寺嶋という漢
1
桜というダンサーが散り、暖かさを増した春が歌い出した頃。
豊虫は寺嶋の舎弟であるトビーという動物に会うためハイキングへ出掛けていた。
「寺嶋さん。トビーさんってトンビってやつですよね。」
「そうそう、安直だけどよ。俺がトンビのトビーって名付けてやったんだよ。舎弟1号にするために面倒見てやってたんだ。」
軽くチチチと笑う寺嶋はいつもより少し歯切れが悪い。
そんな寺嶋が豊虫には見栄を張って引っ込みがつかなくなったのではと思い始めていた。
「怪しいんだよな。あんたいままでそんな話したことなかったじゃねえか。普通なら自慢しそうなのによ。」
「うるせえうるせえ。あいつはなんだ。その、義理堅いところがあるからよ。俺を持ち上げようとしていけねえ。舎弟ならそとれなく気持ちよく兄貴分を持ち上げねえと。」
「俺はどうも怪しんでるぜ。あんた本当にトンビに舎弟がいんのか?」
ひぐっさんは怪しみながらもひらけた場所に出たのを確認してうんと背伸びする。
不意に遠くからピーヒョロロロロロと鳴き声がしたと凄い勢いで急降下してくる大きな翼に太陽が隠れる。
その大きな影が寺嶋を掴んでいくとすぐさま飛び立つ。
一瞬遅れてひぐっさんが手を伸ばすがもう届かない。
あまりの突然の出来事に豊虫は尻餅をついて唖然としていた。
そんな豊虫を気遣いながらひぐっさんは覆い被さるようにして周囲を警戒する。
「て、て、寺嶋さんが…!」
「頭下げろ!まだ近くにいるぞ。」
静かに警戒するひぐっさんからは野生が滲み出している。
低く唸りながら空を見上げる。
「チーチッチッチ。落ち着け、おめーら。」
空高くから聞き慣れた声が響き渡る。
声のする方を見るとまたもや大きな翼を広げた影が今度はゆっくり舞い降りる。
「チチチ。驚いたか?その様子だと俺が食われたと思ったろ?」
寺嶋は豊虫とひぐっさんの様子に笑いが止まらないと言った様子でチチチと笑い続けていた。
そんな寺嶋の横からおずおずと頭を垂れながらトンビが歩いてくる。
「本当にすいません、お二人とも。寺嶋さんったら、スズメとトンビが仲がいいなんて信じないだろうからって…。イタズラで懲らしめるなんて言い出しまして…。」
足を止めると深々と頭を下げる。
ひぐっさんと豊虫は以前呆気に取られている。
寺嶋の笑い声だけが響く中、3匹の間では気まずい空気が流れていた。
ようやく状況を飲み込み出した豊虫の目には涙が溢れ出していた。
「チチ…チ?お、おい、ホウチュン?じょ、冗談じゃねえか。わ、悪かったよ。大丈夫か?」
そう言って慌てて豊虫の肩に飛び移り翼で頬を撫でる。
「だって…だって、寺嶋さんが…食べられたって…」
豊虫は言葉が出なくなってしまう。
「これはあんたが悪いぞ。野生界でもその冗談は通じるかどうか。」
「悪かった、本当に悪かったよ!俺はこの通り五体満足だ!本当にごめんな。」
寺嶋が必死に謝る横でトビーも慌てている。
豊虫の周りを翼を広げて歩き回り
「どうしよう…どうしよう。俺のせいだ。俺のせいで…どうしよう。」
と言ってパニックになっていた。
そんなとっ散らかった様子を見たひぐっさんは空に目を移し、大きなため息を一つ吐き出した。
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