出会いとマドレーヌ③

教壇から見て一番右側の席で待っていると、ガラガラドアが開く音が聞こえてくる。


「慧〜」


とどこかで聞いたことがある声が聞こえ、振り向くとそこには慧の彼女である包島冥が大きなエナメルバックを手に顔を覗かせていた。


「あれ?達右じゃん」


「どうも」


僕は立ち上がり軽く会釈をする。


彼女はショートカットに女子生徒の中では比較的高い身長、それに細身ではあるがしっかりと鍛え上げれた肉体のシルエットでスポーツをやっていることが一目でわかるくらいの容姿をしていた。


「実行委員ぶりじゃん!」


彼女はこちらに向かってくると肩に触れてくる。


相変わらず異性間を意識していない様子で僕は距離感の近さに少し戸惑ってしまう。


「実行委員のアンケートどんな感じ?」


「あんまり進んでないかな」


卒業式で歌う曲を各学年のアンケートで決めることになっており、僕と包島さんはそれの集計に追われている。


「え〜そうなの?てっきり達右のことだからもう集め終わってると思ってた」


包島さんは驚いたのか肩が跳ねていた。


「いや僕あんまり前に出るタイプじゃないからこういう系の仕事やりずらいんだよね。そういう包島さんはどうなの?」


「私はあとちょっとで集め終わるよ。ていうかこんなのみんなに書いて〜って言えば終わる作業じゃん、あんまり難しくなくない?」


彼女は簡単そうに言うがコミュニケーションが得意ではない僕からするとクラスの面識があまりない人に声をかけるのも一苦労なのだ。


「いや〜僕からしたら結構難しいんだけどな」

僕は苦笑いを浮かべる。


「でさ慧ここにいるって聞いたんだけど知らない?」


「今人を迎えに行っていていないんだよね」


「そっか〜、今日ミーティングだけだったから部活早く終わったのにな〜。この後も結構かかりそう?」


「わからないけど、待つことにはなると思うよ」


彼女を待たせては悪いと思い、長引く可能性があることを伝える。


「わかった〜、今日は大人しく一人で帰ることにするよ」


彼女は慧の不在を知ると、ドアの方に足を向けた。


「ちょっと....」


僕は咄嗟に彼女を呼び止めた。


「包島さんに聞きたいことがあるんだけどいい?」


彼女に聞かずにはいられないことがあり、咄嗟に口が開いてしまう。


「なに?」


歩き出した彼女の足は止まり、振り返ると手短に済ましてと言わんばかりのジト目を向けてくる。


「この前さ、駅前で僕と同じクラスの山田くんと一緒にいるところ見たんだけどさ、何してたの?」


「何って、山田と一緒に部活で使う道具買いに行っただけだよ」


「でも包島さんは慧と付き合ってるわけでしょ、他の異性と二人でいるのはおかしくない?」


「そう?別に買い物行くくらい普通じゃない?」


包島さんは肩揺らしたがそれとは裏腹に口調は淡々していた。


確かに包島さんの言う通りで同級生と買い物に行くことはおかしなことでは無い。


「そうかな?二人だけだったらデートになる訳だし、パッと見の印象は良くないと思うんだけど」


包島さんは慧にこのことを伝えておらず、付き合っている異性がいるのにコソコソを買い物に出かけるものなのだろうか。


「それ言ったら男友達と関係持つなって聞こえるんだけど」


他人からいきなり異性の関係を突きつけられたら苛立ってしまう彼女の気持ちも分からなくはない、僕も同じ立場だったらそう思うだろう。


「いやそこまでの極論は言ってないけど、あくまで一般的に見ての話をしているだけで」


僕は異性の友達がいることが悪いと言ってるんじゃない。ただ外から見た時のみえ方を指摘しているだけなのだ。


「異性の友達少ない達右にはわからないと思うけど男女間にも色々な形があるの。だから一方的に決めつけられるのは本当に迷惑」


僕に対する彼女の口調はさらに厳しさが増し、教師に詰められている時の感覚を覚える。 


「確かに僕には女の子の友達居ないけどさ、そんな僕から見てもあの距離感は隠し通せるものじゃないと思うんだよね」


「なに?達右は私と山田に関係があるって言いたいの?」


彼女は一瞬目が泳ぎ、それを隠す様に腕組みをする。


「そう.....なるかな」


「は、何言ってんの?さっきも言ったけど買い物するくらい普通だって言ってんの!」


腕組みしていた腕が解け、声がワントーン大きくなり教室に包島さんの声が響く。


「でもさ関係がない二人が手なんて繋ぐかな?」


あの時、慧には伝えていなかったが、包島さんと山田くんは手を繋いでいた。

関係がないという二人が町中で手を繋ぐものだろうか。僕は友達以上の関係に発展していることを疑わずにはいられず見た光景をありのまま口にしてしまう。


「それは.....」

彼女は引きつった表情で下を向き、誰もいない教室に自信の無い声が吸い込まれていく。


彼女は一旦深呼吸をすると

「はいはい、私と山田は関係があります、これで満足?」


彼女はシラを切れないと判断したのか、開き直った態度に出た。


「満足っていうか、僕的にはなんでそんなことしたのかなって」


「なんでって.....最近慧が付き合い悪かったから」

彼女の声が小さくなる。

「慧が?」

彼女の回答は慧から聞いていた話と全く逆で僕は困惑してしまう。


「私だってしたくてした訳じゃないし、ただ、魔が差したって言うか」


「でも慧ってああ見えて結構忙しいじゃん、だから単純に時間作れないとかじゃないの?」


慧はスポーツ万能なので部活の助っ人によく駆り出されている。それに加え下の子たちの面倒もある多忙な身なので単純に忙しかっただけなのではないだろうか。


「そうかもしれないけど、いつも理由聞くとはぐらかされるから何か隠してるんじゃないかなって」


そう話す彼女の声は震えている。


「まあたしかに理由を言わないのは不自然だけれど、別に隠してるとかはないんじゃないかな?」


慧にも彼女に言いたくない一つや二つ誰にでもあるだろう。なので包島さんの考えすぎのような気もする。


「じゃあなんで言わないの?」


彼女はスカートの裾を強く握り、床に視線を向ける。


「僕に言われてもな〜、直接本人に聞いてみたら?」


「聞いても答えてくれないから困ってるの!」

「はは、そうだよね」


僕は苦笑いを浮かべ、ぽりぽりと頬をかく。

「そいえば山田くんとはどうやって知り合ったの?」


「私ちょっと前まで体のコンディションが悪くて、そういうのに詳しい人がいるって友達に紹介してらったのが山田との出会い、山田バスケ部だから」


「なるほど、で浮気に至ったと」


「うるさい」


彼女を茶化すと僕に鋭い視線が送られてくる。

「それは冗談として、山田との関係はどのくらい?」


「半年くらいじゃない?てか達右このこと慧に言って......ないよね?」


包島さんは髪の毛をくるくるといじっている。

まるで不安を隠そうとしているようだ。


「一緒にいたことは伝えたけど、関係を匂わすことは言ってない」


僕が仮に慧に伝えたとしたら話がこじれてややこしくなるし、そもそも論こういった話は自分たちで解決した方が丸く収まるので介入しないことに越したことはない。


ただ互いの意見が食い違っているのは非常に気になるが。


「そう、ならいい」


「いいんだ」


僕はてっきり口止めされるかと思っていたので驚いてしまう。


「達右はそういう人じゃないでしょ、あくまで本人達が解決しろってスタンスだし」


「まあそうだけど、僕のことよく知ってるじゃん」


「慧から飽きるほど達右の話聞かされてるからね」


彼女は隠していたことを話してスッキリしたのか表情が会った時よりも明るくなっいた。


「確かに僕も包島さんのこと慧から色々聞いてるから何となくわかる」


「だよね、慧はさ達右の前だとどんな感じなの?」


「そうだな〜、いつもおちゃらけてるかな。でも大事た時は頼りになるからそこだけは信用してる、あとはまあ言わずもがなってとこ」


慧はいざと言う時は頼りになるのだが、日頃からは頼りない一面が多く、友人としては複雑な気持ちである。


「そっか〜、最近は変わった様子なかった?」


「僕の前だといつも通りだったけど、いや逆に慧っていつくらいからそんな感じだったの?」


「山田と会うちょっと前くらいからかな」


「偶然にしてはタイミングがいいような気がするけど」


偶然だとは思うが傷心中の彼女に付け入っているように感じるのは気のせいだろうか。


「言われて見ればそうかも」


僕の指摘に彼女は少し驚く。


「まあそれはともかく、包島さんがどういった選択をするかわからないけど後悔だけはしないようにね」


慧と包島さんの関係が長く続いて欲しいとは思うが、それを決めるのは本人たち次第なので、無責任なことは言えず当たり障りの無い言葉を返してしまう。


「わかってるって、じゃあ私帰るね」


包島さんはさよならの挨拶を交わすと僕に手を振った。


窓から差し込む夕日と彼女の姿が重なり、彼女が最後どんな表情を浮かべているか見えなかった。

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