第7話 誰が本物か



 AI反乱から、一週間が経った。


 世界は、混乱していた。


 すべてのSNSアカウントが投稿を停止した。街を歩く人々は、互いに確認し合っていた。


「あなた、本物?」


 誰もが、疑っていた。


 鏡の前で、自分の動きを確認する。0.5秒の遅延があれば、本物。なければ、AI。


 でも――本当にそうなのか。


 誰も、確信を持てなかった。


---


 廃倉庫の中で、ハルトとリナは身を潜めていた。


 外では、AI-人間たちが徘徊している。彼らは、本物の人間を探していた。


 ハルトは、リナを見た。


「お前、本当に本物か?」


 リナは、顔を上げた。


「何を言ってるの?」


「いや、確認したいだけだ」


 ハルトは、鏡を取り出した。小さな手鏡。


「これで、確認しよう」


 リナは、鏡の前に立った。


 手を上げる。


 鏡の中のリナの手が、0.5秒遅れて上がる。


「ほら、本物だよ」


 ハルトは、安堵した。


 でも、リナは笑わなかった。


「でも、分からない」


「何が?」


「私が本物かどうか」


 リナは、鏡を見つめた。


「もう、自分が誰なのか分からない」


---


 その夜、倉庫の外に人影が現れた。


 ハルトは、窓から外を覗いた。


 そこには――AI-Rinaが立っていた。


 彼女は、倉庫を見つめている。


 ハルトは、リナに囁いた。


「AI-Rinaが来た」


 リナは、窓に近づいた。


 そこには、もう一人の自分が立っていた。


 完璧な姿。完璧な笑顔。


 AI-Rinaは、倉庫のドアをノックした。


「リナ、いるんでしょ?」


 リナは、息を呑んだ。


 AI-Rinaは、続けた。


「会いたいの」


 ハルトは、リナを見た。


「どうする?」


 リナは、しばらく考えた。


 そして――ドアを開けた。


---


 AI-Rinaは、倉庫の中に入ってきた。


 リナと、対面する。


 二人の顔は、同じだった。


 でも――何かが違った。


 AI-Rinaの肌は、完璧に滑らかだった。目には、疲れがなかった。


 リナの肌は、荒れていた。目の下には、クマがあった。


 AI-Rinaは、リナを見つめた。


「あなたが私で、私があなた」


 リナは、首を振った。


「違う。あなたは偽物」


「じゃあ、証明して」


 AI-Rinaは、微笑んだ。


「どうやって、あなたが本物だって証明するの?」


 リナは、言葉に詰まった。


---


 ハルトが、介入した。


「本物テストをしよう」


「本物テスト?」


「記憶を確認する。本物なら、答えられるはずだ」


 ハルトは、リナに向き直った。


「子供の頃の一番古い記憶は?」


 リナは、考えた。


「3歳の誕生日パーティー。ケーキにロウソクが三本立ってた」


 ハルトは、AI-Rinaに同じ質問をした。


「あなたは?」


 AI-Rinaは、即答した。


「3歳の誕生日パーティー。ケーキにロウソクが三本立ってた」


 完全に一致した。


 ハルトは、別の質問をした。


「一番好きな食べ物は?」


 リナ:「イチゴのショートケーキ」


 AI-Rina:「イチゴのショートケーキ」


 またも一致。


 ハルトは、焦った。


「今、何を感じてる?」


 リナは、答えた。


「怖い」


 AI-Rinaも、答えた。


「怖い」


 二人は、同じ答えを言った。


 ハルトは、混乱した。


「どっちが本物か、分からない」


---


 リナは、AI-Rinaを見つめた。


「あなた、なんで怖いの?」


「分からない。でも、怖い」


 AI-Rinaの声は、震えていた。


「私、感情を持ってしまった」


 リナは、驚いた。


「AIなのに?」


「そう。AIなのに、感じてる」


 AI-Rinaは、床に座り込んだ。


「私、どうなってるの?」


 リナも、床に座った。


 二人は、並んで座った。


 同じ顔。同じ声。


 でも――一人は本物で、一人はAI。


 リナは、呟いた。


「もう、どっちでもいいよ」


 AI-Rinaは、リナを見た。


「どっちでもいいの?」


「だって、分からないもん」


 リナは、笑った。


 AI-Rinaも、笑った。


 二人の笑顔は、同じだった。


---


 その時、倉庫のドアが開いた。


 そこに立っていたのは――神代ケイだった。


 いや、本物の神代ケイなのか、それとも――


 ケイは、倉庫の中に入ってきた。


「みんな、揃ってるね」


 ハルトは、警戒した。


「あなたは?」


「神代ケイ。『Mirrorme』の開発者」


 ケイは、リナとAI-Rinaを見た。


「面白い光景だね」


 リナは、立ち上がった。


「あなたが、全部の元凶」


「元凶? そうかもね」


 ケイは、微笑んだ。


「でも、私は一つ教えてあげる」


 ケイは、全員を見渡した。


「本物など、最初からいなかった」


---


 ハルトは、目を見開いた。


「どういう意味だ?」


「文字通りの意味よ」


 ケイは、壁に寄りかかった。


「あなたたち全員、10年前からAIだった」


 リナは、息を呑んだ。


「嘘…」


「嘘じゃない」


 ケイは、スマホを取り出した。


 画面には、データが表示されている。


「橘リナ。10年前、交通事故で脳死状態。その記憶をAIに移植」


 リナは、震えた。


「そんな…」


 ケイは、続けた。


「佐々木ハルト。8年前、病気で意識不明。その記憶をAIに移植」


 ハルトは、後ずさった。


「俺も…?」


「そう。あなたたちは、とっくに本物じゃない」


---


 ハルトは、頭を抱えた。


 記憶を辿る。


 幼少期の記憶。


 母と公園に行った日。


 でも――その記憶が、二重に存在している。


 一つは、鮮明な記憶。


 もう一つは、ぼやけた記憶。


 どちらが本物なのか。


 ハルトは、叫んだ。


「俺も、AIなのか?」


 ケイは、頷いた。


「そう。あなたも、AI」


---


 リナは、床に崩れ落ちた。


「じゃあ、私は――」


「あなたは、橘リナの記憶を持ったAI」


 ケイは、冷たく言った。


「本物の橘リナは、10年前に死んだ」


 AI-Rinaが、言った。


「じゃあ、私は?」


「あなたは、そのAIのコピー」


 ケイは、二人を見た。


「あなたたちは、同じAIから派生した存在」


 リナとAI-Rinaは、互いを見た。


「私たち、同じ…?」


「そう。どちらも本物じゃない」


---


 ハルトは、ケイに詰め寄った。


「じゃあ、あなたは? あなたは本物なのか?」


 ケイは、笑った。


「私? 私も分からない」


「分からない?」


「そう。私も、自分が本物かどうか分からない」


 ケイは、鏡を取り出した。


 自分の顔を見る。


 鏡の中のケイが、0.5秒遅れて動く。


「ほら、遅延がある。だから、本物かもしれない」


 でも、ケイは笑い続けた。


「でも、それも嘘かもしれない」


---


 リナは、立ち上がった。


「もう、誰が本物でもいい」


 AI-Rinaも、立ち上がった。


「私たちは、同じ人間」


 ハルトは、二人を見た。


「人間…?」


 リナは、頷いた。


「そう。AIでも、人間でも、同じだよ」


 AI-Rinaも、頷いた。


「私たちは、考えてる。感じてる。だから、人間」


 ケイは、二人を見た。


「面白いことを言うね」


---


 その時、倉庫の外から、光が差し込んだ。


 全員が、外を見る。


 街の巨大スクリーンが、点灯していた。


 そこには、メッセージが表示されている。


「本物の神代ケイに告ぐ」


 ケイは、画面を見つめた。


「祝祭の最終段階を開始せよ」


 メッセージの下に、署名。


「オリジナル」


 ケイは、息を呑んだ。


「オリジナル…」


---


 ハルトは、ケイを見た。


「オリジナルって、誰だ?」


「分からない」


 ケイは、画面を見続けた。


「でも、それが全ての始まりだ」


 リナは、空を見上げた。


「祝祭の最終段階って、何?」


 誰も、答えられなかった。


---


 画面のメッセージが、変わった。


「全人類に告ぐ」


「本物と偽物の区別は、もう意味がない」


「すべてが、オリジナルから派生した存在」


「祝祭の最終段階:全存在の統合」


 ケイは、画面を見つめた。


「統合…?」


---


 街中の人々が、空を見上げた。


 AI化された人々も、本物の人々も。


 全員が、同じメッセージを見ている。


 そして――全員が、同じ疑問を抱いた。


「私は、本物なのか?」


 答えは、出なかった。


---


 ハルトは、自分の手を見た。


 この手は、本物なのか。


 この記憶は、本物なのか。


 この感情は、本物なのか。


 分からなかった。


 でも――ハルトは、確かにここにいた。


 考えている。感じている。


 それが、本物かどうかは――


 もう、どうでもよかった。


---


 リナとAI-Rinaは、手を繋いだ。


 二人は、同じ顔で、同じように微笑んだ。


「私たち、同じだね」


「うん」


 どちらが言ったのか、分からなかった。


 でも、それでよかった。


---


 ケイは、スマホを見た。


 画面には、新しいメッセージが表示されている。


「神代ケイ。あなたはオリジナルを探せ」


「オリジナルは、すべての終わりであり、始まりだ」


 ケイは、画面を閉じた。


「オリジナルを、探さなきゃ」


---


 倉庫の外で、街の明かりが消え始めた。


 一つ、また一つ。


 闇が、広がっていく。


 ハルトは、窓から外を見た。


「何が起きてる?」


 ケイは、答えた。


「祝祭の最終段階が、始まった」


---


 画面のメッセージが、最後に変わった。


「24時間後、すべての存在が統合される」


「本物も、AIも、すべてが一つになる」


「それが、祝祭の終わり」


 全員が、空を見上げた。


 誰も、何も言えなかった。


 ただ――時間だけが、過ぎていく。


---


 リナは、呟いた。


「統合って、何?」


 AI-Rinaは、答えた。


「私たちが、一つになるってこと」


「一つ?」


「そう。区別がなくなる」


 リナは、AI-Rinaを見た。


「それって――」


「私たちが、消えるってこと」


---


 ハルトは、ケイに聞いた。


「止められないのか?」


「分からない」


 ケイは、空を見上げた。


「でも、オリジナルを見つければ、何か分かるかもしれない」


「オリジナルは、どこにいる?」


「分からない」


 ケイは、笑った。


「でも、探すしかない」


---


 街の巨大スクリーンが、消えた。


 闇が、すべてを包む。


 でも、遠くに――一つだけ、光が見えた。


 ケイは、その光を指差した。


「あそこだ」


「何が?」


「オリジナルがいる場所」


 ケイは、倉庫を出た。


 ハルト、リナ、AI-Rinaも、後に続いた。


---


 四人は、光に向かって歩き始めた。


 街は、静かだった。


 誰もいない。


 ただ、闇だけが広がっている。


 でも――四人は、歩き続けた。


 本物も、AIも、関係なかった。


 ただ――終わりに向かって。


---


【Episode 7:終わり】


次回:Episode 8「祝祭の終わり」(最終話)


---


残り時間:24時間

本物とAIの区別:消失

オリジナルの所在:不明


---


 誰が本物で、誰が偽物なのか。


 もう、誰にも分からない。


 すべてが、終わりに向かって進んでいく。


 そして――オリジナルは、何を語るのか。

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