第4話「芽生える信頼」
予選一回戦の苦戦は、二人に大きな反省を促した。あのままでは次はない。その事実だけが、反発しあう二人の間に生まれた唯一の共通認識だった。
試合の翌日、ユキは意を決してカイのいる訓練場へと向かった。また口論になるかもしれない。それでも言わなければならないことがあった。
「カイ」
ユキが声をかけると、一人で魔法の鍛錬をしていたカイがゆっくりと振り返った。その深紅の瞳には以前のような侮蔑の色は消えていた。
「昨日の試合……ありがとう。助かった」
素直に礼を言うと、カイは少し驚いたように目を見開き、そして気まずそうに顔を背けた。
「……別に。お前がやられれば俺が負けることになる。それだけだ」
ぶっきらぼうな物言いは変わらない。しかしその言葉の中に以前のような刺々しさはない。
「君の戦い方について話がしたい」
ユキは切り出した。
「君は強い。それは認める。でもあまりにも攻撃に偏りすぎている。昨日の試合でも危ない場面が何度もあった」
「……分かっている」
意外にもカイは素直にそれを認めた。
「だが俺は守りの魔法は得意ではない。エーレンベルク家は代々、圧倒的な攻撃魔法で敵を殲滅する戦闘スタイルを叩きこまれるんだ」
初めて聞く彼の家のこと。名門貴族の嫡男としての重圧が、その言葉の端々から滲み出ている。
「それなら僕が君の盾になる」
ユキはまっすぐにカイの瞳を見て言った。
「僕の魔法は攻撃力では君に敵わない。でも戦況を読んで危険を予測し、味方を守ることなら誰にも負けない自信がある。君が全力で攻撃に集中できるように、君の背中は僕が守る。だから……僕を信じてほしい」
それはユキの魂からの叫びだった。カイはその真摯な瞳から目を逸らせなかった。ユキの魔法がただの補助ではないこと、昨日の試合で彼の咄嗟の機転がなければ勝てなかったであろうことは、カイ自身が一番よく分かっていた。
カイはようやく重い口を開いた。
「……いいだろう。試してみる」
その日から二人の訓練は様変わりした。カイは初めてユキに背中を預けた。ユキはカイの動きを完璧に予測し、彼が攻撃に転じる一瞬前にあらゆる危険から彼を守るための魔法を展開する。
最初はぎこちなかった連携も訓練を重ねるうちに、まるで呼吸をするかのように自然になっていった。カイが炎を放てばユキは風を操ってその威力を増幅させ、カイが氷の魔法で敵の動きを止めればユキは光の矢で正確にその急所を射抜く。
二人の間に少しずつ会話が生まれていった。
訓練の合間、ユキは自分がオメガであることを隠してきた理由をぽつりぽつりと話した。不当な扱いにどれだけ傷つき、自分の力だけで認められるためにどれほどの努力を重ねてきたか。
カイは黙ってその話を聞いていた。彼はユキがただ反抗的なだけのオメガではないことを、その言葉から、そしてこれまでの彼の行動から深く理解し始めていた。彼はカイ自身よりもずっと、誇り高く強い魂を持っている。
一方、ユキもまたカイの意外な一面に触れていた。彼が夜遅くまで一人で血の滲むような努力を続けていること。名家の嫡男として常に完璧であることを求められ、たった一人でその重圧に耐えていること。彼の傲慢さはその孤独と不安を隠すための鎧だったのかもしれない。
「なぜ、そこまでして強さを求めるんだ?」
ある夜、ユキはカイに尋ねた。
「……俺には守らなければならないものがあるからだ」
カイは遠くの夜空を見つめながら静かに答えた。その横顔はいつもの傲慢な彼とは違う、どこか寂しげな表情をしていた。
そして迎えたトーナメント二回戦。
対戦相手は優勝候補の一角と目される実力派のアルファのペアだった。観客席の誰もがユキとカイの苦戦を予想していた。
しかし試合開始の合図と共に、闘技場の空気は一変した。
「――行け!」
カイの号令と共に巨大な炎の獅子が咆哮を上げて相手に襲いかかる。相手ペアが防御魔法でそれを防ごうとした瞬間、ユキが展開していた不可視の魔法陣が発動し、彼らの足元から氷の鎖が飛び出して動きを封じた。
「なっ!?」
完全に意表を突かれた相手に、カイの追撃が容赦なく降り注ぐ。カイが攻撃すればユキがそれを完璧に補助し、相手の反撃はユキの防御魔法によって完全に封殺される。それはもはや戦いというよりは、一つの芸術のようだった。反発しあっていた二つの魂が、今は完璧な調和をもって一つの生き物のように戦っている。
以前とは見違えるような息の合った連携魔法。観客はただ呆然とその光景を見つめることしかできなかった。
試合はあっという間に決着がついた。圧倒的な勝利。
審判が勝者として二人の名前を告げると、闘技場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。それは驚嘆とそして賞賛の声だった。
カイとユキは荒い息をつきながら視線を交わした。
「やるじゃないか、ユキ」
カイが初めてユキの名前を呼び、不器用に微笑んだ。
「君こそ、カイ」
ユキもまた自然に笑みを返していた。
言葉は少なかったが互いの瞳を見ればすべてが伝わった。そこにはいがみ合っていた頃の影はなく、パートナーとしての確かな信頼の芽生えが温かい光となって宿っていた。二人の黄金の鎖がキラリと輝いた気がした。
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