3
-俺は生まれてから1人で過ごしてきたんです。
山では獲物にありつけなかった俺は都会に出ました。
飽食だと聞いてたもんで。
しかし現実は厳しいもので都会は山よりも厳しい世界だったんです。-
ゴミ捨て場に食べ物がたくさんあることは知っていた。
後にトビーと呼ばれるトンビは2匹のカラスに道を塞がれていた。
「あらあら、ブトー。何か田舎臭い匂いがしない?」
「おや?本当だ、ハッシー。都会のルールもわからない田舎者がいるみたいだね。」
カッカッカと笑う2匹のカラスに相対してトビーは翼を大きく広げる。
その様子を見た2匹のカラスは少したじろぎながら顔を見合わせる。
「ブトー。どうやら私たちとやる気みたいよ。」
「いやになるね、ハッシー。田舎者はすぐ暴力だ。」
勢いよく突っ込んでくるトビーを2匹はサッと飛び立ち避ける。
その勢いのままトビーはゴミ捨て場に体ごと突っ込んでしまう。
「カカカ、なんて間抜けなんだろうね。ハッシー。」
「カカカ、ほんとよね。いっちょ懲らしめてやりましょう。ブトー。」
トビーは足を取られてうまく立ち上がれない。
2匹のカラスは大きな嘴をぎらりと光らせ近寄っていく。
「都会で他所の縄張りを荒らすとどうなるか教えてやろうじゃないの。」
「そんなこと…わかってる!だけど…生きるために縄張りはもらう…!」
飛び立とうとしたトビーはゴミに足を取られ前のめりに倒れてしまう。
好機とばかりに2匹のカラスに爪で掻かれ嘴で突かれる。
痛みと情けなさに涙を流しながら精一杯翼を暴れさせるが意味がなかった。
「ねぇ、ハッシー。この田舎者にわからせてやるにはどうしたらいいと思う?」
「そうね、ブトー。目でもつぶしてやればどうかしら?」
「カアカカ、いいねそれ。」
2人の目がいやらしく光り近づいてくる。
嘴で突こうという気らしい。
「クゥッ…。」
最後の足掻きとして目をグッと瞑り最後の足掻きで鋭い爪を振り回す。
そんなトビーに声が降りかかる。
「チチチ。ハッシー、ブトー、ちょいとやりすぎなんじゃねえのか?」
「なんだぁ!うるさいぞ!」
「誰に口を聞いて…」
突然2匹のいやらしい笑いが止まり近づく足音が止まる。
何事かとトビーはゆっくりと目を開く。
「お、叔父貴…。」
「おうおう、お前らこそ誰に口聞いてんだ?それにいつからここはお前らの縄張りになったんだ?」
「い、いや、叔父貴。これは違うんですよ。」
「そ、そうですわ、おじさま。私たちはお父様の縄張りを守ろうと…」
「やかましい!お前らの親父は他所の生き物が来てゴミ漁りをすることも許さんキモの小せえ男にでもなったのか!」
小さな体ながら大きすぎる声を張り上げられた2匹のカラスはもうタジタジになっていた。
「いや、それは、あの…。」
「ちがうの…お父様は…関係…ないの…かも。」
しどろもどろになって何も言えなくなったカラスたちはバツが悪そうに突然飛び立つ。
「おい!てめえら!話は終わってねえぞ!お前らの親父には伝えておいてやるからな!」
飛び立つ2匹はその言葉を背に謝りながら遠くへ行く。
「まったく!カラスどももアホが増えちまったもんだ。」
吐き捨てるようにいうとトビーに視線をやり近づいてくる。
トビーは何が何だかわからないと言った様子で後退りゴミ袋のカサッという音にびっくりする。
「チチチ、何もお前を食おうってんじゃねえんだから落ち着けよ。」
トビーはフラフラとゴミ捨て場から這い出ると小さな鳥に頭を下げる。
「助かりました。ここ最近何も食べれてなかったんで…。」
「気にすんな。街を取り仕切ってる奴らが情けねえのが悪いんだ。」
そう言ってため息をつくとトビーに羽を差し出す。
「俺は寺嶋だ。お前はなんてんだ?」
「…俺は…その…名前がないんですよ。」
自然界において特段珍しいことではない。
周りに助けてくれる生き物がいないとよく起こることであった。
「チチチ、そうかそうか。何年生きてきたのか知らねえがまだ若えのに未だ孤独の身か…。」
寺嶋は空を見上げると少し物思いに耽る。
「うん、決めた!お前は今日からトビーだ。トンビのトビー。我ながらキャッチーだな。」
「トンビだからトビーですか?なんだか安直ですね。」
寺嶋はチチチと笑うだけだ。
「それになんで急に名前なんか…つけたんですか?」
「そら、お前。呼びにくいじゃねえか。これからお前は俺の舎弟だ。面倒見てやるから着いてきな。」
「どうして…会ったばっかの俺なんかを…。」
寺嶋はチチチと笑いながら背を向けて顔だけトビーに向ける。
「最後まで抗おうとする奴は俺ぁ好きだぜ。かっこよくなる予定のやつを育て上げたら俺に箔がつくってもんだろ。」
そう言って歩き出す寺嶋の背中は実際の背中よりもはるかに大きく見えた。
トビーは生まれて初めて他者に守られ優しさに触れた。
一生このスズメについていく。
それがトビーにとって初めてこの先も変わらぬ決意であった。
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