第3話 追跡

先輩は毎週金曜日ビジネススクールに通っているようでした。会社帰りに薄暗い雑居ビルの2階に入ってゆく姿によからぬ事を想像したのですが意外にもそこそこ有名なスクールで検索するとすぐ分かりました。体験・見学が可能でしたので先輩が残業で出席できない週の金曜日を狙って私も授業を受けてみる事にしました。 ひょっとしたらものすごいイケメンの先生か生徒がいるのかもしれない。なにしろあざといのですから少しのチャンスも逃さないはずです。そうであれば先輩の本性でもバラしてしまおか、などと考えていたのですが、やってきたのは先輩よりもだいぶ年上でいかにもベテランといった厳しそうな女性の先生でした。そして先生は授業に手を抜くこともなく、私は90分間みっちり授業を受ける事になったのです。少しでもイケメンが来ることを期待した自分を悔いつつ、毎週この授業を受けるとなると、なかなかのエネルギーを使うなと感じました。 


それから暫くすると先輩は社内の新人育成ボランティアに参加を始めたため昼休みにはほとんど見かけなくなっていました。

一体何が目的なのか、、、調査する事1か月。 

とうとう先輩が次期管理職の座を狙っている事を突き止めました。例のおじ様課長の発言がキッカケとなったのでしょうか、遅ればせながらあざと天然女子からキャリアへの変貌を狙う様子でした。 

ウチの会社で管理職になるには条件が二つ、筆記試験、そして課長からの推薦です。筆記はは合格率60%ほどでそこそこ難しいのですが、推薦はコンペで企画が採用されればほぼ確実といわれています。コンペは当日まで誰が参加者するか分からないシステムですが毎年参加人数は3、4人です。その内2人は新人で勉強として強制参加なのです。コンペとうよりどちらかというと新人育成のための取り組みとして数年前に会社が導入したものでグラフの見方やプレゼンのやり方が評価の大半を占めるため推薦を狙う社員にとってはさほど大きな壁ではないのです。先輩は2か月ほど前に筆記試験に合格していたようで、3か月後に行われる11月のコンペに向けて準備を進めていてキャラ変が順調に進んでいるようでした。

「これだ!!そうやすやすとキャリアになんてさせるもんか!なんとしても邪魔してやる!私もコンペに参加してやろうじゃないか!」

そう思い立つとすぐに例のビジネススクールに電話を掛け、同じ「ビジネス戦略コース」を先輩と被らない火曜日のコースで申し込みました。加えて「マーケティングコース」もダブルで受講することにしました。少しでも差を縮めておきたかったのです。仮にも私の企画がコンペで採用されれば彼女の昇格は必然的になくなります。それにこのコンペは私にとって有利、いえ、先輩にとっては不利な戦いになるはずです!なぜならコンペの審査員はあのおじ様課長なのです。実はあの時、課長の「びっくりババア」発言に対し、先輩を含めた数名の女性社員からセクハラだと上に報告され2日間の停職処分になっていたのです。以来課長は「びっくりババア」ことかおり先輩を避けるようになっていたのです。 

先輩はこのコンペに昇格がかかっていて、かなりの準備をすすめていましたので、あの課長が審査員だとしてもとても先輩を超える熱量で取り組んでいる者はこの部署ではいないと踏んでいるはずです。まして私が参加するなんて微塵にも思っていないでしょう。なんせ彼と別れて以来、先輩の前ではずっと落ち込んでいるフリをしていましたから。油断させておいてその隙に私が本気でコンペに取り組めばかなりの確率で勝てるはず。そう思いました。 


スクールは通ってみると、あの先生だった事もあり、かなり難しいうえにご丁寧に宿題まできっちりありました。火曜のコースに加えて土曜日はマーケティングコース、さらにコンペの準備、そして普段の業務をこなすと、すっかり疲れ果てて1か月もするとあんなに毛嫌いしていた先輩のびっくり攻撃すらさほど気にならなくなっていました。それどころか以前の追跡で彼女がスクールと社内ボランティアの他にヨガと英会話教室に通っていた事を知っていましたからこの時ばかりはそのバイタリテたるや感服しました。40歳目前にしてなんとしてもキャラ変を狙う真剣さがつたわってきました。もしかしたら課長に対しての怒りと悔しさも仕事で見返したかったのかもしれません。そんな気がします。 

それでも私も諦める訳にはいきませんでした。考えてみると私も35歳です。結婚がダメになった今、ここでキャリアを積んでおかないとこの先どうなるか不安になっていたのです。会社を辞めても今より良い条件の会社に転職など到底不可能だと思いました。冷静になって考えてみると自分の立ち位置は先輩とさほど変わらないと気づいたのです!



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