第5話 サルバドール・ダリのマウスピース
癖の強い歯医者に通っている。
院長1人と衛生士さん数人、古いアパートの一室にある個人クリニックで、落ち着いたヒーリングミュージカルが流れている。
腕はピカイチだし、なるべく抜歯をしない方針もあっているし、性格も穏やかな優しいおじいちゃん先生で、何度でも口を濯がせてくれる。
有り体に言えば、彼は陰謀論者なのである。
コロナ禍にはいかにワクチンが危険かを説かれ、私は治療を受けながら生返事をしていた。
私は面白がって、夫に紹介した。
以来、夫も通院のたびにどんな陰謀論が展開されたかを逐一教えてくれる。
我々夫婦に直接陰謀論を説くことはなくとも、同席した他の患者に話していれば、間取り的に全て筒抜けなのだ。
最近 夫は、先生が小学生にも似たような陰謀論を展開していた神回に当たったらしい。
初めは赤血球やら白血球やら、保健体育的な単語に小学生の無邪気な「あ、それ知ってる!」「学校で聞いたことある」などの声が聞こえていたらしいが、最終的にはうんともすんとも言わなくなってしまったらしい。
それはさておき、私は人類史に影響を及ぼすレベルの歯列不正で、私が死んだ後、人間を知らない文明が私の頭蓋骨を見つけたら、人間の骨格が変わると思う。
毎度毎度先生に哀れみの言葉をかけられる。
「歯並びが良くても虫歯になるのに、(こんな歯並びだと)毎日数学の難問を解くようなもんですよね」
さすがに数学の難問の方が難しいだろと思いながら、私は微笑む。
睡眠時の歯軋りで上顎をズタズタにした際に、マウスピースを作ったのだが、酷いものだった。
獅子舞みたいな歯並びの夫に出来上がったマウスピースを見せたら、「サルバドール・ダリみたい」と言われた。
溶けた時計のイメージだ。そんなにか。
私の歯列はシュールレアリスムなのか。
先生は犬を飼っていて、愛犬にも欠かさず歯磨きをしてあげるらしい。
「こんなに歯茎の引き締まった犬はみたことがない」
トリマーに驚かれたのに、歯医者であることは明かさなかったという。
犬の歯磨きが完璧な謎のおじいちゃんだと思われているだろうに、いいのか。
シュール過ぎて笑った。
犬は歯磨きが嫌いらしく、知恵をつけて歯磨きの時間の前に歯ブラシを噛み砕いてしまったらしい。
「誰のおかげで噛み砕けるんだって話ですよね」
私は歯列不正の歯を剥き出して、治療に支障が出るほど笑った。
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