第16話
「ほんで、感動の再会っちゅーわけか」
水野くんは白米をかき込みながら呟いた。僕は口を結び、神妙な顔でうんうんと頷く。
視聴覚室でふたり膝をつき合わせている姿は、なんともシュールだった。六月の視聴覚室は、明るく僕たちを照らす。橘くんはまだ来ていない。委員会で遅れるとメッセージがあった。
どうしても一人じゃ抱えきれず、水野くんを捕まえて彼との色々をかいつまんで話してしまった。水野くんにとって、あまり関心のない内容だと思っていたけど、意外にも口を挟まず最後まで聞いてくれた。
「日村はええな」
昼に食べ損ねたらしいお弁当を咀嚼しながら、水野くんはチラリと僕を見る。その不思議な一言の意味が分からず、首を傾げる。
「撮りたかった奴が実は自分のファンだったとか、ラノベやん」
ラノベ………。なんだか本当にそう思えてきて、恥ずかしくなった。それよりも。
(水野くん、ラノベとか読むんだ)
意外だった。思わずじっと見つめたら、渋い顔をして「ものの例えや」と言われた。
「次から次へと良いことが起こって、最後にもいいことが起こるんやろ」
少し投げやりにも聞こえる水野くんの声に、口がとんがる。簡単に、良いことばかり起こるわけない。努力があってこそ、幸運が舞い込んでくるものだ。
確かに、その幸運は本物の星ぐらいとてつもなく大きいものだった。だからと言って、これから良いことばかり起こるとは限らない。
反論しようと口を開く。すると、水野くんの目が窓の向こうを見てる事に気がついた。
その目つきは、空を通り越して宇宙を見てるように遠い。途方もないものに対して、眺める事しかできないように。
さっきの言葉は、僕へ向けてじゃない。
銀河の片隅に投げた独り言だったのかもしれない。
「俺はずっと逃してる」
水野くんの箸が止まる。表現に行き詰まった時に感じる、漠然とした感傷に浸っているのかもしれない。しかしそれは一瞬で、静かに箸が動いた。
「ものを作るって、難儀なのにやめられん。呪いみたいなもんや」
───分かる。いや、分かってしまう。
僕もきっと、世界と繋がる手段として映画を作っている。カメラを通さないと、人や世界の形が分からない。ひどく不器用だ。普通の人から見たら、笑われるほどに。
けれど、作っていないと生きてる気がしない。呼吸できない。
だから橘くんを撮ることができて、自分の作りたいものを作れて、とても嬉しい。しかしその嬉しさは、自分のためだけにある。
(思えば、今だって橘くんのことも利用しているようなものだ…)
この前のファミレスで、彼の時間を奪っていると自覚した。彼は僕の映画に出られることを喜んでいたけど、その代償は必ずある。
そもそも、今年は受験だというのに巻き込んで良かったのか。後悔ばかりが生まれる。
「僕って…結構勝手かも…」
「アホ」
水野くんはもうお弁当をしまって、絵筆を持っていた。
「お前らは監督と演者やろ。自分の勝手だけで、なれる関係やない」
その言葉に、重かった胸が少し軽くなる。僕の映画に出たかったと言った彼の笑顔を思い出して、胸がとくんと鼓動する。その笑顔を、信じていいのだろうか。
ムスッとした顔で、水野くんは立ち上がる。キャンバスの前にどすんと座り込んで、いつものポーズになった。けれどいつもより、弱々しい輪郭をしている。
───俺はずっと逃してる
水野くんは、何を逃しているんだろう。僕はそれを知っていいのか分からないけど、聞きたかった。
水野くん、と呼びかけると手をあげてしっしっと追い払う動作をされた。もうおしゃべりの時間は終わりだという、合図のようだった。最後に顔だけ振り返り、眉を吊り上げて口を開く。
「中途半端だけはダメや」
それだけ言って、水野くんは絵筆を叩きつけ始めた。ダンッダンッと大きなキャンバスは音を立てる。
その音を聞きながら、もの作りという呪いは、いつか祝福になるのだろうかと。そんなことを考えていた。
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