第2話 俺が聖女になるまで 1
「九澄 輝、目覚めよ」
女性の美しい声が聞こえた。
目を覚ました俺は白い霧が立ち込める、見知らぬ場所に居た。
真っ暗な部屋の中だ。でも一箇所だけ明りがある。そちらを見やると、豪奢な玉座に座っている女性の姿があった。
光を浴びて神々しく輝く金髪。起伏に富んだ艶めかしい肢体。女神を思わせるようなゆったりとした衣装。
その人の深紅色の瞳が俺を捉えている。
その女性は魅力的な足を見せつけるように組んでおり、俺は思わず凝視してしまった。
「おい、どこを見ている」
「あ、すみません」
俺は身を起こし、周りを見渡す。
「ここは......どこだ?」
俺はさっきまで自分の部屋に居たはず。
寝るまで暇だったから、日課の◯◯行為に勤しんでいたところまでは覚えている。
なんでこんなところに居るんだ?
「落ち着け。我がちゃんと説明してやるから」
「はぁ」
美女が足を組み直し、説明する。
「まず、お主は死んだ」
「な?! いつ?! どこで?!」
「さっき、お主の部屋で、だ」
「う、嘘だ。俺は死ぬようなことなんて何も......」
「嘘ではない。◯◯行為による心臓への負担が大きかったのだろう。絶頂と同時にぽっくり逝ったわ」
うわぁ、なんて情けない死に方......。
え、ちょ、俺、マジで死んじゃったの?
というか、
「俺、死んだのに、なんでここに居るんだ?」
そんな俺の疑問に、ルシファーさんが答えてくれる。
「お主を転生させるためだ」
「?! て、転生だとッ!」
「ああ、同情心......ではなく、特例処置だ。ありがたく思え」
「と、特例処置?」
今、“同情心”って言わなかった?
俺の疑問は深まる一方で、ルシファーさんが致し方なくといった様子で、俺に向かって一枚の紙を飛ばしてきた。
ゆらゆらと俺の前に舞い降りてきたそれは、何かの写真だった。
その写真を見て、俺は絶句する。
写真の中に居るのは、三十過ぎの男――俺だ。
一糸まとわぬ下半身を晒している状態で、椅子から仰向けに倒れた俺は白目を向いていた。
どう見ても意識が無い様子の俺だが、なぜか右手は三十数年間、苦楽を共にしてきた息子を握っていた。
死後硬直というやつだろうか。
そして周りの環境。倒れている俺が居るのは自室の中で、未だに電源が点けっぱなしのデスクトップPCがある。そのPCと壁に付着しているゼリー状の白濁液。
あ、天井にも着いてる......。
それが垂れて、白目を向いている俺の顔辺りに落ちていたのがわかる。
きっと俺の死を知った人たちは、この現場を見て色々と察することだろう。PCだってスリープしないように設定しているから、ずっと点けっぱだし。
性癖がこんなかたちで露見するのは嫌だったな。
ああ、そうか......俺、テクノ的にブレイクしちゃったのかぁ......。
ルシファーさんが状況を理解した俺に対して言ってくる。
「まぁ、その、なんだ、誰にだって失敗はある......」
そういうフォローの仕方はどうかと思う。
“失敗”とか言うのやめろよ、シンプルに傷つくだろ。
もうこんな自分を見たくないので、写真はくしゃくしゃにして投げ捨てた。
ルシファーさんがこほんと咳払いをする。
「お主がそんななんとも言えない死に方をしたから、我ら神々の間で話し合ったのだ」
「それで転生......ですか?」
「うむ。異世界転生だ」
異世界転生。昨今のラノベ小説では説明が不要なくらい人気なジャンルの一つである。
その内容は大体こう。
元居た世界で不幸な死を迎えてしまった主人公が、第二の人生を異世界で送る、的な。
そういうときはほぼお約束と言っていいほど、ルシファーさんみたいな神様と面談するのだ。
「転生の説明は?」
「要らないです。ラノベ大好物だったので」
「ああ、お主の性癖も二次元の――」
「あの、無性に死にたくなるのでそれ以上は......」
「う、うむ。すまぬ」
話を続けようか。
「で、だ。一度目の人生の過ちを鑑みて、お主の二度目の人生には性欲とは無縁な人生を送ってもらおうと思う」
「というと?」
「平たく言えば、聖職者として生きよ」
ああー、なるほど。
でもそれって俺自身の問題じゃない? 来世も息子がお供してたら、ニギニギしているはずだよ。
俺のそんな心配というか性格を察してか、ルシファーさんが語る。
「まぁ、お主の考えていることはわからないでもない」
「じゃあ......」
「その辺りは対策しているから安心するといい」
え、なに、安心って。全然安心できないんですけど。
「話を戻すぞ。二度目の人生を与えるだけ寛大だと思え」
「あ、はい」
「異世界転生と言えば、何だと思う?」
「チートスキル、ハーレム......ですかね」
「ああ。お主にはチートスキルを与える。ハーレムは知らん」
かなり適当な女神様だな......。
でもチートスキルと聞いて心踊らないオタクは居ない。
思わず、興奮気味に聞いてしまう。
「俺に与えてくれるチートスキルってなんでしょう?!」
「うむ、<代償>スキルだ」
“代償”? よくわからないけど、響きは格好いいな。
言葉の意味的に、何かを得るために何かを支払うって感じかな。
そんな俺の考えは間違っていないようで、ルシファーさんが肯定してくれる。
「お主のイメージ通りのスキルだ。はっきり言って、<代償>スキルは我の中では最上級に値するものだと思っている」
「おおー!」
「というか、我が与えられるスキルって、そういう感じのちょっとダークなものしかない」
「堕天使っぽさの印象がありますもんね」
「今は女神だ」
「駄......堕女神?」
「殺すぞ」
ごめんなさい。もう死んでるけど。
俺はぼそりと呟く。
「<代償>スキル......響きは格好いいな」
「ふふ。だろう? 何かを捨てることができない者は、何も変えられないからな」
「アル◯ンの名言じゃん」
「我、あの漫画好きだから」
あれれ、途端に女神様がえらくちっぽけな存在に思えてきたぞ。
「説明を終えたことだし、さっそくお主を転生させるか」
「?! ちょっと待ってください!」
「? なんだ」
俺は大事なことを聞くことにした。
「あの、さっき言っていた聖職者になれって話、絶対なんですか?」
「お、お主、そこまでしてイチモツを握りたいか......」
そ、そういうつもりで言ったんじゃないんですけど......。
「いやだってほら、せっかくの二度目の人生ですし、好きに生きたいっていうか......」
「ふむ、悪いが、無理な相談だな」
「ええー」
「だってお主、嫌でも聖職者でいないと生きていけないような身体で転生するし」
ん??? 意味がわからないんですけど。
すると、ルシファーさんが人差し指を立てて言った。
「一日一善。それをしないと、お主に生きてきたことを後悔するほどの苦しみが与えられる」
「......は?」
目をパチクリさせる俺。
指をパチンと鳴らす女神。
途端、俺は足先から光の粒子となって消え始めた。今から転生が始まるのだろう雰囲気である。
「え、ちょ! ちょ! ちょっと! 今、すごい不穏なこと聞いたんですけど!」
「達者でな」
「待っ――」
俺の言葉は続かず、そこで途絶えるのであった。
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