第十九話 異世界転移者の正体

「この方は私の学校の英語の先生で、園芸部の顧問だったニング・Dデン・ガー先生です」


 來楓らいふはエルフの里の異世界転移者であるニングを紹介した。


「どうもどうも。ご紹介にあずかりましたニング・Dデン・ガーでんがな。園芸部の顧問をしとりましたが、今は異世界に転生してエルフの里で里長をさせていただいております」


 ニングがそう自己紹介をすると來楓が矢継ぎ早にニングに質問をした。


「ニング先生、どうして先生が異世界に? それにどうしてエルフの里長になってるんですか?」


「それはですな~、まずワテですが、現実世界でトラックにはねられましてな。こりゃ死んでしもた~と思ったら、異世界ここに転生しとったんですわ」


 いや~、びっくりびっくりといった様子でニングは後ろ頭を掻いた。


「そ、そうなんですか。それじゃあ先生が急に学校から異動になったっていうのは……」


「たぶんワテが異世界に転生したんで、学校が異動になったと発表したんでしょうな。ほら。先生が風邪で休んだりするときも「出張に行ってる」って云ったりしますやろ?」


 確かに学校現場で教諭が欠勤をする際、生徒や親御さんには「休み」とは言わず「出張に行った」というのが慣例だった。


「でも先生、転生したってことは赤ちゃんからやり直したんですか?」


「そやで~。そやからワテは今、エルフになってるんですがな。ほら、みてみ~。耳も尖ってますやろ?」


 そう言ってニングがフードを下すと、ピンと尖った見事なエルフ耳があらわれた。


「本当ですね。先生、凄いです。でも他は元のニング先生そのまんまですね」


「そうなんや。ほんで前世の記憶も蘇ったんやけど、ワテが記憶を取り戻したんはつい最近なんや。その時はびっくりしましたで。ワテはエルフちゃうやん! ニング・Dデン・ガーでんがな~!ってな感じでしたわ」


 本人はケラケラと軽々しく笑っているが、すごいことだと來楓は思った。


「ところで先生───」


 來楓がまじめな表情になったのでニングも顔を引き締めた。


「なんでっか、來楓さん」


「どうしてエルフを率いてゴブリンの住処を奪ったんですか?」


 來楓は臆することなく真正面から難しい質問を切り出した。

 ニングは「やっぱりそのことを質問されるよな~」と予想をしていたようだった。


「ゴブリンの皆さんたちにはほんま申し訳ないと思うてます。ワテもそこまで───住処を奪うまでするつもりはなかったんや。

 ちょっと畑が必要になりましてな。ほんでエルフの皆さんと畑づくりに精を出してたんですが、ゴブリンの皆さんの住処の地面がメチャクチャよう耕されてたもんで……つい拝借してしもうたんですわ」


 ニングの説明は「ちょっとした出来心で……」といった感じだったが、來楓はそれは出来心で許されることではないとまずは思った。

 その上で、それと同時に、どうしてニングがそれほどまでに畑を必要としているのかが気になった。


「先生、なんでそんなに畑が必要なんですか?」


「それはや」


 ニングはきっぱりと告げた。

 その言葉は來楓にとって衝撃的だった。


「元の世界に帰るため……? 元の世界に帰れるんですかッ? 先生はその方法をご存じなんですかッ!?」


 來楓は思わず立ち上がってニングに詰め寄った。

 ニングは鬼気迫る來楓の迫力に少し面食らった。

 まさか來楓が元の世界に帰る方法について、ここまで身を乗り出すとは思っていなかったのだ。

 ニングはまずは落ち着くように來楓をなだめた。


「元の世界に帰る方法は知っています」


 ニングははっきりとそう來楓に告げた。

 來楓の表情は喜びで輝いたが、次にあふれ出した涙でみるみるクシャクシャになった。


「よかった……。帰る方法があってよかったです。私はもう一生帰れないのかと思いました。

 諦めて異世界で人生を全うするにしても異世界に転移したら絶対出てくるはずの女神さまは出てこないし、みんなもらってるスキルもないしステータスも開かないし……。魔王を倒すために召喚されたなら王様か誰かがやってきて旅に出ろと命令されるはずなのにそれもなくて……。なんの説明もなしに放置とか「なんて手抜きのクソゲーだよ、運営出て来い」ってムカムカしてたんです」


 來楓の告白に、久造きゅうぞうとニュウ、それにゴブリンたちは「來楓ってそんなこと思ってたんだ」と顔を見合わせた。


「先生、教えてください。元の世界に帰る方法を。どうやったら帰れるんですか? 畑が必要ってどういうことですか?」


 期待を前面に押し出し、來楓はニングに迫った。

 ニングは自分がそうした期待を一身に受けている重圧をひしひしと感じた。

 そして來楓の期待に応えてあげたいと心から思ったが、しかし、それができないことに責任を感じ、表情を曇らせた。


「來楓さん、ワテは元の世界に帰る方法を知ってます。───知ってますけど、その方法はなんや。

 絵に描いた餅。ツチノコのように空想上の生き物をみつけるようなもの。もしくは限りなくゼロに近い最高レアリティのレアキャラを無課金で引き当てるようなもんや」


「そ、それはどういうことですか……?

 それでも構いません……ッ! ニング先生、とにかくその方法を教えてくださいッ!」


 來楓は懇願したがニングはかぶりを振った。


「ど、どうしてですかッ? どうして教えてくれないんですかッ!?」


「それは……來楓さんを惑わせてしまうからや。実現不可能な方法を教えて、來楓さんが不可能に挑もうものなら身を亡ぼしてしまう……。來楓さんをそんな風にしたくないんや」


 ニングは來楓に理解してもらおうと両肩に手を置いて言い聞かせた。

 しかし、どうしても元の世界に帰りたい來楓は、ニングのその言葉を受け入れなかった。


「嫌ですッ! 先生、教えてくださいッ! 不可能でも構いませんッ! その方法を教えてくださいッ!」


 來楓は涙ながらに訴えたが、ニングはどうしてもその方法を教えようとしなかった。


「來楓さん、あんたさんはこの世界に来てどれくらいになるんや?」


「え───……?」


 急にニングに訊かれて來楓は面食らった。

 質問の意図はわからなかったが「だ、大体二週間くらいです」と答えた。

 ニングは「そうですか」と短く呟くと「ワテがこの世界に転生して、もう三百年になります」と驚くべき事実を來楓に告げた。


「さ、三百年……? え? でも先生が学校からいなくなって、まだ一ヵ月も経っていませんよ?」


「おそらく現実の世界と異世界では時間軸にずれがあるのでしょう。あんたさんにとっては二週間でも、ワテにとっては三百年なんですわ」


 それは驚くべき事実だった。


「そんでな。さっき前世の記憶を思い出したんはつい最近やというたけど、それはエルフの時間の感覚でいうてました。ワテが前世の記憶を取り戻したんは、もう二百年も前のことでしたわ」


「に、二百年……」


 來楓は途方もない年月に絶句した。


「そんでな、來楓さん。ワテはこの二百年、ずーっと元の世界に帰る方法を成功させようと取り組んでましたんや。それが不可能であるにもかかわらず……。

 不可能やとわかっていても、知ってしまった以上、それをせんと気がすまんかったんや。

 わかるか、來楓さん。それが無駄やとわかってて、二百年も費やすんやで。それがなんの意味もないとわかってて二百年も過ごすんや。

 二百年あればいろんなことができる。それができたのにワテはせんかったんや。ワテはこの二百年、なんの成長もせず、ただこの場にずっとおっただけや。寝てたんも同じや。死んでたんも同じや。

 そやからな、來楓さん。あんたさんにはそうなって欲しくないんや。ワテと同じ轍は踏んで欲しくないんや。そやから元の世界に帰る方法は教えられへん。かんにんやで、來楓さん。どうかわかっておくんなまし」


「そ、それじゃあ先生……。先生は私にどうしろというのですか?」


「元の世界に帰ることはあきらめるんや。そんでこの世界で生きるんや。この世界で生きる楽しみ、喜びを見つけ、この世界で一生を幸せに過ごす方法を探すんや。それがあんたさんのためや」


 ニングは親身になって來楓に語り掛けたが、來楓は受け入れられなかった。


「嫌ですッ! 先生ッ! 私は元の世界に帰りたいですッ! 私と私の兄は早くに事故で両親を亡くし、それから兄は必要以上に私に対して過保護なんですッ! そんな兄が私が異世界に転移したと知ったらどうなるか……ッ! だから早く元の世界に帰って兄を安心させてあげたいんですッ!」


 來楓は涙ながらにニングに訴えた。


「わかる。わかるで、來楓さん。ワテも故郷に年老いたおかんを一人残した状態や。ワテかて心の底から元の世界に帰りたいと思ってます。

 でもな。元の世界に帰る方法は実現不可能な方法なんや。実現可能な方法やったらすぐにでも教えます。でも不可能な方法はやっぱり教えられまへんのや」


 居たたまれなくなったニングは來楓の両肩に手をあてて「かんにんやで」と頭を下げると來楓たちを残してその場を去ってしまった。

 希望を見出したと思った瞬間に突き放された來楓は泣き崩れた。

 そんな來楓に久造、ニュウ、ゴブリン、そして精霊水馬ケルピーは寄り添い、懸命に慰め続けた。

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