探し物とガトーショコラ
翌日の朝
朝の風が寒さと心地良さを与えてくれる。スマホの時刻を確認すると待ち合わせ時間より10分ほど遅れていた。
「わりぃ遅れた〜」
ボサボサの頭をかきながら慧が走って向かってくる。
「遅いよ慧〜」
「チビ達の準備手伝ってたら時間すぎててよ〜家出るの遅れちまった」
慧が遅れてくることは良くあるのだが、今日はいつもよりも長く待たされてしまった。
合流した僕と慧はいつもの通学路を通って学校へ歩き始める。
「そいゃあ言ノ葉にはお菓子作らなかったんだろ?」
「いや結局作ることになったんだよね」
「結斗が?珍しいな。なんかあったのか」
確かに昨日先んじて作らないと宣言していたと言うこともあり、慧が不思議がるのも無理はない。
「実は勉強教えてもらうことになって、そのかわりにお菓子作ることになったんだよ」
「なるほどな〜」
慧は納得したのか合図値を打っている。
「慧の方こそなんで昨日先帰っちゃったの?あの後結構気まずかったんだよ」
昨日の一件があり慧への不信感を隠しきれずにいる。
僕は事の真相を確かめたいという好奇心と真実を知ってしまう恐怖心の板挟みの感覚を覚える。
「いや〜忙しくてな」
慧は明後日の方向を見ながらそう答える。
慧は答える気がないらしい。言ノ葉さんが言っていた約束とは慧にも適応されているのだろうか。言ノ葉さんの言葉が頭をよぎる。
「そっか、なら仕方ないね。でもそういいつつ包島さんとどこか行ってたんじゃないの?」
僕は冗談交じりに慧をいじると
「えっ、なんで結斗がそれ知ってるんだよ?!」
慧は驚いたのか歩いていた足が止まる。
「いやからかっただけなんだけど」
思っていた反応とは違い僕も戸惑ってしまう。
「ホントかよ、結斗超能力者だったりしねーよな?」
「いやいや、ただ単に慧と包島さんの仲をいじりたかっただけだよ。超能力あったら今頃登校してないだろうし」
「それもそうか、まあ話そうと思ってたからちょうどいいや」
慧が神妙な面持ちで話題を切り出した。
「昨日冥から会えないかって連絡来て会いに行ったんだよ、そしたらいきなり浮気してたごめんって謝られた」
「えっ、そうなの?」
僕は驚きのあまり目が開いてしまう。
昨日、包島さんが話終わったあと、妙に明るかったのは僕に話したことで踏ん切りが着いたという事だったのかと合点がいった。
「ああ、でも俺別れる気ないし、逆に冥から言って貰えたからさ、何となくあいつの誠意が見えたような気がして責める気になれなかったんだよな、だから許した」
「それに俺も.....」
慧の言いかけた言葉は風に消え、どこかへと流れていく。
「最後なんて言ったの?」
僕は最後の言葉が聞き取れず聞き返してしまう。
「いやなんでもない」
慧は声は元気なものの、切なさを帯びている表情をしていた。
「そっか、許したんだ。でも包島さんはなんでカミングアウトしたんだろ、正直黙ってることもできたのに」
昨日の話を聞く限りは包島さんは慧に黙っていることも出来たはずだ。やはり彼女自身、後ろめたい自覚があり、そのプレッシャーに耐えられなかったのだろうか。
「いやわかんね〜な〜。冥ごめんしか言ってなかったし」
「ごめん.....か」
僕は下向くと昨日の包島さんの顔を思い出す。
「結斗は何か聞いてたりするか?」
慧は僕の顔を覗き込んでくる。
「いや、僕は実行委員でしか会ったことないから聞くも何もないけど、ごめんって何回も言うからには相当反省してるんじゃないかなって」
「俺はさ、結斗から話聞いたってのもあって冥にその話聞こうか迷ってたんだよ。そしたらまさか冥の方から言ってきたから複雑な気持ちになったんだよな」
確かに慧の言うとおり、昨日関係を匂わせることを友達から言われた矢先に、彼女からのカミングアウトは相当なインパクトがあったのだと思う。
「冥さんはそれ以外になにか言ってなかったの?」
包島さんがどこまで話したのかはわからないが、僕のことを話しているのではと思い、少し探りを入れてしまった。
「詳しいことは冥の為もあって言えねーけど、魔が差したって言ってた」
「それだけ?」
僕は慧の顔をまじまじと見つめる。
「結斗危ない」
慧の大きな声が聞こえた時には左肩を強く引っ張られていた。
急に引っ張られた僕はバランスを崩し慧にもたれ掛かかってしまう。
「赤信号だぞ」
どうやら赤信号を渡ろうとしていたらしい。
慧は先程の優しい口調ではなく、厳しめの口調に変わっている。
「ごめん、見てなかった」
「気をつけろよ」
僕は詮索することに気を取られ、周りへの注意を怠っており、本気で怒っている慧を見たのは久しぶりな気がする。
信号が青になり二人で横断歩道を渡るとタイミングを見計らっていたのか慧が話を戻した。
「まあ俺の中での昨日のモヤモヤが晴れたってことだからよ、結斗もなんか色々心配かけてごめんな」
「僕は何もしてないし、ただ見たことをありのまま伝えただけだから全然だけど、逆に慧は大丈夫なの?」
「さっきも言ったろ許したって。まあ気にしてないって言ったら嘘になるけどよ、でもある程度は解決できたからいいの」
「慧がそういうならいいけど.....」
「はい、湿っぽい話はこれで終わり、楽しい話しよーぜ」
慧は、パチンと手を叩くと急に話題を切りかえた。
そうこうしているうちに高校の校舎が見えてくる。
「ごめん慧、先行ってて」
僕は声を大きく張り棚を挟んで向こう側にいる慧に伝える。
「なんか用でもあるのか?」
「昨日、美術室に筆箱忘れちゃってさ、それ取りに行ってから教室向かう」
昨日は色々なことがあったので筆箱を忘れたと気づいたのは家に帰ってからだった。
朝に取りに行きたいと慧に先に伝えていればもう少し時間に余裕をもてはずだが、伝えなかったのは自分の落ち度である。
「わかった先行ってるわ」
慧はそういうと僕とは逆の方向に足を進めた。
美術室のある旧校舎へと向かうと相変わらず通路は古びており手入れされていない感があふれている。
僕は三階にある美術室へ向かうため階段を登っているとこちらへ走ってくる足音が聞こえてくる。
次第に足音は近くなり階段の踊り場を曲がると勢い良く階段を男子生徒が降りてきた。
「うわっ」
僕は反射的に身をかわし彼を避けたのだがバランスを崩し尻もちを着いてしまう。
「うっ、危な」
男子生徒止まれなかったのかバランスを崩し床に手をついていた。彼はいきなり現れた僕に苛立ちを覚えたのか振り返るとこちらを睨んできた。
「いてぇててて」
僕は手すりを掴み体を起こすと、彼が落とした教科書が僕の方に転がっていることに気づく。
「これ落としたよね」
僕は教科書を拾いあげると彼へと手渡す。
「ちっ」
彼は舌打ちしとぶっきらぼうに教科書を受け取ると再び駆け足で階段を降りていった。
正直いくら僕が邪魔だったとはいえ、失礼な態度にお礼すら言わないのは正直腹が立つ。
それに旧館は特別教室ばかりなのに――
数学の教科書を持っているのも少し引っかか
る。
「まあいいっか」
気持ちを切り替え美術室に向かうと鍵を貰い忘れたことに気づいた。
「しまった....鍵忘れちゃった」
誰もいない廊下で一人つぶやくと静けさに僕の声が吸い込まれていく。
ワンチャン空いてるかもしれない、そんな思いを胸に引き手に手をかけると――教室がなぜか空いていた。
「さっきの人の人美術室にいたのかな?」
ラッキーと思い美術室に入ると油絵具のツンとした鼻を刺すような匂いが漂う。
木製の机や椅子、製作途中の絵画や彫刻は見知らぬ人のアトリエに入った気分を彷彿とさせた。
僕は真っ先に昨日自分が座っていた席に向かい机の中を探る。
「やっぱここだったか」
なかったらどうしようと思っていたこともあり、肩の力が自然と抜けた。
筆箱自体はそんなに高くないのだが、シャーペンからボールペン、その他の筆記用具を揃えるとなると数千円かかってしまう損失は高校生にはあまりにもでかい。それに筆記用具を忘れると誰かに借りたりするのが普通に面倒くさく、僕みたいなあまりコミュニケーションが得意ではない人なら尚更しんどいのである。
「あっ朝礼まで5分しかない」
美術室の中央にある時計を見ると針は八時二十五分を指していた。
僕は旧館を出ると自分のクラスがある新館へ急ぎ足で向かった。
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