異世界転生した九澄さん、聖女だけどクズらしい 〜スキル<代償>が強すぎた件〜
おてんと
プロローグ 聖女ですが、何か?
『ガァァァアアァァァ!!』
「......。」
今、俺の目の前にはドラゴンが居る。
全身、深緑色の鱗を纏っていて、全長十メートルを超えるこの生き物は、一見、巨大なトカゲに見えるが、そんな可愛らしいものではない。
太くて鋭利な爪と牙、獰猛な瞳、巨大な翼、長い尻尾。
ドラゴンとは異世界ファンタジーの中で最も有名な架空の生き物の一種である。
そのドラゴンが俺に向かって大口を開け、唾を吹きながら咆哮を上げていたのだ。
ああー、くっさい......。おえッ。なんか口の中が酸っぱくなってきた。吐きそう......。
吐きたい気持ちを堪えている俺が居るここは、国の近辺にある森の中だ。
見上げれば、太陽が一番高いところに昇っていた。
この世界は、俺が元居た世界じゃないし、目の前に居る生物が存在していることについて常識的にありえない、なんて言うつもりはない。
だってこの世界に常識とか通用しないから。
ついでに言えば、今の俺は女だけど、前世は三十過ぎのおっさんだったから。
皆、そのことは知らんけど。
「聖女様! お下がりください!」
「いくら聖女様と言えど、たった一人でドラゴンに立ち向かうなど無謀です!」
そんでもって、俺は周りの連中から“聖女”と呼ばれている。
そう、俺は聖女なのだ。
あの清楚で儚くも美しい、身も心も全て神に捧げた女性なのだ。
それも超が付くほどの銀髪美少女で、自分でも天使なんじゃないかって思えるくらい尊い存在である。
とまぁ、昨今よく耳にする異世界転生と言うやつで、俺は美少女となってこの世界に生まれ変わったのだが......。
『ガァァァアアァァァ!!』
「......くっさ」
俺は誰にも聞こえないような声で、ぼそりと呟いた。
聖女の前にドラゴンが居るとか、どういう状況だろ......。
いや、わかるよ。
実は俺、聖女だけど、こう見えてすごく強いから。大木だってデコピン一発でへし折ることできるくらい強いから。
だからドラゴンとかヤバそうなモンスターの相手を、強い俺に任せたい皆の気持ちはわかる。わかるけど......俺にどうしろってんだよ。
『ガァァァアアァァァ!!』
「......おぇ」
俺はドラゴンの吐息の臭さに思わず口元を手で覆ってしまった。涙目になる。
にしてもこのドラゴン、全然俺のこと襲ってこないな。臭い息吐いて、うるせぇ声で鳴いているだけだ。
すると、俺の後ろに控えている騎士たちが口々に口を開いた。
「くそ! 俺に聖女様を守る力があればッ」
「でも俺らが戦えば、却って聖女様の邪魔になっちまう!」
「私たちはなんて無力なの!」
いいよ、そういうの。
ドラゴン見つけたとき、お前ら真っ先に後方に居る俺を見てきたじゃん。
「聖女さん、出番ですよ」的な視線で訴えてきたじゃん。
どういう心情で言ってるの、それ。
まぁ、でも、このドラゴンだって威嚇だけしてるから、本当は人を襲うつもりなんて無いのかもしれない。
よし、ここは聖女らしく穏便に行くか。
俺はそう決意して、一歩前に踏み出す。
胸の前で両手を組み、祈りを捧げる素振りを晒す。誰もが聞き入るような美しい声音で語りかけた。
「ドラゴンさん、私たちはあなたを脅かす存在ではありま――」
ガブッ。
俺はドラゴンに食われた。
上半身ごと咥えられ、俺は持ち上げられる。
「「「聖女様ぁぁぁぁああ!!」」」
なんてこった。このトカゲ野郎、人が話している途中で襲ってきたぞ。
にしても......おえ、くっさ。マジでくっせぇ。うわ、ヌルヌルするぅ。あ、舌は猫みたいにザラザラだ......。くっさ。
無論、俺はこの程度じゃ傷一つ付かない。ただただ精神的にキツいだけだ。
俺はジタバタと両足を振って抵抗する。
「あのー! 私を食べても美味しくないと思うんですけど!」
『ッ?!』
ドラゴンがわかりやすく動揺する。俺を噛み砕けないことに驚いているのだろう。
ちなみに俺が話す時は、一人称を“私”に変えている。
聖女だから、“俺”とか言っちゃいけない。
俺がドラゴンの中で大声を出していると、近くに居た騎士たちが口々に言った。
「ほッ。聖女様はご無事だ......」
「良かったぜ。話している途中でドラゴンに食われて殺されたとか、国民になんて伝えたらいいかわからないもんな」
言ってる場合か。
助けろよ。聖女、食われてんだぞ。
「はぁ......。結局、こうなってしまうのですね」
俺はドラゴンの臭い口の中で、呆れた声を漏らす。
本当は暴力で訴えたくないんだ。
聖女だから、たとえ荒事に我が身が巻き込まれても穏便に解決したかった。
でも臭すぎて我慢の限界が来たから仕方がない。
「セイクリ――おえッ......セイクリッドサーベル!」
俺は右手に力を込め、魔法を発動する。
<上級・光属性魔法:セイクリッドサーベル>。
その名の通り、光属性魔法で生成した光の剣だ。神々しく光るこの剣は、まるで羽のように重さを感じさせない上、非常に切れ味が良い。
俺はセイクリッドサーベルをドラゴンの脳天目指して、口の中から突き刺した。
豆腐に爪楊枝を差し込んだときのような抵抗力の無さである。
さすがのドラゴンと言えど、脳に剣が刺さったら死ぬようで、すぐに力なく倒れた。
その巨体が倒れたことで、ズシンという地響きが広がる。俺はドラゴンの口から脱出した。
それを目の当たりにした騎士たちが歓声を上げる。
「おおー! 聖女様がドラゴンを倒したぞ!」
「さすがです!」
「しかも一撃とは!!」
「しかしなぜわざと食われるような真似を?」
と、うち一人の騎士が俺に聞いてきた。
“わざと”じゃないんだけどね。諭そうとしたけど、言葉通じなかったから無理だった。当然の結果だったわ。
その騎士の問いを他の騎士が答える。
「馬鹿がッ。ドラゴンに花を持たせたんだよ! モンスターが聖女様に一矢報いた......この上ない名誉だぜ」
「いいや、違うね。聖女様がドラゴンを苦しめず、確実に殺せるよう、敢えて食われて隙を突いたんだよ」
「なるほどー」
こいつら、気楽でいいなぁ。
そんな賑やかにしていた騎士たちだが、急に静かになって、全員そっぽを向いていたことに気づく。
彼らの表情はヘルムに遮られているのでわからないが、どこかよそよそしい感じだ。
どうしたんだ?
「? あの、どうかされました?」
「い、いえ、その、聖女様の服が......」
え、服?
俺は自身の服を見た。
聖女らしい白を基調とした修道服は、上半身の部分がドラゴンの唾液でヌルヌルのすけすけだった。
自慢じゃないが、俺はそれなりに胸があって、見た目パーフェクトな聖女である。だから騎士たちが劣情を抱かないよう、そっぽを向くのは仕方のないことだ。
さて、ここで俺がすべき反応とはなんだろうか。
きっと乙女として恥じらうべきなんだろうが、聖女の中身は男なんだから、そんな行動取るわけがない。
そう思っているのではなかろうか。
しかーし!! 俺は“聖女”プレイに全力を注いでいるのである!!
だから俺は――。
「きゃぁぁぁああ!!」
全力で恥じらった。
赤面し、自身の胸を両腕で隠して、その場に座り込む。
中身が男でも全力で恥じらう。
いいか? 聖女ってのはな、清楚で純真、異性に肌は晒しません、パパのち◯こすら見たことありません、くらいのイメージでなきゃ駄目なんだよ。
俺が涙目で居ると、騎士団に所属している女騎士たちが慌てて駆けつけてくれた。
「聖女様! 早くこちらのお召し物を!」
「男共! 今の聖女様を見た奴は極刑だからな!!」
「あぅ。まさかこのような目に遭うとは......しくしく」
ああー、男どもの反応おもしれぇー。
前世が男だったからか、男の劣情が手に取るようにわかる。本当に馬鹿で、股間に脳みそが詰まっているんだぜ、男って生き物は。
斯くして、異世界に聖女として転生した俺の異世界ライフは続いていくのであった。
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