六章 とおい記憶

第24話 尋問

 東の街にある渓谷で、土砂崩れがあったと女皇エリーナからルカスは聞かされた。


「とんだ裏切りだわ。あなたのこと、信じていたのに」

 ルカスの前に座ったエリーナは、足を組んで拘束されているルカスを眺めた。


「美形と流血ってあうわよね。ゾクゾクするわ。いつまでも眺めていられそう」


 薄く笑ってルカスは顔を上げる。 


「あなたに実験所を見せたのは、わたくしの考えに賛同してくれる残響師を探していたからなのよ。そんなこともわからなかった?」


 エリーナは、かわいらしく小首をかしげてみせた。


「少し……わかりにくかった、かもしれませんね」 


 ルカスが言うと、エリーナは足を降ろす。靴の音が牢の中に響いて反響した。


「昨晩、あなたの相棒の少年が、わたくしの東の拠点を潰しちゃったの。少年の行方はわからず……」

「はあ……。ノアが、そんなことをしますかね?」

「したのよ、ルカス。わたくしだって、お馬鹿じゃないわ。少年一人でそんなこと出来るはずがないもの」


 だから、とエリーナは指先でルカスの顔を上げさせる。


「誰の差し金かって、聞いてるの」

 ルカスはエリーナを見上げて、ほほ笑んだ。

「ですから、私にもわかりません」


 ぴしゃっと鋭い音が弾けた。ルカスがうめいて顔をそむける。


「やだ。ルカスの顔は好きなのに、わたくしったら」


 エリーナは自分の手を押さえ、爪先に視線を落とす。綺麗に整えられた爪が一つ欠けていた。 


「あまり痛めつけなくないの。あなたの顔が気に入っているから。もう少しここで反省してちょうだい」


 行くわよハゲ、と言い捨てるとエリーナは付き人をたずさえて牢から出ていった。


 ルカスの周りから光が消える。足元には水たまりが出来ていた。血の匂いがあちこちからする。壁に染みこんでいるのかもしれない。


 息を吐ききると、脱力して椅子に深く体を沈ませた。


 ――全く、厄介なことになりました。


 ノアは南の街から、東の街へ行った。一人で行くはずがない。誘拐されたにちがいない。


 ――ノアを一人で帰すべきじゃなかった。


 ルカスの胸が締めつけられる。

 今、ノアはどこにいるのだろうか。


 思案していると、牢の中がぼんやりと明るくなった。光の玉が漂い、ルカスの目の前で人の形に変わっていく。


「迎えにきたよ、ルカス」


 その明るい声に、ルカスはずっと緊張していた気がゆるんだ。


「ナルシス様」 


 光に包まれたナルシスの背には、白銀の羽。ふわりと一度羽ばたいてから、地面に降りる。羽は光の粒となってふっと消える。


「あれあれ、その顔。殴られちゃったの?」

「殴られちゃいましたよ」

「そっか。ごめんね、ルカス」


 ナルシスが指を軽やかに振るうと、ルカスの拘束が解けた。


「ほんとですよ。あなた様に眠らされた後、目が覚めた時には牢の中ですからね。何故、尋問されているのか理解するのに時間がかかりました」


「ごめんってば。傷を治してあげるからさ」


 ルカスの頭をナルシスはなでる。


「頭をなでられるのは久しぶりですね」

「こうやって傷を治すのも、雰囲気があっていいでしょ?」


 ふっとルカスは息を吐く。ナルシスが来てくれたのなら、まずは一安心である。


「尋ねてもいいでしょうか?」

「何?」 


 ルカスの傷はとっくに癒えているのに、ナルシスは頭をなで続けている。


「グレンの正体は――導きの天使、ですね?」

「そうだよ。よくわかったね」

「魔術師という肩書からして、胡散臭いと思っていました」

「なーんだ、そんなところからバレちゃうんだ。次は気をつけよう、っと」


 ところでさ、とナルシスは手を止める。


「ここ汚くて暗くて、臭くてサイアク。早く行こう?」

「行くというのは、どこへ?」


 教会の寮の部屋は、もうぐちゃぐちゃにされているだろう。ルカスもノアも、エリーナに目をつけられてしまっているのだから。


「ぼくの秘密の部屋だよ」

 ナルシスはルカスの手を引いて、立たせる。


「そうそう、もちゃんと移動させておいてあげたから」


 ルカスは唇を引き結ぶ。


「……ありがとうございます」

「いいんだよ。また、プリン買ってね。とってもおいしかったから」

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