第5話 皐月の現状、夏は動く

 一週間後。

 夏と青菜は、栄生駅前にあるカフェにいた。休日だからか、学生が春休みだからなのか分からないが、店内はかなり混んでいて満席だ。その影響でどの店員さんも忙しそうにしている。

「ねえ。あれから音沙汰ないけど、これからどうしよう?」

 青菜は、そう言ってため息をついた。難しい顔をしながら頼んだメロンソーダをストローで少しずつ吸っている。

「分からん。でも、健太って人は、また会いに行くって言ってたから、そのうちふらっと現れるんじゃないか?」

「のんきだね。いつ来るのか、それにどうやって会えるか全く分からないじゃん。このままだと夏も皐月のことを完全に忘れてしまうかもしれないよ」

「それは嫌だ」

「でしょ。なら、健太って人を早く見つけて解決する方法を探らないと」

「確かに」

 夏は、メニューを見ながら悩んでいる。

「一つ言いたいことがあるんだけどいい?」

「なに? 僕の優柔不断さを指摘するのはやめて」

 青菜は、ため息をつく。

「その優柔不断、いつになったらよくなるの?」

「これは僕の性格なんだよ。性根がこうなんだからよくなるも何もないでしょ」

「性根でも多少は改善できるでしょ」

「そうか?」

「そうだよ」

「でも、青菜がせっかちすぎるって可能性はない?」

「ないよ。だって、このお店に入ってもう三十分経ってるんだよ。さすがに注文するの遅すぎるよ」

「まあ、言われてみればそうかな」

「言われなくともそうだと思って欲しい」

 夏は、たまたま横を通りかかった手ぶらの店員さんを呼び止めた。

「すみません、メロンソーダを一つください」

「かしこまりました」

 店員さんは、中へと戻っていった。

 その一連を見て、青菜は呆れた表情をする。

「結局メロンソーダにするんだ」

「うん。悪い?」

「悪いとは言ってないよ。けど、同じのにするなら、最初から一緒に頼めばよかったねって思って」

「タイミングなんていつでもいいでしょ」

「店内バタバタしてるじゃん」

「うん、それが?」

「気遣い」

「僕に気遣いを求めないで欲しいね。なんたって、デリカシーとはほど遠い人間なんだから」

「自分で言う? 普通」

「言う人もいるかもよ」

「確かに。目の前にいた」

「でしょ」

 二人で話しながら夏の注文したメロンソーダを待っていると、店員の声が聞こえた。

「お待たせしました。メロンソーダでございます」

 夏は、顔を上げて受け取ろうとする。

「!?」

「久しぶり。夏くん」

「健太さん。どうしてここに・・・・・・!?」

 夏と青菜は、周囲を慌てながら見渡す。周りにいた人や物は全て停止していて、背景もろともモノクロになっている。

「また会いに行くって言ったでしょ」

「一週間も待ったんですけど」

「ごめんって。俺は、華みたいな特別な存在じゃないからすごい力とか持ってないんだ」

 青菜は、不思議そうな顔をする。

「え? じゃあ、どうやって華さんと同じこの現象を引き起こしてるんですか?」

「それは、この世界の人間で唯一、華が人間として生きていた頃の記憶があるからだよ。つまり縁が絶たれていないからってこと」

「縁、ですか」

「そう。縁。君たちが俺のことを認識できるのも華との縁ができたから」

 青菜は、落ち着いて健太に質問をする。

「皐月は、これからどうなるんですか?」

 健太は、真剣な表情になる。

「これから彼女は、華によって人との縁を完全に絶たれてしまう」

「もし人との縁が完全に絶たれてしまったら、どうなるんですか?」

「簡単だ。彼女は、天女になってしまう」

「皐月が天女に?!」

 夏は、ストローでメロンソーダを一口だけ飲む。

「天女になったら悪いことでも起こるんですか?」

「夏くん。君は、あまり察しが良い方ではないようだね」

「ほっといてください」

「察しの悪い夏くんにも分かるように教える。答えは単純明快で、人との縁が絶たれて天女になり、二度と人間と接触することができなくなる」

「ってことは、僕たちは二度と皐月のことを思い出すことができないし、会うことも話すこともできなくなるってこと!?」

「そうだ。天女と人間は、本来、交わることのない存在同士なんだ」

「どうしよ」

 青菜は、呆れた表情をする。

「夏。落ち着いて」

「はい」

 夏は、しつけられている犬のように、青菜の言うことを素直に聞き、メロンソーダを少しずつ飲んでいる。

 青菜は、軽く深呼吸をする。

「健太さん。どうすれば、皐月が天女になるのを防げますか?」

「防ぐには、大きく三つやらなければならないことがある。一つは、夏くんや青菜さん、その他友人が彼女のことを完全に思い出すこと」

「思い出す・・・・・・私が忘れてしまった皐月をってことですか?」

「そうだ。今の彼女のことは知っていても、元々あった彼女についての記憶はないはず。それを思い出すこと」

「難しいですね」

「ああ、難しい。だが、それを乗り越えないと、意味がない。また同じことが起こる」

 健太は、腕組みをする。

「二つ目は、縁切りをする華を止めることだ」

「止めるって、私たちに止められますか?」

「無理だ。だから、悩みどころなんだ。華を止められるのならどんな手段でも良いが、なにせ相手は正真正銘の天女だからな。生身では勝ち目がない」

「・・・・・・そんな」

「最後に三つ目だが、皐月自身が君たちとの記憶を忘れないことだ」

「「!?」」

 夏は、メロンソーダを飲むのをぴたりと止める。

「どういうことですか?」

「あれ? 彼女から何も言われてないのか?」

 夏と青菜は、顔を見合わせる。二人の表情的からして、お互いに何も知らないし、聞かされていないようだ。

 青菜は、健太の顔へと視線を移す。

「私たち、何も聞いてないです」

「そうなのか。分かった、詳しく説明する」

「お願いします」

「すまない、少し座ってもいいかい? 立ってるのが疲れた」

「全然良いですよ」

「ありがとう」

 健太は、夏の隣に座る。

「説明と言っても言葉の通りだ。彼女は、少しずつ君たちの記憶を失っていっている」

「記憶を?」

「ああ。君たちとも全て、例えば、どこかへ遊びに行って楽しかった記憶や共に学校で過ごした懐かしい記憶など、どんどん忘れていっているはずだ」

「それは本当なんですか?」

「ああ。華もかつてそうだった。当時、仲がそれほどよかったわけじゃない知り合い程度の人間の記憶から、順番に消えていった挙句、俺のことも・・・・・・」

「健太さんは、華さんと仲が良かったんですか?」

 健太は、懐かしむ顔をする。

「ああ。華とは高校時代の同級生で、俺は彼女のことが好きだった」

「好きだった?」

「ああ。今の華は、かつての華ではない。完全に別人だ。もう俺の知っている彼女は、この世にいない」

「華さんの記憶を取り戻すとかはできないんですか? そうしたら華さんを止められませんか?」

「そうだな、記憶を取り戻して人間に戻せば止められる。だけど、無理だ」

「どうして言い切れるんですか?」

「何度もチャレンジしたからだ。それでも華は、俺との昔の記憶を思い出すことはなかった」

「じゃあ記憶を失ったら、もう」

「そうだ。二度と思い出すことはないだろうし、人間に戻ることもないと思う」

「そんなことって」

「あるんだ。現に華がそうなっている。もうあの頃には二度と戻れない」

「健太さんはそれでいいんですか?」

「いいも何もこの問題を打破する解決策がない」

 夏は、不安そうな顔をする。

「皐月もいずれそうなるってことですよね?」

「ああ。なんならすでに記憶の消滅が進んでいると思う。そんな感じの様子とかなかったか?」

「・・・あ! 二人で青菜に会うために本屋まで来た時、青菜のことは鮮明に覚えてるとか言ってた気がする」

「そうか。彼女の中で、完全に忘れてしまったり記憶が曖昧だったりする人がちらほらいるのかもしれない」

「手遅れになる前になんとかしないと」

 立ちあがろうとする夏を健太は、肩を抑えて座らせる。

「一旦落ち着きな」

「落ち着いていられるわけないですよ!」

「そうだよな。気持ちはよく分かる。けど、闇雲に動いても事態は何も変わらないだろ?」

「確かに」

「だな。俺の話を最後まで聞いてくれ」

「分かりました」

「以上が、天女になるのを防ぐ方法だ。これを全てクリアしなくてはならない」

「健太さん」

「夏くん、どうした?」

「それで、僕たちはこれからどうすればいいんですか? 何からやっていけばいいか分からないです」

「とりあえず、皐月さんと話した方がいいだろう。彼女本人から自身の記憶がどうなっているのか、状況を聞き出せるかもしれないからな」

 青菜は、冷静な顔をしている。

「もし、皐月の記憶が消えていっているとしたら、私たちはどうすればいいんですか?」

「いい質問だ。君たちがしなくてはいけないことは、彼女が忘れる暇がないくらい、繋がりや思い出を作り続けることだ」

「繋がり」

「そうだ。そうすることで、しばらくは延命できる」

「分かりました。とりあえず、皐月と話してみます」

「ああ、そうするといい」

「はい」

 健太は、ゆっくりと立ち上がって夏と青菜のことをじっと見る。

「二人とも頑張れよ。俺みたいになるな。大切な人に一生忘れられたままなんて、まさに生き地獄のようなものだからな」

 夏と青菜は、「はい」と元気よく返事をする。

 健太は、振り返ってどこかへ行く。

「俺は、華を止める方法を探しておく。また会おう」

 健太は、そう言い残して消えていった。それと同時に、周囲の色はモノクロからカラーに戻り、時が動いた。

 夏は、三分の一くらい残っているメロンソーダを一気飲みする。炭酸でキツかったのか、数秒間堪えている顔をしていた。

「よし。青菜、行こう」

「そうだね。もしかしたら、時間の猶予がないかもだし」

 夏と青菜は、会計を済ませてカフェを出る。

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