40話
部屋に入ると、リスティアは窓際に立ち、遠くを見つめていた。
けれど、僕の気配に気づくと、すぐに振り返る。
「来てくれたのね、ありがとう。
どうしても、話したいことがあったの。」
「今日の……大悪魔のこと?」
「ええ。そう言えばそうね。
でも正確には……もっと、私個人の話。」
彼女が自分のことを語るなんて、珍しい。
「私が、大悪魔を倒したいと思ったきっかけ。
……まだ、話していなかったでしょう?」
リスティアは椅子にも座らず、立ったまま言った。
そういえば、確かに聞いたことがなかった。
「正直に言うわ。
世界を救いたいとか、誰かを守りたいとか……そういう立派な理由じゃないの。」
自嘲するように、彼女は小さく息を吐く。
「ただ……消したいのよ。
自分の、この力を」
「……魔法を?」
「ええ。この闇魔法を…。」
彼女は指先に視線を落とし、言葉を慎重に選ぶように話し始めた。
「まだ幼かった頃、魔法が開花したばかりで、制御の仕方も何も分からなかった時……エヴァンと喧嘩したの。」
一瞬、言葉が途切れる。
「そして、感情が爆発して……抑えきれずに、魔法を撃ってしまった。」
「……」
「私の魔法は精神干渉型だから、致命傷にはならなかった。それでも、彼は一週間、目を覚まさなかったの。」
胸が、きゅっと締めつけられた。
「自分のせいで、エヴァンがもう二度と起きないんじゃないかって思った時……本当に、怖かった…。」
彼女の声が、わずかに震えた。
「幸い、当時はまだ魔法も弱かったから、後遺症も残らなかった。
本人も、“それくらい、魔法使いになら誰にだって起こり得ることだ”って笑って許してくれたわ。」
……それでも。
「でも、私は許せなかった。自分自身を。」
ぽつりと落ちたその言葉は、重かった。
「自分の感情ひとつで、人の心を壊せる。
思い通りに操れてしまう……その能力が、怖くなったの。」
少し間を置いて、彼女は続ける。
「でも、だからこそ知りたかった。
正しく制御する方法を。
もう二度と、大切な人を自分の手で傷つけなくて済むように。」
そして、学ぶ中で知ったのだと。
「闇魔法の根源は――
あの大悪魔であるってことを。」
……そうだったのか。
同じ闇魔法の使い手である僕には、他人事とは思えなかった。
「だから、思ったの」
リスティアは、静かに言った。
「大悪魔を倒せば、この力そのものが、世界から消えるんじゃないかって。
誰かを傷つける可能性を抱えたまま、生きなくてよくなるんじゃないかって。」
彼女は、ほんの少しだけ笑った。
でも、その笑みは、どこか痛々しい。
「許してもらえることと……
自分を許せることは、別だから。」
その言葉が、胸の奥に深く刺さる。
「だから、」
リスティアは、静かに言葉を締めくくった。
「私にとって大悪魔は、倒すべき“敵”である前に――終わらせるべき“原因”なの。」
神話の終焉 氷華雪碧 @nikomalu
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