第34話
パチンと電気を消す。室内は暗闇に包まれ、話し声が止んだ。
「み、みなさんこんにちは。映画研究部部長の、日村ひかるです」
マイクを通した自分の声が小さく震える。
「今日は、『地球最後の日』の上映を見に来てくれてありがとうございます…。その、こんなに人が来るとは思ってなくて…えーと」
暗闇に隠れた無数の視線が、突き刺さってくる気がした。クスクスと笑い声が聞こえる。
その声に一瞬、何を言おうとしたか飛んでしまった。
心臓は熱いのにマイクを持つ手が冷えていく。口の中が乾いて、悔しくなる。
(やっぱり、上手くできないんだ…)
瞬きをすると、目の前が真っ暗になる。
──カントクの良いところってさ、滲んでくるんだよね。
ふと、さっきの橘くんの声が蘇る。
こんな不格好な姿を見ても、彼はそう言ってくれるのだろうか。いや、僕はもう答えは分かっていた。
いつの間にか隣にいた橘くんが、僕の肩に手を置いた。今隣に、僕の言葉を受け取ってくれる人がいる。
(だったら、僕は何にも失わない)
肩に彼の重みを感じながら、ひと呼吸した。
「……この映画は、一人の男が地球最後の日を過ごす話です。登場人物は一人だけで、彼は誰とも会話をしません」
汗ばんだ手で、マイクを握り直す。
「先に話してしまうと……彼はある答えを見つけます。けれどそれは人から与えられたものでも、特別なことでもありません」
暗闇に目が慣れてきて、人々の顔がうっすら見えた。
「最後だと思った時に見つかるものがあります」
ぴたりと空間が止まった。
誰もが思い当たるような、少し目を見開いた表情をしていた。ゆっくりと口を開く。
「この映画が、みなさんにとって心のどこかに残るものになれたら嬉しいです」
スクリーンの前にいる何人かが頷いた。それから、パラパラと拍手が起こった。心地よいその音に、身体から力が抜ける。
「では、ご覧ください」
膝が笑いそうになる。それを堪えて、背筋を伸ばす。
まだ震える人差し指で、この時間が少しでも特別になるようにと祈りながら、スタートボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます