悪しき摂理の生存者たち
黒瀬智哉(くろせともや)
プロローグ 世界の終焉(エピローグ・オブ・ホープ)
エオス王国の中心、王都アイリスの中央広場。集められた民衆は、異様な緊張と恐怖の中で立ち尽くしていた。塔の上に立つのは、全身を黒鉄の甲冑に包まれた魔王軍の幹部、黒鉄の騎士グラキス。その手には、泥と血にまみれた白い布切れが翻っていた。それは、かつて民の希望であった光の剣士アルトリウスのローブの残骸であった。
グラキスの声が、拡声の魔法で雷鳴のように轟いた。
「聞け!人間ども!お前たちの英雄、アルトリウスは、今朝、我が大魔王様、混沌王ザイラスの御前で、無力な首を刎ねられた!」
広場に集まった数千の民衆から、堰を切ったような嗚咽と、絞り出すような叫びが噴き出す。「嘘だ」「そんなはずがない」という言葉は、すぐに恐怖に飲み込まれていった。
グラキスは勝利に酔ったように笑う。
「よって、この世界は悪が支配する!お前たちが縋った『正義』は敗北した!今より、大魔王様の冷徹なる秩序が、この世界を塗り替える!逆らう者は、ことごとく蜘蛛の巣にかかった蝶のように、無残に食い潰されるものと知れ!」
彼が掲げた旗が、鉛色の空の下で、絶望の風になぶられた。
――王城の玉座の間。伝令の報告を終始顔面蒼白で聞いていたエオス国王エドモンド三世は、その場で力が抜け、重々しく膝をついた。
「なんと……アルトリウスが敗れるとは……」
彼は、この国、この世界が崩壊する音を聞いた。正義が力に屈した。その事実の前では、玉座も王冠も、ただの虚飾に過ぎない。
老宰相が震える手で国王を支えようとするが、国王の瞳は既に遠い虚無を見つめていた。
「敗者は語る資格を持たぬ……。勝者こそが、新たな正義となるのだ……」
国王の脳裏には、英雄が旅立つ前に誓った**「必ずや光を取り戻します」**という言葉が、裏切られた約束として深く刺さった。
その静寂を、不吉な金属音が破った。魔王軍が既に王城内に侵入したのだ。
王城の奥、最後の衛兵が悲鳴を上げながら倒れる。
エレナ姫は、窓辺で泣き崩れていた。密かに想いを寄せていた英雄の死。それは、彼女の世界の終わりであった。
その背後から、血の臭いをまとった巨躯の魔族が、獰猛な笑みを浮かべて迫る。
「見つけたぞ、光の御子の末裔め。お前はこっちに来るんだ!大魔王様がお待ちだ。」
抵抗する間もなく、エレナの華奢な腕は魔族の冷たい指に掴まれた。
「いや!放して!」
彼女の悲鳴は、血に塗れた大理石の床に空しく響いた。魔族の怪力に引きずられながら、エレナの視線は、遠ざかる王城の窓に映る、曇天の空を見上げた。
世界は闇に落ちた。そして、この日から、混沌王ザイラスの冷徹な支配が始まった。
この物語に、英雄はいない。ただ、悪に支配された世界が、冷酷に存在し続けている。
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