サミュエルお坊ちゃま


 わたし、メイドのアビーのご主人さまは双子の兄弟でございます。


 サミュエルお坊ちゃま、愛称はサミーさま。

 日の出前の夜空のような青い髪をしており、物腰が柔らかい策略家。冷静沈着で丁寧な教え上手なのでダニエルお坊ちゃまと同じく多くの人に慕われています。

 そしてサミュエルお坊ちゃまはいつも笑っておりますが、何を考えているかなかなか分かりません。


「アビー、おれ達の出会いについてどう思いますか?」


「どう、でございますか?」


 わたしが繰り返すとサミュエルお坊ちゃまは微笑みます。


「……わたしはもう少しで命を落としそうだったところを偶然お坊ちゃま方に助けられました。神に感謝しておりま──むぐっ」


 指を組んで天の神へと祈る様に言う私の口にサミュエルお坊ちゃまは節くれだった白い人差し指をあててきます。


「アビー、おれ達の出会いを“偶然”だなんてチープな言葉で片付けないで下さい。おれ達の出会いは“必然”なのです」


 サミュエルお坊ちゃまはわたしの唇の輪郭をなぞるように指を動かします。そんなサミュエルお坊ちゃまの表情はどこか寂しげに見えました。


「必然というのは、神様が定めた運命ということでしょうか?」


 もごもごとわたしが発するとサミュエルお坊ちゃまはゆっくりと首を左右に振られます。


「いいえ、それは違います。おれ達は出会うべくして出会った、必ず出会うというおれ達の運命だったのです。……そこにの意志などありません。神なんていないのですからね」


 クソ野郎、そんな下品な言葉がサミュエルお坊ちゃまの口から飛び出してくるとは思わず驚きのあまり固まってしまいます。


「おっと、これは失礼しました。淑女レディの前で汚い言葉を使ってしまいました、どうか忘れて下さい」


 そうは言われてもこの衝撃はなかなか忘れられません。それにサミュエルお坊ちゃまはご両親やダニエルお坊ちゃまと同じく熱心は宗教家であったはずです。

 わたしが返事をしないでいると、サミュエルお坊ちゃまは更に不可思議なことを言ってきます。


「それはそうと、この赤く柔らかい果実に口をつけることを許してほしいのですが……駄目、ですかね?」


 サミュエルお坊ちゃまはわたしの唇をぷにぷにと押してきますが……はて? 赤く柔らかい果実とは一体何のことでしょうか?

 困り顔の私を見て、サミュエルお坊ちゃまはくすりと笑って指を離されました。



 わたし、メイドのアビーのご主人さまは双子の兄弟でございます。

 本当にサミュエルお坊ちゃまは不思議な方です。ですがきっと赤くて柔らかい果実とはさくらんぼのことですね。明日のおやつはチェリーパイを焼くことにいたしましょう。

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