第26話
おぼつかない指で、最後の字幕を打ち込んだ。
エンドロールまで再生できたのを確認してベッドに倒れ込む。笑いたいような泣きたいような変な気持ちの中、身体が痺れる。パソコンの画面では、映画が最初から再生されている。それを横目に大きな息をついた。
───やっと完成した。
枕を掴んで、顔を埋める。目を瞑ると自分の身体が回っているような感覚になる。頭だけが熱を持っていて、身体はぐったりしている。満身創痍だ。
けれど、どうにか形にできた。足先がじわじわ温かくなってくる。これが、達成感というものなのかもしれない。
ぐるぐるする頭は、明日プロジェクターで再生できるか確認しにしかないと、と考える。息つく暇もなく現実的な準備が待っている。一人で迎えた完成の喜びは、すぐに通り過ぎた。
一瞬、橘くんの顔が浮かぶ。笑ったとき彼の目尻は優しく下がる。その顔に、今どこにいるのか聞きたい。
スマホを掴んで、メッセージを開く。通知はなかった。“映画が完成したよ”と入力して、指が固まる。送信ボタンまで、どうしても届かない。結局、全部消して枕を抱きしめた。
あれから彼は学校に来ていない。
噂によると、フランスだかイギリスだかに行っているらしい。毎日噂は何処かしらで流れている。秘密の彼女と逃避行してるらしい、将来は向こうで暮らすらしい。全部が「らしい」で構成されていてどれも嘘っぽい。
なのに、彼がいないのは本当だ。
画面には海をかき分けて進む彼が映っている。振り返って切なそうな顔をする。とても良い顔だった。どんな気持ちだったのか聞いたら、お腹が空いていたらしい。
この彼が、僕の知ってる橘くんだ。
意外と涙もろくて、笑いのツボが浅い。ハグもキスも好きで、大型犬みたいに懐いてくる。それから、たまにひとりで遠くを見つめてる。
再生を止める。パソコンをバッグにつめこんで、大きく息を吸う。これから一人で頑張らないといけない。明日は視聴覚室に行って、上映の準備をしなきゃ。最近は家で作業をしていて、視聴覚室には行っていなかった。
もう一度メッセージを見ようとして、手を止めた。部屋に飾ってあるトロフィーを見つめて、それに触った彼の姿を重ねる。頑張ろうと、もう一度心の中で呟く。
部屋の外から母に名前を呼ばれ、「はーい」と声を張り上げる。それから、大きめの足音を立てて階段を降りていった。
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