5 お嬢様とカフェ

 繁華街から道を少し外れた、建物と建物の間に位置する、隠れ家じみたカフェの一角で。


「やあジオット君。さっきぶりだね」

「おかしい……なんでいるんですか」


 俺はナターシャさんとのお茶に誘われたはずだ。

 それなのにどうして、俺の対面には、人間が二人並んでいるのだろう。どうして、ナターシャさんの隣には、ブラウンできっちり固められた、ナイスコーデの老紳士がいるのだろう。


「いやいや、娘を助けてくれたんだ。親からも礼を言うのが礼儀ってものだろう?」

「ひょっとして、あのチンピラもグルですか?」


 船着き場で曖昧なアドバイスをされた時点でおかしいとは思っていたけど、もしかして全部、この二人が仕組んだことなんだろうか。


「いえ、わたくしが、あの殿方に手を焼いていたのは本当ですわ。そしてそこから、ジオット様が助け出してくださったのも本当……」

「もっとも、私も君の行先を、ナターシャに伝えはしたがね」

「もう! お父様!」

「ははは……」


 ナターシャさんから流し目を食らいつつも、何とか状況を把握しようと試みる。どうやら、ナターシャさんがあんな場所に居たのは、俺を追ってきたからだったらしい。人には危ないかもしれないとか言っておいて、自分の娘は送り出すなんて、フリエンデさんもなかなか強引なやり方をする。


「フリエンデさん……ああ、そう言ったらどっちかわからないですよね。なんて呼べばいいのか……」

「私のフルネームはゼフィール・フリエンデだが、いつも通りフリエンデでいいよ。そして、どうか娘のことはナターシャと、呼び捨てで呼んでやってくれ」

「いや、それはちょっと……」


 よしわかった。このテーブルに俺の味方はいないみたいだ。ナターシャさんも、さりげなく俺にウインクを送ってきている。完全に囲い込み漁じみてきたな。


「……そんなに、俺にラジオ局で働いて欲しいですか?」

「話が早くて助かるよ」


 やっぱり、狙いはそれか。フリエンデさんは前々から、俺に自分のラジオ局で働かないかと、勧誘をかけてくれている。どうやら自分もいい年だから、ナターシャさんに局長を継いで欲しいらしく、その身固めのために、俺をあてがいたいみたいだ。


「わたくしはいずれ間違いなく、ベルバンのラジオ局を継ぎますわ。自分で言うのもなんですが、この地のメディアを管理する者の配偶者と言う立場は、そう悪くはないと思いますが」


 そしてもちろん、ナターシャさんの目的もそれだ。彼女は俺に魅力を感じているというよりは、俺と言う、身内が欲しいのだ。


「別に身固めがしたいなら、ほかの男でもいいでしょうに……なんで俺なんですか」

「そうだね、幼い頃から、君を知っているというのもあるが……」


 そう口火を切って、フリエンデさんはナターシャさんの方を向く。続きを言ってくれって感じだろう。いちいち連携がとれているな。


「ジオット様は光る原石なのです! 今はそんな、みすぼらしいお姿で、髪もぼさぼさでいらっしゃいますが、磨けば必ず、スターになれます」

「俺は別にスターになりたいわけじゃないです。大陸に行ければそれで」


 俺は別に有名になりたいわけじゃない。この作業着のことを、みすぼらしいとも思わない。


「そう言わないで。わたくしと共にラジオスターになれば、素晴らしい暮らしができますわ! わたくしの初恋の人なのですから、間違いありませんわーっ!」

「やめなさい、ナターシャ」


 俺が変わらず俯いていると、フリエンデさんが止めてくれた。相変わらず、ナターシャさんは話を聞かない。別に、彼女が嫌いと言うわけではないが、彼女のこういう面は、はっきり言ってしまうと、苦手だ。


「悪かったね、ジオット君。君の夢を否定するつもりはないんだ」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 そうは言ったものの、自分でも声に感情が乗らなくなっているのがわかった。ナターシャさんも流石にやり過ぎたと思ったのか、少しだけ申し訳なさそうな表情をしている。……まあ、この通り悪い人ではないんだけどな。ただ少し、俺とはあまり合わないだけで。


「ただま、本当のことを言うのなら……今は少しだけ、少しだけラジオ局に深入りするのも手だとは思うよ」

「そうですかね」

「昼に話した、街のきな臭い噂は、本当のことだからね。君も、燃料補充の時に気付いたんじゃないか?」

「えっと……確かに、少し値が張るなとは思いましたけど……」


 でも、昼にフリエンデさんが話していたのは、この時期に女性が一人で歩くと危ないみたいなことだったはずだ。それと、燃料の値上がりに、なんの関係があるんだろう?


「実は最近、ベルバンの町長が体調を崩してね。別の島の方で治療を受けることになったんだ。当然ながら彼はベルバンの行政……特に、飛行船の燃料販売にも大きく関わる方だったから、ひとまず町長代理を立てることになったんだけど……その代理の方の評判が、あまりよろしくなくてね」

「ははあ……」


 話が読めてきた。俺は別に行政のことに詳しいわけではないけど、上に立つ人間がろくでなしだと、下が酷いことになるってことは、なんとなく想像できる。


「まあ、大体察しているだろうけど、燃料価格の高騰はそのお方のせいだ。それどころか、彼らは気にいった女性を身の回りに侍らせるため、屋敷で雇ってやるなんて言いながら、誘拐紛いのことを繰り返しているなんて噂もある」

「……それでナターシャさんは」

「うむ。私も、今までは話半分で聞いていたのだけど、今日のことを踏まえると、根も葉もない噂と言うわけでは、なさそうだね」


 そういうフリエンデさんの顔は真剣そのものだし、隣に座るナターシャさんも力強く頷いている。やはり、ベルバンのメディアを取り仕切るものとして、思うところがあるのだろう。

 しかしそうなると……やっぱり心配なことが、一つある。


「テリアは大丈夫かな……」

「テリア?」


 直後。テーブルに置かれたティーカップが揺れて、皿に擦れた音が鳴った。


「というと、どなたです?」


 見ればわかった。ナターシャさんが、机の上に身を乗り出している。ナターシャさんから向けられる、鋭い視線が俺を貫いている。彼女は普段から大きな目をしているけど、いつにも増して大きく見える。瞳孔開いてないかこれ。


「こないだ、旅の途中で拾って、今日町まで送ってあげた子の名前です」

「女の子ですか?」

「は、はい……」

「女の子を、船に、乗せたのですか? 何日?」


 どうしよう。ナターシャさんの目が強すぎる。眼力だけで射殺されさそうだ。怖い。誰か助けてほしい。でもだからといって、噓を付いてはいけない気がする。今、変に噓を付いてバレてしまったら、ただでは済まないような気がする。

 この状況をどう切り抜けるべきか。頭をフル回転させてみても、うまい案は浮かんでこない。


「三日くらい、です」

「三日!? 少なくとも二泊!?」


 声がデカい。そのせいで、カフェ店内の目線が全てこのテーブルに集まっている。フリエンデさんは気にしていないようだけど、俺には耐えられない。というか、一人だけ紅茶啜ってないでこの状況を何とかしてほしい。


「きいいいいいっ! その女狐はどこにいますの!? 見つけ出して、ジオット様をたらしこんだこと、後悔させてやりますわ!」

「落ち着いてください!」

「毛皮を剝いで、局の玄関マットに加工して、局員総出で毎日踏みにじってやりますわーっ!」


 まずい! ナターシャさんが怒りに燃えている! ティーカップを握りしめて、席から立ちあがってしまっている!


「そういうのじゃないんです! ただ本当に送ってあげただけで、街に着いたら、一目散に街の方へ飛んで行っちゃったんで!」

「あら、そうなんですの?」


 うお、急に落ち着いた。なるほど、詳細を伝えて安心させればよかったのか。


「うむ。噓ではないと思うよ。実際、私が昼間ジオット君から聞いたのも、そう言った主旨の話だったからね」

「お父様が言うなら……間違いなさそうですわね」

「わかってもらえて良かったです……」


 何とか危機は乗り越えたようだ。ナターシャさんは、右手に掲げていたティーカップをテーブルの上に戻し、席に付いている。そうして皿を持ち上げながら、優雅に紅茶を啜っている。さっきの一連の流れの中でも、紅茶はこぼさないようにしていたらしい。変なところで育ちの良さが伺えるな。


「しかし、船から飛んで行ったとなると、ひょっとしてそのお方、翼の民の方ですの?」

「え、ええ。そうです」


 それに加えて、俺がわざわざ深く語っていないことにまで気付いている。怒りに燃えながらも、話の要点はしっかり押さえていたらしい。本当に、変なところでしっかりしている人だ。


「でしたらわたくし、そのお方の行方に心当たりがありますわ」

「本当ですか?」


「ええ、今日の昼頃お父様から、ジオット様のお話をお伺いする直前に、港の方で、翼の民の方をお見かけしましたの。確かあの時は、ライブイベントに飛び入り参加したとかで、歌を歌っていらっしゃって……彼女、諸々のパフォーマンスはかなり荒削りではありましたが、技術だけでは身に付かない、人を惹きつけるような才能をひしひしと……」

「ああ! きっとその子です!」


 特徴にピンときて、思わず身を乗り出してしまう。時間的にもぴったりだし、俺の船でも、あの子は歌を歌っていた。特徴的には間違いない。まさかこんなところで、テリアの情報を得られるとは!


「そ、そうですのね……?」

「俺、ちょっと探してきます。今日はありがとうございました、これ、お茶代です」

「えっ? ちょっとジオット様? お待ちになって!」


 時刻はもうすぐ夕暮れ時。もしかすると、もう広場にテリアは居ないかもしれないが、そうだとしても、確かめない理由はない。それにもし、彼女がずっと歌を歌っているのなら、今から行っても、遅くはないかもしれない。財布からお茶代を取り出して、テーブルに置いて出口に向かう。カフェの扉に手をかけて、夕焼けに染まり始めた外へ出る。


「ねえお父様。本当にジオット様とその方は、そういう関係ではないのですよね?」


 後ろの方からそんな声が聞こえたが、反応はしないことにした。

 悪いけど、今はちょっとそれどころじゃないから。

          ◆     ◆     ◆

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