第6話 藍偉雷(あいらい)



 あきらめることをおぼえたのは、いつの頃からだろう?


 子供のころはあきらめることなんか知らなかった。

 ねがえばかなうことばかりだったように思う。


 みんなボクたちを可愛かわいがってくれたし愛してくれた。

 唯一ゆいいつ、父さまと母さまが忙しくて、

 あまりかまってもらえなかったことぐらいか。


 でもボクには双子の片翼、朱偉雷しゅいらいが隣にいたから

 さみしくはなかった。

 しゅうちゃんはよくボクを訓練場に連れ出してくれた。

 剣術も教えてくれたし戦術をおぼえるのも楽しかった。


 訓練場に行けばそこに青玉せいぎょくが居た。

 背は二メートル近く、体格たいかくのがっしりとした、

 少し強面こわもてだけど、でも話し方はとても優しい男だった。


 青玉せいぎょくはよくボクに肩車をしてくれた。

 高い所から見る景色はとてもキレイで、世界を見ているような気分だった。

 ボクにとってとても大切な居場所だった。



 だけど、青玉せいぎょくが結婚すると聞いたとき、

 ボクの中で何かがくずれた。

 その何かは分からなかった。

 その時の自分の心が分からなくなっていた。

 どうしていいのか分からなかった。


 そして、青玉せいぎょくの死。

 それを知ったとき、ボクの心が壊れかけた。

 今まで分からなかった何かがかった。


 ボクは青玉せいぎょくを愛している。


 くして初めて知ったボクの心だった。





 今、ボクの隣に青玉せいぎょくが居る。

 しゅうちゃんが転生てんせいさせた。


 ちぎりを青玉せいぎょくは受け入れてくれた。

 今の僕にはそれだけで十分だ。


 もともと、青玉せいぎょくしゅうちゃんのたてになるために転生てんせいを望んだ。

 それを、ボクが欲しいとしゅうちゃんに頼んだ。


 しゅうちゃんは青玉せいぎょくの意思でボクを選んだのならかまわないと言ったけど、

 青玉せいぎょくの性格から考えたら、あるじの言うことには絶対服従するだろう。

 しゅうちゃんの手前、ボクを選んでくれた訳ではないと思う。

 それは少し悲しいけど、ちぎりをかわわしてくれただけ良しとしておかないと、

 きっとばちが当たってしまう。


 こうして近くで青玉せいぎょくを見ることが出来る。

 青玉せいぎょくと話が出来る。一緒に歩いて行ける。


 こんな幸せ、今までになかった。

 この幸せを手放したくない。





 青玉せいぎょくは考えていた。

 藍偉雷あいらいさまは自分をちぎりの相手に

 選んでくださった。


 前世ぜんせ、私は藍偉雷あいらいさまに心惹こころひかれていたのは確かだ。

 しかし、藍偉雷あいらいさまがまだ幼かった頃、よくお相手はしたが、

 ちぎりをわすほど私は藍偉雷あいらいさまに何かして差し上げたのだろうか?


 藍偉雷あいらいさまが腕にしているかんについている青い石は昔、

 私がさと土産みやげとして藍偉雷あいらいさまに差し上げたものだ。

 宝石ではあるが決して高価ではない石を大切に身につけてくださっているのか。



 そう言えば、いつから藍偉雷あいらいさまと話をするようになったのか?

 あの時、城に出入りしてる職人が自分の子供を肩車して遊んでいたのを、

 藍偉雷あいらいさまがじっと見ているのを見つけた時だ。


 そのさみしそうな瞳を見たときに、昔の自分を思い出していた。

 親が忙しくて下の弟妹きょうだい面倒めんどうを見ていて親に甘えた記憶がなかった、

 あの頃の自分と重ねたのだ。


 思わず藍偉雷あいらいさまに声をかけていた。

 そして肩車をして差し上げたのだ。



 その時から藍偉雷あいらいさまはよく私のところまで来てくださるようになった。

 私も嬉しくて剣術や戦術を教えて差し上げたのだ。

 だが、いつからか藍偉雷あいらいさまは来られなくなった。

 そして、天昇てんしょう様のめいで前線には出ることなく後方支援へ回られた。


 私は藍偉雷あいらいさまのそばに居てもいいのだろうか?

 私は藍偉雷あいらいさまに何をして差し上げられるのだろう?





 青玉せいぎょく藍偉雷あいらい側仕そばづかえとして優秀だった。

 藍偉雷あいらいは後方支援として地方との交渉や各部署との調整、

 戦略のアドバイスなど多岐たきにわたって役割をこなしていた。

 青玉せいぎょくの知識と経験は藍偉雷あいらいにとっておおいに役立った。


 そして青玉せいぎょく前世ぜんせ柊雷しゅうらいにしたように藍偉雷あいらいに対して徹底てっていしてたてとなり、

 忠臣ちゅうしんとしての立場をつらいた。


 決して必要以上に藍偉雷あいらいのプライベートに踏み込むことはせず、

 いつも半歩はんぽ後ろにつかえていた。


 藍偉雷あいらいが仕事をしていれば終わるまで待ち続け、

 藍偉雷あいらが休むまで決して休むことはせず、

 常に藍偉雷あいらいを優先して行動してくれた。


 藍偉雷あいらいにとって有り難いことだった。



 しかし、藍偉雷あいらいさみしかった。

 もっと仕事以外のことも話がしたい。

 一緒に食事がしたい、どこかに出掛でかけたい。

 他愛たあいもないことだが藍偉雷あいらいにとっては手が届かないものばかりだった。



 どうしたらもっと青玉せいぎょくに近づけるのだろうか?

 藍偉雷あいらいは悩んで落ち込む日が増えた。





「ねえ、朱偉しゅい

 どうしたら青玉せいぎょくとこんな風に近づけるんだろ?」


 藍偉雷あいらい朱偉雷しゅいらいを抱きしめながら聞いた。


 藍偉雷あいらいの左腕には父親が手作りしてくれたかんが揺れている。

 金地きんぢに竜の掘り込みがしてあり青い石がまれている。

 石は昔、青玉せいぎょく土産みやげ藍偉雷あいらいに渡したものだ。


 父曰ちちいわく、その石はサファイアで、他の国では「青玉せいぎょく」とも言うと教えられ、

 以来、藍偉雷あいらいの宝物になった。


藍偉あい、そんなこと私に聞かないでよ。

 答えられるなら私だって藍偉あいに抱きついていない」


 朱偉雷しゅいらいがフッとため息をつく。


 生まれながらの半身、片翼の双子がベッドの中で抱き合って

 問答もんどうをしているのである。


 竜はことあるごとに体を寄せ合い、お互いを感じている。

 触れ合うことで共鳴きょうめいもするし、情報交換もしている。


 まして、双子だからお互いのことはよく理解りかいしている。

 喜びも悲しみも二人で一つだ。どちらか片方がけては生きてはいけない。

 その二人が思うようにいかない恋について話しているのである。


青玉せいぎょくの性格だと、ボクが言えば何でもしてくれると思うけど、

 それじゃ、青玉せいぎょくの意思は無いし、関係は変わらないし …」


 藍偉雷あいらいはブツブツとつぶやくく。


「いっそのこと、命令すれば?ボクをけって」


 朱偉雷しゅいらいが答える。


「ボクが欲しいのは青玉せいぎょくの心だよ。

 そんなこと朱偉しゅいだってかってるくせに…」


 藍偉雷あいらいはプーとむくれる。


「そうなんだけど…まだ、藍偉あいは目の前に青玉せいぎょくがいるからいいいじゃない。

 私なんて…」


 朱偉雷しゅいらいさみしそうにつぶやく。


朱偉しゅい、ごめんね。大好きだよ、朱偉しゅい


 藍偉雷あいらい朱偉雷しゅいらいを優しく抱きしめた。


 朱偉雷しゅいらいつらい恋をしていた。


 昔、朱偉雷しゅいらいの心が壊れかけたことがあった。

 その時、藍偉雷あいらいは気が狂いそうだった。


 朱偉雷しゅいらいのあまりの悲しみや絶望感がそのまま

 藍偉雷あいらいの中に流れ込んできた。

 藍偉雷あいらいは苦しくて悲しくて、どうすることも出来なかった。

 ただ、ただ、朱偉雷しゅいらいそばに居ることしか出来なかった。



藍偉あい。応援するから、あきらめないで。

 今度は絶対、あきらめちゃだめ」


 朱偉雷しゅいらい藍偉雷あいらいを抱き返す。



 朱偉雷しゅいらいもまた藍偉雷あいらいつらい恋を知っていた。

 青玉せいぎょくうしなった時の藍偉雷あいらいの心が痛すぎて、

 朱偉雷しゅいらい正気しょうきたもてなくなるほどだった。


 またあの時のように藍偉雷あいらいがなるなら、

 今度こそ自分の心も壊れるのではないかと思っていた。



 自分のおもびとはもう手が届かない。

 しかし、藍偉雷あいらいつかまえることが出来る。

 朱偉雷しゅいらいは心から藍偉雷あいらいの気持ちが青玉せいぎょくに伝わることを願った。




 青玉せいぎょくは多忙ながら、日々、藍偉雷あいらいかたわらに居て、

 藍偉雷あいらいを助けることが出来ていることに満足していた。


 満足はしていたが、何かが足りない気がしていた。


 藍偉雷あいらいは普通に接してくれていたが、ほんの少し壁があるような、

 自分との間に見えない線が引かれているような感覚があった。


 恐らく気のせいではない。だが、その理由も思い当たらなかった。

 生真面目きまじめ青玉せいぎょくは一人悩み続けた。




 そしてある夜、青玉せいぎょくは同じ悩みをかかえる黄玉おうぎょくと共に美怜みれいを呼び出した。


美怜みれい、つかぬことを聞くが、その、柊雷しゅうらい様とはどこまで…

 その…夜は、どうなんだ?」


 青玉せいぎょくがおもむろに尋ねてきた。


「な、何、言っている?」


 美怜みれいが二人を見て硬直する。


 すると、いきなり柊雷しゅうらいが話に割って入ってきた。


「本当にどうしたんだ?」


 その言葉に三人ともが驚いた。


柊雷しゅうらい様!どうしてここに⁉」


 黄玉こうぎょくが慌てる。


「お前ら、俺が耳がいこと忘れているだろ?

 美怜みれい、呼び出したから後ついてきた」


 柊雷しゅうらいは当然のように答えた。


「申し訳ございません。

 その、夜の生活についてお聞きしたくて…」


 青玉せいぎょくが大きな体を小さくして答える。


藍偉あい瑠偉るいか…」


 柊雷しゅうらい合点がてんがいったようにうなった。


「お二人とも以前とお変わりなく私たちに接してくださいます。

 仕事も日常生活でも。

 ですが何というか、少し距離をおかれているような…

 どう対応していいのか分からないのです。

 ちぎりはかわわさせていただきました。

 このいのちあるじのものなのです。ですが…」


 青玉せいぎょくよどむ。


「ふ~ん、確かに俺たちは主従関係だ。

 ちぎりもあるからな。

 命令すれば、お前たちは素直すなおに従うだろう。

 実際、俺は美怜みれいに命令したよ。俺のものになれ、とな」


 柊雷しゅうらい美怜みれいに手を伸ばし、その髪に指をからめた。

 美怜みれいは少し頬を赤らめうつむいてしまった。


「だが、体も心も丸ごと俺のものになれと命令した。

 あの子たちが本当に欲しいのは心だよ。

 体だけじゃなく心もつながりたいと願っている。


 だが、実際、命令しても決めるのはお前たちだ。

 嫌なら従わなければいい。

 あの子たちはお前たちを尊重して手は出してこないだろう。


 特に、黄玉おうぎょく瑠偉るいはお前のすべてを知っているよ?」


 柊雷しゅうらい黄玉おうぎょくに目をやった。


「えっ⁉すべてって、わたしの過去をですか?そんな…」


 黄玉おうぎょくは口ごもる。


瑠偉るいが生まれて、初めてお前が見に来た時だ。

 瑠偉るいはお前の何を見たかは知らんが、

 あの時から、ずっとお前を見ているよ」


 柊雷しゅうらいが優しく微笑ほほえんだ。




 柊雷しゅうらい美怜みれいと別れた後、

 青玉せいぎょく黄玉おうぎょくはしばらく黙ったままだった。


「確かに藍偉雷あいらいに命令されたことは従う。

 もちろん、自分の意思で従う。

 だが私はどう、そのことを藍偉雷あいらいさまに伝えられるだろう?

 藍偉雷あいらいさまを大切におもっていることをお伝えできるのだろう?」


 青玉せいぎょくが口を開いた。


「そうだね、青玉せいぎょく

 私の心は瑠偉雷るいらいさまのものだと思っている。

 でも、私たちから何を伝えればいいのだろう?

 私たちから願いを伝えてもいいのだろうか?

 気持ちを伝えることは難しいね」


 黄玉おうぎょくが答える。


 二人ともそのまま黙り込んでしまった。





 そして、とうとう、ある夜、青玉せいぎょくは行動を起こした。


藍偉雷あいらいさま。

 どうか私に命令していただけませんか?

 私をご自身のものにすると。

 どうか藍偉雷あいらいさまの口から私にめいじていただけないでしょうか?」


 青玉せいぎょく藍偉雷あいらいの前にかしずき訴えた。


「何それ⁉青玉せいぎょく、お前、ボクが言えば何でも言うこと聞くってこと⁉

 そこにお前の意思はあるの⁉

 お前の心はあるの⁉


 ボクは、ボクが欲しいのはお前そのものだ‼」



 藍偉雷あいらいさけぶように言った。



「私の心はすでに藍偉雷あいらいさまのものです。

 この体も心もすべて藍偉雷あいらいさまに捧げています。

 ただ、私が意気地いくじなしで、怖くて言葉にできないのです。


 あなたにこばまれたら私は生きていけない」



 青玉せいぎょくの声はかすれ、ゆかにうなだれてしまった。



青玉せいぎょく。お前、こんなにデカい図体ずうたいのくせに根性こんじょうなし!

 ボクはお前がずっと好きだよ!

 お前のすべてが欲しいよ!

 そしてボクのすべてをお前のものにしてよ!


 だから、言って。

 お前の口から、お前の言葉で、ボクが欲しいって。


 ボクはもうお前をあきらめたくない‼」



 藍偉雷あいらい青玉せいぎょくに抱きつき、声をしぼった。



「ああ、藍偉雷あいらいさま。申し訳ございません。

 私はズルいことをしました。

 藍偉雷あいらいさまを愛しています。

 このいのちはあなたのためにあります。


 どうかこの青玉せいぎょくと共に生きていただけないでしょうか?

 あなたのすべてをこの青玉せいぎょくゆだねていただけないでしょうか?

 私は全身全霊ぜんしんぜんれいをかけてあなたのたてとなり、あなたをお守りします。


 そして、このせいきるとき、あなたにべられとうございます。

 そして、あなたの中に私の魂を住まわせてください」



 青玉せいぎょく藍偉雷あいらいを抱きしめながら言葉をつむいだ。



青玉せいぎょく青玉せいぎょく


 お前はボクのものだ!


 ボクはお前のものだ!」



 藍偉雷あいらいの瞳から涙があふれた。




 あきらめていた宝石がやっと手に入った。

 もう二度とあきらめたりしない。



 この宝石は一生ボクだけのものだ。



 藍偉雷あいらいは心に誓った。




fin

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