いドレスを身にまとい、頭上には控え目なティアラを乗せている。見目は悪くないのだから、演技さえどうにかなれば、あとは演出。清楚で控え目な衣装は、観客の心を開くため。
小ぶりなティアラ以外、宝飾の類いは敢えて使わない。最低限の権威さえ示せれば十分。それ以上の華美は避ける。
(この世界で初めての俺の舞台。さて、観衆の反響はどうかな)
「ご主人様、いよいよ始まりましたね」
クレアの言う通り、俺が台本・原稿を書き、振り付けを指導した、この世界に飛ばされて初めての舞台が始まった。
王女は始め、あからさまに緊張しきっており、うまく言葉を繋ぐことすらできなかった。
王女自らが演台に立つと聞いて物珍しさに集まっていた聴衆たちも、あちらこちらへ顔を振りまるで集中していないのも仕方のないことだった。
王女は演説の途中で言葉を切り、ふと天を仰いで大きく深呼吸。再び聴衆に向き直り閉じた瞳を開いた時、何かを決意したように王女の表情が一変した。
「皆さん、聞いてください!」
何かが憑依したかのように熱を帯び、その言葉にも力がこもる。散漫だった聴衆の視線を一手に浴びて、それを受けて一段と勢いを増す。
「私は、皆さんとともに歩みたいのです! 王族ではなく、皆さんと同じ、一人の人間として」
陽光は高く明るく、王女の銀色の長い髪を一段と煌めかせていた。天井もない即席演台で頼ることができる照明効果がここで効いた。一人の少女を、この瞬間この場所で誰もが目を離せない存在に転化させていた。
(宣言通り、王女は変わる。たったいま、この瞬間から)
俺の用意したセリフが、彼女の言葉へと変わり、聴衆の視線も王女を注視している。王女の変化が手に取るようにわかる。
「王女は……慈愛のお方であったか……」
そんな言葉が交わされ、広場にいた数十人の聴衆、商人たちに買い出しにきていた農民たち、その場の誰もが最後は拍手喝采で沸いた。その熱気が冷めやらぬ中、興奮した面持ちで王女は熱演を終える。王都の一角、ほんの少しの小さな市場ではあったが、この場所に変化をもたらした。
「如何でしたかな、王女殿下?」
駆け戻ってきた王女に俺は声をかける。頬が赤くなり、聴衆の熱気に当てられた様子の王女の顔は明るい。俺を見つめる視線は温かみが感じられ、柔和なそれに俺は少しだけ戸惑った。
「ブラックランド公。貴方の言う通り、準備した通りにやりました。王宮では誰も私を見る者はいません……」
(俺のことも、演劇監督としての皮だけを重宝され、誰も本質など見なかった。それが宮前久幸という男だった)
お飾りの王女としてしか扱われないセレナ王女の境遇に、俺自身の過去を重ねていたのかもしれない。
俺が過去を重ねてしまった言葉を打ち消すように、王女は明るく嬉しそうな声でこう続けた。
「でも、今日はたくさんの人が私の言葉に耳を貸してくれました。……しかし一体、これはどんな魔術なのですか⁉」
嬉しそうに弾む王女の言葉。俺はニヤリとして応える。「ただの、ちょっとした演出ですよ」と。たったこれだけの脚本と舞台で、素質のある原石を磨くことができる。初監督時代を思い出していた。
俺の言葉に、王女は感心した顔へ、次いで民の前で演説していた自分の様子を思い描いたのか恥ずかし気な顔へと、ころころと表情を変える。それは微笑ましい、年頃の少女のそれだと、俺は思った。
そんな俺たちへ、クレアは笑みを浮かべ拍手をしながら近づいてくる。俺の、王女の初舞台を心から喜んでいる様子。そして俺だけに聞こえるように小さく低い声で耳打ちする。
「ご主人様。王弟殿下にとってこれは、……さぞ面白くないことでしょう」
言外に身辺に注意しろという目をするクレアは、笑みの裏に懸念を忍ばせていた。その瞳が決して笑ってなどいないことは、俺にはよくわかった。
このささやかな成功は、王女の自信と引き換えに反発する王弟や不平貴族の反発を招き、すぐさま対立を生むこととなる。
――次幕、謁見の間。
宮中での即興劇で、王女の真価が試される。
―――――――――――
【ウィリアムの幕間メモ】
セレナ王女はまだ未熟。それでも、見事初演を乗り越えてみせた。
ぜひ君の想いをメモ(=コメント)してほしい。
毎夜20:05、舞台の幕が上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます