第5話 重たい本と重たい少女・下

 建物の中は、空の本棚ばかりが並ぶがらんとした無駄に広い空間が広がっている。数日のうちには魔法書で満ちた本棚の並ぶ一端の魔法書店になる……はずなのだが、現状そこに辿り着く前に挫けそうである。


 適当に転がってた机を即席の受付カウンター兼レジにして、先に小物の準備を進めつつ、テッラを椅子に座らせて、話を進めることにした。


「こんな田舎に、大魔法士のテッラ様が何のご用で?」

「さっきも言ったでしょ? ルミエールししょーに会いに来たの.。別に用があるって訳じゃないけど、久々に顔でも見とこうと思ってさ」

「……とりあえず、お茶とか飲むか?」

「お茶嫌い。ジュースがいい。リンゴね」

「今は無理だ。水かお茶で勘弁してくれ」

「え~……まあいいや、水で。あとルミエール様も呼んできてね」


 飲み物を用意するていで話をそらそうかと思っていたのに、そう簡単にはいかないらしい。まあ、話をそらしたところで最終的には変わらないので、時間を稼ぐ程度の効果しかないが。


 ひとまず店の運営に当たって必要な魔法書はカウンター裏の本棚にあらかじめ運んでおいた。とはいっても、ほとんど生活用の魔法ばかり集めた物だ。それこそ今のお茶を入れるための魔法書だったり、布団を召喚するための魔法だったり。


 え、そんなしょうもない魔法ばっか? と思うかもしれないが、これらは隠居するに当たって自作したお手製の魔法書で、意外と高度な魔法を駆使して作っている。


 今述べた二つの魔法はどちらも前まで暮らしていた自宅から登録した物品を召喚することで実現しており、お茶を入れることにいたっては茶葉と川の水の召喚過程に、浄化の魔法と成分化合のため魔法、それから炎属性の魔法を組み合わせてお茶の抽出、お湯の生成を行っている。あとついでにコップの召喚。コップだけ持ち歩くのも面倒だし。


 正直、飲みたいときにお茶を飲むためだけにここまでのコストを払うやつはいないので、私以外この魔法書を作っている人間は見たことない。お茶の魔法書を作るくらいなら、キャンプ用品みたいに持ち歩くほうがはるかに簡単だ。でもやってみたいじゃんということでやっています。


 本気を出せば魔法書無しでもできるが、今の体は魔力ゼロモードなので、ちくいち魔法書の魔力を使用しなければならない。不便だ……が、女の子のかわいさはプライスレスだろうからしょうがない。


 ちなみにこれら魔法書に込められた魔力は当然使えば消費するわけだが、消費したらリチャージしなければいけないわけで、私のお手製魔法書は数回で使い切りの魔法書とは異なり、自動でリチャージするシステムを取り入れている。細かいことは説明が多すぎるのでいったん割愛。私の固有魔法に関わるため。


「すご、とんでもない魔法書だね。それもルミエール様の?」

「いや、わ……そうだ、ルミエール様のだな。便利だろう?」

「なんで君が得意げなのさ」


 さて、魔法書を活用し、水とアツアツのお茶を手に入れ、テッラに水渡し、喉が渇いていたようで速攻でごくごく水を吸い込むテッラを眺めつつ、どうしたものかと考えていた。


 想像よりはるかに早く、こちらの正体がばれそうな人間に出くわすことになってしまった。魔法書店をやっているうちに、いつかは出くわすと覚悟はしていたが、まさか開店前でもうアウトとは予想だにしない。


 未だに上手い言い訳が思いつかない。隠居って言ったら隠居先を教えろと言われて詰みだし、失踪した……とまで言ってしまうと、かえって大事になってしまいそうだ。曲がりなりにも大魔法士、何かあれば誇張抜きで国が動いてしまう。それとなくいい感じのラインを見つけなければ……。


 それ以前に、テッラに私がルミエールだとバレないかがまず心配だ。彼女は魔力探知も人並み以上だし、魔力量や魔力の流れを察知して、個人を特定しかねない。特に、テッラに魔法を教えていた時期もある以上、過去に彼女の前で魔法を使ったのは一度や二度じゃない。


 こうなれば、いっそのこと白状をするしかないのか……。私のスローライフなぞはかない物だな……。


「ルミエール様の顔を見に来たと言っていたな。別に、見てもたいして面白い顔じゃないと思うぞ」


 一度、別に会わなくていいんじゃない? と言う意味合いで、牽制しておいた。言葉だけを取ってみれば大魔法士に何様だという話だが、本人なのでどうしてもこういう言い方になってしまった。


 するとテッラは空になったコップをばんと机に置いて、興奮気味に立ち上がった。


「そんなわけないじゃん! あのキュートなおひげに、世界を飲み込みそうな目つき、片手に持った最強の『インデックス』! どこを見ても見飽きない要素しかないでしょ!」

「そ、そうなのか……」

「そもそも独自言語の魔法使いなんてししょー以外見たことない! なのに謙虚でおごらないし、間違いなく歴史に名を残す大魔法士だし!」


 ……ますます、目の前で魔力ゼロかつ女の子になってますとは言えなくなってしまった。


「ねぇ、君さ」

「えっ、な、私は違うと思うんだ」

「違くなくて君の話。なんで君魔力ないの?」

「えっと……それは体質的な物で……」


 当然元々あった体質ではなく、魔法書の暴発によって意図せず獲得してしまった体質であり、TSと関係はあるのだろうが、未だ直す方法は不明である。詳しい人間を探せば分かるのかもしれないが、そこはサボっている。現状、元に戻らなくてもまあいいかと思えているし。


「ふうん……体質ね。相当珍しい気がするな。ルミエールししょーが君を拾ったのも、それが理由?」

「さ、さあ、どうだろうな……」


 ぼやかしたが、そういうことにしてしまった方が他の人から分かりやすくていいかもしれない。いや、待てよ! たった今完璧な言い訳を思いついた!


「そうだ! ルミエール様についてだったな! 私を拾った理由はともかく、ルミエール様が不在の理由は、実は私に関係があるのだ!」

「へぇ、君に?」

「今、ルミエール様は私の魔力ゼロ体質の調査をしているために、しばし人前から姿を消しているというわけだ!」


 よし、これで一切嘘はついてない! 私が魔法書の誤爆で魔力ゼロ+TSした理由は実際調査中だし。これを聞いた人間が勝手に、ルミエール=私でないと錯覚しただけだ。無理やりではあるが、この際何でもいいだろう。ほとんど自分に言い聞かせているだけなのだから。


 かつての教え子を騙すような行いで気が引けるが、正体をばらすのはもっと気が引ける。が、遠方に出ていると言うならしょうがないだろうし、本当にどうしてものときは……いや、本当にどうしてものときのために、元に戻る方法は見つけておかなければならないか……。


 ただ老後の魔法書店を経営したかっただけなのに、短い間に問題が山積みになってしまったな。まあ、この程度のささいなことに悩めるだけマシか。国家レベルの問題に巻き込まれるよりか、はるかに良い。


 さて、この言い訳にはさすがのテッラも何も言えないだろう。堂々と宣言した後、テッラの様子をうかがった。


「──やだ!」

「え?」

「やだ! なんとかして! 絶対追っかけるから!」

「む、無理な物は無理だ。私もどこにいるのかは知らない!」


 と、私の両肩をつかんで、だだをこね出した。前へ後ろへ揺すってくるので、ぐわんぐわん視界が揺れる揺れる、ちょっと酔いそうだ。老体だったら首の骨が折れて絶命しちゃうかも~。


 それより、この子、こんな子どもっぽかったっけ? 私が過去に見る限り、もっとクール系だった気がしたのだが……。


 私を揺すったところで答えが返ってこないと理解したテッラは、あきらめて椅子に座り直した。落ち着かない様子だったが、独り言を呟いて、感情を落ち着けたようだ。


「やっぱり位置特定用にちっちゃいゴーレムにストーカーさせようかな」


 え、こわ。今後見つけたら破壊しよ。


 まあさすがにそれは冗談だと思うが、なぜそこまで私にこだわっているのかは気になる。幸い今の私はルーチェだ、直接理由を聞いても差し支えはない。


「テッラはわた──」

「わた?」

「こほん……ルミエール様にこだわっているようだが、なぜだ? かつて魔法を教わったとはいえ、あくまで他人なのだから……」


 私とて、かつての学生時代の恩師に、社会人になってから会ったことはない。というか、卒業してから会いに行ったこともない。何かのイベントで一度や二度会ったかもしれないが、それも能動的じゃない。


 よほどテッラにとっては私(ルミエール)の存在が大きいようだが、ここまでしてテッラに追いかけられる覚えはないのだ。


 なお、隠居時代は他の同僚、仲間、その他関係のある人、誰にも居場所を告げていなかったので、テッラといえど見つけるのは困難だったはずで、実際誰一人として私の自宅にはやってこなかった。今回、魔法書店を開くに当たって、たまたまテッラのゴーレムに相まみえることとなったため、風のうわさでルミエールが魔法書店を開くと知ったのだろう。


 普通の情報網なら引っかからないだろうが、ストーカーゴーレムとか考えてる人間の情報網は侮れない。


 するとテッラは、空のコップの底を眺め、曲面を指でなぞりつつ話しだす。


「僕は早期入学だからさ。あんまり周りの人に良く思われてないんだ。天才ともてはやされてる年下に、いい気分を抱く人は少ないし、その上僕はいつもゴーレムと一緒にいたから、怖がられてたしね。誰も彼も距離を取りたがるのさ。同級生だけじゃなくて、先生までもね。友達なんてもちろんいないし。


 普段はため口で授業してるし、他の生徒にもため口のくせに、僕に話すときだけ妙に丁寧な敬語で話したがるんだ。それは僕を敬ってるからじゃなくて、必要以上に近づいてほしくないだけなのさ。僕をいい意味でふつーに扱ってくれていたのは、ルミエールししょーくらいなんだよ」


「ちょっと言い方が悪く聞こえるかもしれないが……それだけで?」

「君に僕の家庭事情まで話す気はないけど、それだけをしてくれる人に会えるまでが長かったのさ」


 ふむ……テッラにあれこれと魔法を教えていたときは全く気づかなかったが、やたらと私の元にやってきていたのは、それが理由か……人間関係って難しいよな。


 うんうんとうなずいていたら、テッラは私の目をまっすぐ見た。あれ、ちゃんと目が合ったのは、TS後初めてかもしれない。前は身長差も立場の差もあったゆえ、ほとんど同じ目線で話すのはほとんど初めてか。


「ところでさ、敬語、使わないんだね、私に」

「ん? そうだが……」


 ……しまった! ついルミエール時代のクセで偉そうにいつものように喋っていたが、今の体で大体同年代とはいえ、相手は大魔法士。対してこちらはルミエールの拾い子とはいえ、ただの一般人。一般的な感覚からすれば、テッラの立場ははるか上であり、敬語を使わないなどあり得ない。


 いやしかし、ここまで来てしまったのならばもう押し通すしかない!


「いやいや、ほら、同じぐらいの年頃だろう? ため口で喋る方が自然だろう! な! 友達というものだ!」


 勢い任せで今度は逆に私がテッラの肩をつかんで揺すった。


 テッラは目を見開いて、私をじっと見る。驚いた様子で、顔がこわばっている。


 え、この反応はこれで怖い! 舐めてんじゃねぇ! って殺されるか? いやいやそこまではさすがに……。魔力ゼロでとっさの自己防衛もできない、そんな状態でゴーレムとかけしかけられたら普通に死ぬ!


 ドギマギしていたら、テッラは顔を緩めて、笑顔になった。表情がころころかわって不気味だ。


「あはは、いいね、僕を友達って言うのか。面白いよ君。魔力ゼロってだけじゃないんだね、君の個性的なところは」

「そ、そうか……気に入ったのならなにより……」

「あと、僕に物怖じしない態度も気に入った。これからは友達としてよろしく」


 ポンポンと、私の肩を叩くテッラ。どうやら、仲間認定が降りたようだ。かつては先生と生徒だったのに、今や対等な友達か……なかなか、TSというのは恐ろしいな。


「暇なときは、ここの手伝いをしてあげるよ。ルミエールししょーがやるんだし、教え子の僕が手伝うのも当然だし。とりあえず、重い物が運べなくて開店すらできないルーチェを放っておくのは……できないし?」

「え、本当にか! 普通に助かるのだが!」


 思わぬところで助っ人が現れた! それは本当に助かる!


 実のところ、重い物が運べないのは本当に予想外で困っていたのだ。身体強化の魔法などは初級魔法ゆえに呼吸で使えるもので、魔法書を用意していなかった。魔力ゼロの今では魔法書なしでは使えないために、どこかから手に入れねば……と考えていたのが、全てなんとかなる!


「まあ、君は友達だからね。友達料金で無料サービスしてあげるよ。特別に。本当は、僕のゴーレムの利用料は高いんだよ?」

「へぇ、そうなのか。仮に私がレンタルしたらいくらなんだ?」

「一時間金貨十枚」

「……冗談だろ?」

「ただの一般人に貸すとしたらこの値段かな」


 この世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨で、日本円との変換は異世界生活での体感で、金貨一枚百万円、銀貨一枚一万円、銅貨一枚百円である。三種類しかない上に、桁が飛びすぎと思うだろう。私もそう思う。


 が、その辺は臨機応変に対応らしく、足りない分、超過した分はおまけやちょっとしたサービスを付加して調整、といった具合でやり取りされている。


 金貨十枚は日本円の感覚で一千万、たった一時間にこれを出せる人間は、もはや一般人ではなく逸般人である。実際、テッラのゴーレムにはそれほどの価値があるだろうが、にしても。


「あ、友達じゃなくなったら、ちゃんと請求するからよろしくね?」

「肝に銘じておこう……」


 それは友達と言う関係性なのか……首を捻らざる終えないな。

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