第9話 逃げたふたり

 突然後ろから口をふさがれ殺されるのかと思いきや、「静かに。俺だ、落ち着け」と聞き慣れた低い声がして、閉じていたまぶたを開けた。


「逃げるぞ。走れるか?」


 追い出したはずの黒也くろやが、兎白とはくの危機に姿を現したのである。


 二人は手を強く握って、土砂降りの雨の中を走って走って、普段なら固く閉ざされているはずの門が、この時はさいわいな事に開いていたので、兎白は初めて、壁の外に出たのだ。


 逃げている途中スリッパが脱げ、兎白の足は傷だらけ。それに気づいた黒也が兎白を背中に乗せ、遠く、なるべく屋敷から離れようと走った。


 そして、太陽が昇り辺りが明るくなった頃、二人が辿たどり着いたのは、どこかの細い路地裏。


 「こんな形で、外に行きたかったわけじゃないのに……」


 黒也くろやの背中で、兎白とはくつぶやいた。


 兎白は家族と居場所をくした。残ったのは、友人である黒也だけ。


 黒也の背中から降りると、路地から大きな道路に向かって歩き出し、行き交う人たちを見つめた。


 人々は、兎白をチラチラ見ている。


「ねぇ、みんな、見てる。手が、赤いから?」


 痛みに染まった手を黒也に見せ尋ねると、黒也は悲しそうな目をした。


「それもあるだろうが、兎白おまえが俺と話しているからだよ」


 兎白には、黒也の言っている意味が理解出来なかった。


「俺は、居ないんだ。最初から」


 黒也の口から聞かされた残酷な事実と、家族を失った悲しみが、兎白とはくを壊していく。

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