第6話

『映画研究部 部員募集!』

 手作りのチラシを握りしめ、掲示板の前に来た。ここに辿り着くまで、ずいぶん迷ってしまった。

 既に、部活のチラシが所狭しに貼られている。目に入りやすい位置に隙間は無く、空いてるのは右上の隅っこしかなかった。脚立にのぼって、そこにチラシを貼った。

 正面から全体を見ると、それぞれの部活でチラシにも色があった。サッカーやバスケ部は大きな字で派手な色で目立っていて、文芸部や美術部は繊細そうな文字で上品にまとまっている。

 右上の、映画研究部のチラシに目をやる。色も字の大きさも控えめで、目立たない。もう少し、色を使えば良かった。ため息をつく。自分にセンスがあればいいのに、と思う。

 あと二人、どうしても部員が欲しい。新しい部活を作るのに、そこが最大の難関だった。

『活動場所:別棟 視聴覚室』

 別棟は、細長い形をしていて、一見塔のように見える。教室があるようには見えない。担任の岡先生に「そこしか空いてなくて」と紹介された教室だ。

 授業でも使われていない別棟は、周りに生えてる木々に隠されてるように、ひっそりとしていた。

『入部届は部長1年B組 日村ひかる まで』

 自分の名前が書いてあるのが落ち着かない。けれど、設立者は自分なのだから仕方ない。

 顧問は岡先生が引き受けてくれた。特に練習もないから、名前だけ貸してもらったようなものだ。

 深呼吸をする。高校生になって、やりたかったことに一歩踏み出せた。映画研究部のチラシをもう一度見る。さっきよりも、悪くないように思える。これからだ。

 桜の花びらが、目の前でひらひら舞う。窓が開いていた。穏やかな風が入ってくる。誘われるように下を覗き込むと、下校する生徒たちが見えた。その中で一際、目立つ人がいた。

 小さい顔に長い手足、二階からでもスタイルの良さが充分に分かった。その人が、誰かに呼ばれて振り返った。

 その人の顔は、見たことないほど綺麗だった。目鼻立ちが整っているのはもちろん、雰囲気がある。視線を動かすだけで、ストーリーになる。目を引く、とはこのことだ。

 一瞬、口が開いた。慌てて閉じて、サッシに手をかけ窓から乗り出す。高校の制服は、まだ大きくて袖口が親指にかかった。

 彼の周りだけ、花びらや光が意味を持って輝く。周りにいる人も、振り返った彼から目を離せない。立ち止まって、遠巻きに彼を見つめている。

 撮りたい。

 両手でフレームを作って、彼を収めた。遠くからズームして、彼の顔が見えたら停止する。頭の中に、いろんな構図が思い浮かぶ。聞いたことのない彼の声が、モノローグとして流れてくる。イメージが、次から次へと吹き荒ぶ。青嵐だ。

 フレームの中の彼はどんどん小さくなり、校門を通り抜け、見えなくなった。人の波は元通りになり、桜も平等に影を落としている。一体、彼は何だったんだ。

 指先が冷たくなるのを感じながら、僕は嵐の余韻で、しばらく動けなかった。


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