この想い、クッキーにこめて

夏都きーなFNW所属

第1話「ひとくちの勇気と帰り道の約束」

春の風がふわっと吹き抜けた放課後、家庭科室には甘い香りが広がっていた。


 「よし、今回もいい焼き上がり……!」


 オーブンを開けると、こんがり焼けたアーモンドクッキーが、ちょうどいい色に仕上がっていた。


 神谷 陽翔(かみや はると)、中学二年生。

 運動は普通、勉強もそこそこ。でも、お菓子作りだけは誰にも負けない。


 小学五年のとき、入院中の妹のために作ったプリンがきっかけだった。

 「おいしい!」と笑ってくれた、あの顔がうれしくて――それから毎週のように、レシピを調べてはお菓子を作るようになった。


 そして今日も、クッキーをタッパーに詰めながら思い出していた。


 「……これ、あの子に渡せるかな」


 “あの子”とは、同じクラスの朝倉 美羽(あさくら みう)。


 よく笑うけど、ちょっと冷めてて、群れないタイプ。

 でも、陽翔が教室で手作りお菓子を配ったとき――

 「すごいね。お店で売れるレベルじゃん」って、ひとこと、言ってくれた。


 ……たったそれだけのことで、陽翔はまるでチョコレートみたいに、心がとろけそうになってしまったのだ。



その日、勇気を出して声をかけた。


 「朝倉さん、あの、これ……よかったら、食べてみて」


 放課後、靴箱の前で。

 差し出したタッパーの中には、陽翔が一番自信のある“紅茶クッキー”が6枚。


 「……ありがとう。もらっていいの?」


 「う、うん。変なもんじゃないから、あ、いや、そういう意味じゃなくて」


 「あはは。知ってる。神谷くん、家庭科の実技テスト、先生にめっちゃほめられてたもんね」


 美羽が、すこし笑った。


 それだけで陽翔の心拍数は一気に上昇。

 チョコレートが直射日光に溶けるくらいのスピードで、顔が熱くなる。


 「……今度、私も何か作ってみようかな」

 「えっ!?」


 「そのかわり、感想ちょうだい。フェアでしょ?」


 「う、うん!もちろん!」

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