第二十話 学校への帰還

 エルフの里で一晩を過ごした來楓らいふたちは、翌朝には早々に学校に戻ることにした。

 來楓は一晩中泣きはらし、帰る方法を教えてくれないニングに腹を立て、うつむき加減で口を尖らせていた。


「ほんまにかんにんやで、來楓さん……。

 そやっ! 元の世界に帰る方法は教えられまへんが、他のことなら何でも手を貸しまっせ。どんなことでも遠慮なくゆーておくんなまし」


 ニングはなんとか來楓に機嫌を直してもらおうと懸命だった。

 ニングがそう言うと精霊水馬ケルピーが來楓の背中を小突いた。

 そうされて來楓は精霊水馬ケルピーとの約束を思い出した。


「あ、そうでした……。ニング先生、それなら堰き止めている川の水を開放してくれませんか? 先生が川を堰き止めているせいで精霊水馬ケルピーの泉が干上がってしまっているんです」


「なんやて、そうやったんか。それはえらいすんません。とんでもないご迷惑をおかけしてしまいました」


 ニングは両手を顔の前で合わせて「ほんまにすんません!」と精霊水馬ケルピーを拝むように謝罪した。


「でも川の水を元に戻すことはできまへんねん。堰き止めている水を開放できへんのですわ」


 ニングがそういうと精霊水馬ケルピーは後ろ足で立ちあがっていななくと、前足を掻いて振りかざし、怒りをあらわにした。


「まって、精霊水馬ケルピー! 落ち着いて!

 ニング先生、どうしてですか? どうして川の水を元に戻せないんですか?」


「それは汚染を広げへんためですわ」


「汚染ですか? ニング先生、それはどういうことでしょうか?」


「実はのせいで川の水を汚染してしまったんですわ」


 その実験とは元の世界に帰るための実験とのことだった。


「じゃあ、堰き止めている川は元に戻せないんですね……」


「ほんまにかんにんやで。今、汚染を除去する方法を模索中なんやけど、まだまだ時間がかかりそうなんですわ。すんませんが精霊水馬ケルピーさんにはどこか別の泉に引っ越してもらえると助かるんやけど、どうでっしゃろか?」


 ニングは引っ越しの手伝いならなんでもしますのでと申し出たが、精霊水馬ケルピーの反応は芳しくなかった。


「それができるなら我もそうしている。しかしこの周囲の泉は既に別の精霊水馬ケルピーが棲んでいて空きがない状態だ」


「泉なら途中でいくつも見かけなかったっけ? 精霊水馬ケルピーのいない泉もあったように思ったけど、そこじゃダメなの?」


 來楓は精霊水馬ケルピーに尋ねたが、その疑問にはニングが答えた。


精霊水馬ケルピーが棲むとなると水が綺麗なことはもちろんやけど、ある程度の広さも必要なんや」


「どれくらいの大きさの泉が必要なんでしょうか?」


「う~ん、そやな~。はいるやろな~。それくらいなら十分やけど、確かにここらへんのそうした泉には、もう既に別の精霊水馬ケルピーがおりまっさかいな~……」


 困った、といった様子でニングは腕を組んで唸った。


……」


 來楓も顎に手を当てて頭を捻ったが「あの……学校のプールくらいの泉はありませんが、。そこに精霊水馬ケルピーに棲んでもらうことは可能ですか?」と聞いてみた。


「なんやて來楓さん、学校のプールがあるんか?」


「はい。あります。なぜなら私は学校ごと異世界に転移したので」


「な、なんやて!? 学校ごと転移したんかいな!」


 來楓は「そうです」と頷きつつも、そういえばそのことをニングに伝えていなかったと思った。


「いや、学校のプールやったらうってつけや。そりゃぜひとも精霊水馬ケルピーさんに見てもろうて、オッケーやったら移り住んでもらいたいわ」


 來楓は精霊水馬ケルピーに事情を話し、この後、一緒に学校に戻ってプールを見てもらうことにした。


「しかし学校ごと異世界に転移ってすごいでんな~」


 ニングはそんな異世界転移は今まで聞いたことがないといった様子だった。


「なんなら学校の校庭グラウンドを耕して畑にしていますよ」


 ニングが学校に驚く様子を見て、來楓は優越感を感じ、さらに校庭の畑のことを教えて追い打ちをかけた。


「ほんまかいな!? 学校の校庭を畑にするなんてそんな突拍子もないこと、よう思い付きましたな!」


 來楓は鼻をツンと高くして胸を張って誇った。

 そんな來楓の様子を見て久造きゅうぞうは「校庭を耕すように云ったのはワシなんじゃが……」と思ったが、黙っておくことにした。


「この間も校庭の畑でジャガマイモを収穫しました。大豊作だったんですよ」


 來楓は尚もドヤ顔で誇った。


「ジャガマイモ……? ああっ! のことやな!」


 トウガラマイモという名前に、來楓はジャガマイモの真ん中に一つだけ辛いイモができることを思い出して、ニングと自分は同じ作物のことをいっていることを確信した。


「あのイモはトウガラマイモっていうんですね」


「エルフたちはそう呼んでまんのや。エルフは辛いのが苦手でしてな~。トウガラマイモは「悪魔のイモ」と忌み嫌われております。そやかし自分たちでは決して栽培はせんけど、あのイモのことならよう知ってますで~。

 ……あれ? でも來楓さんはこっちに来てからまだ二週間くらいとゆーてましたよな? そんでどうしてジャガマイモが収穫できましたんや?」


 ニングにそう訊かれたので來楓はジャガマイモが一週間くらいで収穫できたことを伝えた。

 それを聞かされるとニングはとても驚いた様子だった。


「ほんまでっかいな。そんなことがあるなんて……」


「ジャガマイモはどこでもそれくらいで収穫できるんじゃないんですか?」


「そんなことあらへん。早くて五ヵ月、時期によっては半年以上かかりまっせ」


 そっちの方が來楓には驚きだったが、確かにふつうのジャガイモやサツマイモも半年くらいは期間が必要だったので納得した。


「学校の校庭……いや、異世界から転移してきた土が栽培の促進に影響してるんかもしれまへんな……いやでもそれやったら……」


 ニングはどうして学校の畑がそんなに収穫が早いのか考え始めてぶつぶつと呟いた。


「あの、先生。そのことでもう一つ相談なんですが、収穫が早いのはありがたいのですがが心配で───」


 連作障害とは同じ場所で繰り返し同じ作物を栽培すると、その作物にとって害のある病原菌が増えたり、特定の養分が不足して生育が悪くなる障害のことだった。

 

「ジャガマイモ以外の作物も栽培して、畑をローテーションさせたいのですが、何か他に栽培できる作物ってありませんか?」


「それならうってつけの作物がありまっせ!」


 ニングは嬉々として納屋に行くと、作物の種の入った大きな袋をいくつも持ってきた。


「これはマメトマト、こっちはキュウリカボチャでんがな」


 それは來楓が聞いたこともないような作物だった。


「マメトマトは異世界の豆を品種改良してトマトを作ろうと思って失敗したもんなんですが、トマトのような真っ赤な豆がぎょーさん収穫できて、その豆を煮こむと、トマトの豆スープみたいになって美味しいでっせ。

 ほんでキュウリカボチャは異世界のキュウリっぽい野菜を品種改良してカボチャを作ろうとしたんやけど失敗して、キュウリの形のカボチャみたいなもんができたんですわ。でもこれは焼いてよし、煮てよし、してよしとどうやって食べてもおいしいでっせ」


 他にもニンジンナス、キャベツメロン、ダイコンタマネギなど、いろいろな作物の種をニングは譲ってくれた。

 これらは全て、ニングが品種改良に挑戦して失敗したものだが、味は美味しいとのことだった。


「あとこれはトウモロコシですが、これは正真正銘、ほんまもんのワテらが知ってるトウモロコシでんがな」


「そうなんですね。でもどうしてトウモロコシが?」


「それが不思議なんや~、ワテは生まれてからしばらく、ずっと手を握ってたそうなんやけど、両親がその手を開いたらトウモロコシの種を握ってたそうなんですわ。

 ほんでそれを植えましてな。収穫して一部を種として残し、大切に数を増やしておったんですわ」


「ありがとうございます。ニング先生、学校に戻ったら、さっそく校庭の畑に植えてみます」


 來楓が少し元気になったのでニングはほっとした。


「あ、先生、すみません。まだもう一つありました」


「おお、そうか。ええでええで、なんでもゆーてや。ワテにできることならなんでもお手伝いさせてもらいますさかい」


 ニングは元の世界に帰る方法を教えられない罪償いで來楓に協力を惜しまない姿勢だった。


「ボン太郎のことなんですけど……」

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