魔物と隠し事編
第20話 逆に困る
魔法雑誌の流通が始まってから五日後。私は住処であるイゾラの魔法書店に戻り、本来の姿である魔法書店の店主の姿を取り戻していた。
魔法雑誌創刊以降、いろいろと変化が多く起こったのだが、まずは成功だったのか失敗だったのか、そこから話を始めよう。
結果は──大成功だった。ただし、それを喜べたのは一瞬だった。
あまりにも成功しすぎて、逆に困るくらいの規模になってしまったのだ。まず、王都周辺など、私が魔法書店を開業する前からあった魔法書店では、初日で全て売り切れたらしい。魔法に詳しい都市ではそもそも魔法に関心が高いため、大魔法士・大魔導士の話題が大好きなのである。
そこに現れたルミエールの拾い子たる謎のルーチェが、魔法書店を田舎町にて開いた、しかも、雑誌の表紙にふさわしい美貌(かわいい系)を持つ少女であるとなれば、表紙買いをする連中も多かったらしい。中にはいかがわしい写真があると勝手に妄想して買ったやつもいたとか。ないわ、そんなもの。TSしたあげく体を売ってたまるか。コスプレはやらされたが。
私という要素を除いても、一部貴族などに独占されない情報源を得たいという人は、やはり想像以上に多かったようだ。明らかに老齢で熟練な魔法使いがポップな雑誌を手に持っている姿は、なんとも言えない。
で、売れたのは非常に喜ばしいことで良かったのだが、次々と問題が発生した。
まず、売り切れた魔法書店から、私宛に問い合わせが多発した。厳密には、この世界には電話がないので、魔法協会を通しての連絡になる。大量の問い合わせを抱えたアファレがかつて見たことなくげっそりとした様子で私の魔法書店にやってきたので、何かと思ったが、そういう事だったらしい。か細い声で『ルーチェちゃん……抱かせて……』と言っていたが、それは却下である。
当然、魔法書店は利益のために、売れるならば売れるだけの冊数が欲しいわけだ。売れているのだから増刷しろというのは、とても真っ当な話である。だが、繰り返しにはなるが、想定外の事態であるので、増刷など全く考えていなかった。なにもかも後手後手である。
当初の計画では一部ずつ確実に売っていき、号を重ねるごとに読者を増やしていくつもりだったというのに。
幸い、早くに状況を察知したできる男エウロが魔法書の印刷所に掛け合い、追加分を作る約束を取り付けていた、と事後報告を受けたので、そのうち問い合わせは解決するだろう。彼には頭が上がらない。
追加分ができたらまた魔法協会に卸し、希望のあった魔法書店に再度配送する、という手はずだ。そこのところは魔法協会の職員たちが苦労する部分なので、私自身の仕事はそう多くない。
ただし、今度は私本来の仕事が大変忙しくなってしまった。魔法雑誌で私の店を知った人々が、店に押し寄せてくることにもなってしまい、手が回らないのである。幸い、イゾラが田舎町であることと、具体的な場所自体は雑誌中で伏せていたので、地理強者かつ雑誌の愛読者しかたどり着けないために、ギリギリ一人で対応できる程度で収まった。マップを載せて交通経路まで書いていたら、どうなっていたか恐ろしいものだ。
さらに、今まで、イゾラの人々は私が魔法書店をやっていると知っていたのだが、実際に足を運ぶほどの理由はなく、私が集落部にやってきたときは歓迎してくれる、程度のものだった。
ところが、王都で魔法雑誌なるものが人気になっている、といううわさが田舎町まで広がることで、間接的にイゾラの人々が私の魔法書店に興味を持つきっかけとなった。全く知らない私のファンから、顔なじみのイゾラの人々まで混在して店にやってくることとなり、もうてんやわんやである。
ついこの間まで、店自体の品揃えなどは一切考えず、客足を作るための魔法雑誌作りに尽力していたが、こうなれば店自体の工夫をやっていかなければ、ここまで頑張った意味がない。
取り急ぎカウンター周りに広がっていたお茶や小物を片付けてちゃんとレジ作業ができるようにし、本棚に売り物となるまともな魔法書がちゃんとあるか、来たお客に何がどこにあるか説明できるよう今一度チェックし直した。
同時に、来たお客をさばかなければならないが、もう無理だった。急遽、ピアンテに泣きついて、店の運営を手伝ってもらったほどだ。
雑誌発売からは、そんな感じで魔法書店の店主としての激動の日々を送ることとなった。イベントとかで急に盛り上がっちゃったお店とかも、こんな心境なんだろうな……いまやもう見ることはないだろうが、かつての日本の従業員たちに感謝したい気分だ。
繁盛の分、売り上げもかつてのほぼゼロとは比べものにならない金額となった。純粋な魔法書への興味で買っていくイゾラの人、お土産に買っていく都会のほうから来た魔法使い、10冊以上大人買いしていく謎のファンなどなど。もちろんただ見に来ただけの人もいるが。
ちゃんとした現在のお店っぽく言うなら、レジ締めや金銭のチェックなど、経理的な仕事をやらなければならないのだが、自動精算機もない中で、一人で営業する個人店、いきなりの大人気に対応できるわけがない。もうレジのお金が合わなくても、絶対に気づくことはないだろう。損したお客には申し訳ないが、おつりの渡しすぎなどで得したお客はそのままもらっといてくれって感じだ。
結局、こんな状況では次の号を作る事もできず、急遽週刊誌としての予定から月刊誌とすることに切り替え、ゆっくりと中身を作れる体制にした。魔法書に関して適当な情報を載せるわけにもいかないし、これだけ人気ならばなおさらおざなりには作れない。読者にはメンゴって感じ。
そんなこんなで店の運営を行い、今日も日が暮れて閉店の時間となった。目の前で扉を閉められ、帰るしかなくなったお客もいたが、こちらにも明日の開店準備と寝る時間が必要なので、許してくれ。
そして、賑やかな昼間とは打って変わって、日の暮れた夜、店内は静けさに包まれている。中にいるのは私とピアンテのみ。
手伝ってくれているピアンテと共に、売り上げ分を記録して補充の発注をするために、即席の伝票を整理していく。再三になるが、こんなに売れるとは思っていないので、伝票だって用意してない。全部手書きメモだ。昭和かよ。昭和より前の文明な異世界だけどさ。
そういえば、ピアンテに給料の話をしていなかった。店を経営する者として、せめて、給料だけはしっかりしなければ。
「ピアンテ、急な無理を聞いてくれて助かった」
「全然なんて事ないですよ。両親の手伝いで、似たようなことはやったことがありますから。こんなに繁盛はしてないですけどね」
「あのご両親がか? そういえば、仕事は何をやっているんだ?」
「農家ですね。イゾラは平坦な土地ばっかで、畑くらいしかないですから」
「モノを売るのは経験済みだったのか。何にせよ、めっちゃ助かったぞ。で、お給料の話なんだが」
「あ、要らないですよ。前から、ルーチェさんにはお世話になってますから」
ピアンテは平然とした顔でそう言う。が、ここは店主のプライドとして、じゃあ大丈夫だねと受け入れるは当然しない。働いてもらったのだから、報酬は出さなければ。健全なお店の運営のために。
「いやいや、そうはいかないだろう。いくらがいい? 今なら言い値で出せるぞ。めっちゃお金あるし」
「じゃあ0で」
「金貨10枚でいいか?」
「ゼロです。なしです」
「金貨は流石に冗談だが、銀貨くらいは出すぞ」
「要らないです」
「要れ」
「要りません!」
「要れよ!」
ピアンテも私も、連日の賑わいに疲れていたが、ある種お祭りみたいなもので、忙しすぎてハイになっている節がある。私もテンションがおかしい自覚があるし、ピアンテは明らかにおかしい。
「……わかった。ならば、今後魔法書が必要になったら、割引ってことでどうだ?」
「別にそれも大丈夫なんですけど……」
「いや、流石にこれ以上は私は譲れないぞ」
「……そこまで言うなら……わかりました、ありがたく受け取ります」
まあ、今急ぐ話でもないかと思い直し、とりあえず魔法書サービスってことで一度決着させた。全然、全冊無料でも良いのだが、それだとまたピアンテがごねそうなので、割引という表現に。ピアンテが油断したときに、しれっと給料を渡す計画を用意しておこう。
さて、そんなやり取りも経て、閉店作業も終わり。迎えに来たピアンテの父に挨拶をして見送り、私は疲れた頭をまた明日に向けて回復させるために、自宅のベッドへと戻ろうとしたとき。
風に運ばれて、一つ、分厚い封筒が飛んできて、私の目の前に落ちた。明らかに、偶然やってくるわけがないサイズである。拾い上げて見た差出人は、案の定エウロだった。
なんだ、もう雑誌の増刷分ができたのか? てっきり、あと一週間はかかるかと思っていたが。
封筒を開いて中身を取り出すと、エウロからの手紙、それから魔法書が一冊。
手紙には、こう書かれていた。
『緊急でお伝えしたいことがあります。明日早朝、いつものカフェでお待ちしております』
魔法雑誌の件か? でも、それならそうと書くような気がする。それ以外のこと? こんな忙しく働いて、店が繁盛している中で留守にしたくはないのだが……むしろあいつがこっちに来いよという話である。
いや、来れないということか? そもそも緊急で伝えるなら、手紙に書いたほうが早いだろって話だ。ならば、中身の内容は手紙に書けない内密な話ということ。増刷が完成したというだけなら、間違いなく手紙に書けるだろうに。
なんか、嫌な予感がする、とても。
手紙とともに入っていた魔法書は風の魔法書で、使うと風が目的地まで運んでくれる代物。馬車で一日の距離ならば、魔法書によって移動時間を15分程度まで短縮できるはずだ。魔法書店の商品では見たことがなく、中身の筆跡からエウロのお手製だと思われる。馬車で移動するのでは時間がもったいないとみて、ご丁寧に移動用の魔法書までつけたというのか。
……仕方ない。繁盛する店を置いて出ていくのは後ろめたいが、休業して、行くしかないか。ピアンテだけを残して店を開くわけにはいかないしな。
とりあえず……疲れたので寝る……緊急とはいえ、約束の時間は明日の早朝だし、この状態で向かったところでまともに話など聞けない。
エウロの手紙で思考を消費した分、もう自宅まで帰るのも面倒だから、即席で椅子に敷いてるクッションとかを組み合わせて、倒れるようにして、と言うかそのまんま文字通り、カウンターそばに倒れ込んで眠りについた。
絶対、明日は体が痛いだろうが、睡眠欲には逆らえないのだ。
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