第2話「エルフの少女と最適治癒」

 西の森は王都のすぐ近くとは思えないほど深く静かだった。俺はスキル【データ分析】を常に起動させ、周囲の危険を警戒しながら進む。


 《警告:前方50メートル、ゴブリン3体の反応》

 《推奨行動:南へ10メートル迂回。遭遇確率0%》


 俺はスキルの指示通り静かに南へ移動する。するとゴブリンたちに気づかれることなくやり過ごすことができた。これは便利だ。戦闘を極力避け安全に目的を達成できる。これこそが俺のやり方だ。


 目的地である薬草の群生地に到着すると、そこには様々な種類の薬草が自生していた。


 《アイテム『赤キノコ』:薬効成分3。売値5ゴールド》

 《アイテム『青い花』:薬効成分7。売値12ゴールド》

 《アイテム『光る葉』:薬効成分15。売値30ゴールド》


 ウィンドウにはそれぞれの薬草の価値が数値で表示される。俺は売値の高い『光る葉』を中心に採取していく。作業は順調で、あっという間に持ってきた袋がいっぱいになった。期待収益300ゴールドは確実だろう。初日としては上出来だ。


「よし、今日はこのくらいにして王都に戻るか」


 そう思った矢先のことだった。

「きゃあっ!」

 森の奥から少女の悲鳴が聞こえた。


 《緊急イベント発生:エルフの少女がオークに襲撃されています》

 《選択肢1:助けに入る。生存確率:25.4%。少女の救出成功確率:10.1%》

 《選択肢2:見捨てて逃げる。生存確率:99.5%》


 ……ひどい数字だ。オークはゴブリンとは比較にならないほど強力なモンスター。中古の装備しかない俺が太刀打ちできる相手じゃない。論理的に考えれば選択肢2を選ぶべきだ。俺は誰かを助けるためにここにいるわけじゃない。自分のために最適解を選んで生きていくと決めたんだ。


 俺は踵を返しその場を去ろうとした。

 だがもう一度聞こえてきた悲鳴に足が止まる。

 クソッ、どうしてだ。元の世界でも俺はいつもそうだ。見て見ぬふりができない。面倒なことに首を突っ込んで損ばかりしてきた。


「……生存確率25.4%か。ゼロじゃないなら賭ける価値はある」


 俺は自分に言い訳するようにつぶやき、スキルを再起動させた。


 《戦闘シミュレーション開始》

 《対象:オーク1体》

 《自キャラクター能力値分析……完了》

 《敵キャラクター能力値分析……完了》

 《地形、環境要因分析……完了》

 《最適行動パターンの算出……完了》


 視界に無数の予測線とターゲットマーカーが表示される。オークの攻撃パターン、隙が生まれるタイミング、そして俺が狙うべき弱点。全てがデータとして可視化された。


「勝率を上げるぞ……!」


 俺は拾った石をいくつか懐に詰め現場へと駆け出した。

 そこでは銀色の髪をしたエルフの少女が、巨大な棍棒を振り回すオークに追い詰められていた。彼女の足は怪我をしているらしく動けないでいる。


「おい、デクノボウ! こっちだ!」


 俺はオークに向かって叫び石を投げつけた。石はオークの顔面に命中し、その注意を俺に向けさせることに成功する。


「グオオオッ!」


 怒り狂ったオークが俺に向かって突進してくる。

 《警告:敵の突進攻撃。回避推奨ルートを緑線で表示》

 視界に表示された緑の線に沿って俺は横に跳んだ。オークの巨体が俺がさっきまでいた場所を通り過ぎる。


「今だ!」

 《敵の硬直時間:1.7秒。推奨攻撃箇所:右膝裏の腱》

 俺はオークの背後に回り込み、棍棒で右膝の裏を全力で殴りつけた。鈍い音と共にオークが体勢を崩す。


 だが致命傷には程遠い。体勢を立て直したオークが棍棒を横薙ぎに振るってくる。

 《水平方向への薙ぎ払い攻撃。推奨行動:地面に伏せる》

 俺は指示通りに地面に伏せ攻撃をやり過ごす。風圧が頭の上を通り過ぎていった。


 攻防は数分続いた。俺はひたすらスキルの予測に従って回避に専念し、わずかな隙を突いてダメージを蓄積させていく。オークは苛立ち動きが単調になってきた。


 《敵の疲労度:78%。集中力低下を確認》

 《好機:次の大振り攻撃後、体勢が大きく崩れる確率89%》


 予測通りオークが棍棒を天高く振り上げた。

「終わりだ!」

 オークが棍棒を振り下ろす。俺はそれを紙一重でかわし、がら空きになったオークの懐に潜り込む。


 《最適攻撃目標:心臓部。クリティカル発生確率:94.2%》


 俺は棍棒の先端を、ウィンドウが示す赤いマーカー――オークの心臓部目掛けて突き出した。手ごたえはあった。オークは苦悶の声を上げ、その巨体をゆっくりと地面に倒した。


「はぁ……はぁ……」

 全身が鉛のように重い。生存確率25.4%の戦いに勝ったのだ。アドレナリンが全身を駆け巡っている。


 俺は倒れたオークには目もくれずエルフの少女に駆け寄った。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます……」


 少女は怯えた様子で俺を見上げた。透き通るような緑色の瞳。怪我をした足首は赤く腫れ上がっている。


「治癒魔法は使えるか?」

「は、はい。でも私はまだ見習いで……うまくできるか……」


 自信なさげにうつむく彼女に俺はスキルを発動した。


 《対象:エルフの少女(リノア)》

 《状態:右足首の捻挫。魔力循環に軽度の乱れあり》

 《最適治癒プロセスを算出》

 《1. 損傷箇所に魔力を集中》

 《2. 魔力の流量を毎秒3ユニットに維持》

 《3. 治癒完了まで15秒間継続》


 俺はウィンドウに表示された内容をそのまま彼女に伝えた。

「いいか、よく聞け。まず怪我した場所に意識を集中させろ。そして川のせせらぎくらいの一定のペースで魔力を15秒間流し続けるんだ。強すぎても弱すぎてもダメだ。いいな?」


「え? あ、はい!」


 少女リノアは戸惑いながらも俺の指示に従って治癒魔法を唱え始めた。彼女の手が淡い光に包まれる。俺はスキルで彼女の魔力流量をモニタリングする。


 《魔力流量:3.5ユニット。やや過剰》

「少し強すぎる! もっと優しく!」

 《魔力流量:2.8ユニット。適正範囲内》

「そうだ、その調子だ! あと10秒!」


 15秒後、光が消えるとリノアの足首の腫れはすっかり引いていた。

「すごい……! こんなに完璧に治癒魔法が使えたの、初めてです……!」

 リノアは驚きと喜びが入り混じった表情で俺を見つめた。


「俺の指示が的確だったからな」

「あ、あの! あなたは一体……?」

「俺はアッシュ。ただの通りすがりだ」


 俺はそう言って立ち上がった。オークの素材を剥ぎ取ればさらに収入になるだろう。

 追放されて早々、面倒ごとに巻き込まれたが悪いことばかりでもなかった。

 この出会いが俺の最適化されたスローライフ計画を大きく変えることになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。

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