6.Dreams & Delusions
春眠暁を覚えず 処処啼鳥をきく。
これは中学校の時に出てきた文で、春はとても眠いという意味だったと思う。年中授業の時間は眠いなーと思っている私よりも眠くないくせに、偉そうに詩なんか作りやがってと思って心に残ってるものだ。続きの文がどんなものだったのか覚えてないし、そもそも今の部分の訳が合ってるかも分からない。
現在4時間目の古典の授業。久しぶりに聞いた文章だなと思いながら聞き流していた。
この前ふと唯の事が好きだと自覚してから臨んだ体育祭。元運動部なりにかっこいい所を見せようと思っていたり、くっつきイベントでやらかすのではないか等、色々な事を考えていたが、ほとんどが自分の予想外の出来事で終わっていた。自分の想像内でしか起こりえない日常よりも、想像を超える出来事が沢山の日常の方がいいに決まっている。今回はそのお陰でとても楽しい体育祭になったなぁと改めて振り返っていた。
唯の事をちらっと盗み見してみる。私と違って真面目に聞いている唯。この辺の積み重ねが成績と補習の有無に関わってくるのだろう。つまり私は前回の補習から何も学んでいないのだ。
瞼が重くなってくる。体育祭の疲れかな?多分違う。
今授業で眠い事を題材にした文章を扱っているせいだ!
……
「ちょっと奏子!遅刻だよ!まだ来ないの?」
ん?唯が呼んでる?
「なにー?どうしたの?」
「どうしたの?って今日ソフトボールの大会じゃない。あんなに張り切ってたのに寝坊?」
覚えがない。けれど唯がこんな嘘をつく事は無いだろう。
「ごめん!今行くから待ってー。」
「分かった。早くしてよ。」
急いで家を出ると、そこにはユニフォーム姿の唯がいた。似合ってる。
「ごめんおまたせー。めちゃくちゃ張り切ってるね。」
「勿論!すごく楽しみにしてたんだから!さあ行くよ!」
唯は運動はあまり興味なく、この前の体育祭も乗り気じゃなかったはずだ。けれど今、ソフトボールの大会?でこんなにも張り切ってくれている。
「到着!」
「え?早くない?こんな近くに球場なんてあったっけ?」
「細かい事は気にしなーい。もう試合始まるって!じゃあね!」
「じゃあねって同じチームじゃないの?」
「何言ってるの?今日はお互い対戦するって言ってたじゃない。」
と言いながら唯は自チームと思われる方へ走っていった。うーん。覚えがない。私も唯が走っていった方とは別のチームへ行ってみる。
「おはようございます。鈴音さん。うちは先攻だからね。じゃあ、1番ピッチャーよろしくね!」
「え?あ、はい!私1番なんですね?頑張ります!」
着いていきなり大役を言い渡される。試合までわずかな時間しかないが、急いで準備を始める。こんな時間ギリギリになるなら寝坊なんてするんじゃなかった。
そんな私の泣き言なんか通用するわけもなく、すぐに集合の合図がかかる。
「プレイボール!」
1番バッターの私はすぐにバットを持って左打席に向かう。
「奏子!本気で行くからね!」
唯がピッチャー!?
どうやら本当に唯と対戦するようだ。ならば私もぼこぼこにするつもりで行く。元ソフトボール部だからと言って手を抜く事は一切しない。ホームラン、とはいかなくても最低限綺麗なヒットで出塁してみせる。
打席に立ち、唯見る。ふむ、構えは綺麗だ。
ゆったりと右腕を後ろへ上げる。その上げた腕を前方へ振り下ろし、勢いそのままに1回転させる。
まじか!ウィンドミルで投げるのか。
しかもその動作全てが美しい。まるで昔テレビで見た日本代表のピッチャーそのものだ。
なんて見とれていると、ズドン!というとんでもない音がキャッチャーから聞こえてきた。
「ストライク!」
球種はストレート。早い。早すぎる。
しかもただのストレートではない。うなりをあげるかのようなノビのある球筋。恐らくとんでもない量のスピンがかかっているのだろう。この手のピッチャーは相当手強い。コースも1cmでも外れていたらボールになるであろう厳しい所。全く手が出なかった。しかし弱音を吐いても意味が無い。次は打つつもりで全神経を集中させて2球目を待つ。
唯が先程と変わらず綺麗なフォームで投げる。
1球目と同じコース?これは相当舐められているな?ならば当ててみせる!
ズドン!ブン!
「ストライク2!」
またもストレート。
明らかにキャッチャーミットに納まってからスイングをしている。……もうかっこよくヒットなんて言ってられない。今度こそ当てないと三振してしまう。バットを短く持ち直して、立ち位置も後方に移動する。コースは先程と同じ所ガン絞りでいい。
唯がまたも変わらずに綺麗なフォームで投げる。
同じタイミングではまた振り遅れてしまう。少しだけ振り始めを早くするんだ。よし、バッチリ!コースも読み通り同じ所!これなら当たる!
……そう思ったのも束の間。
ボールが……来ない?
先程とは違い、来ないボールを迎えに行くように、前のめりに倒れながら力のない空振りをしてしまう。
唯が投げてきたのはチェンジアップ。
ストレートと変わらない腕の振りで、少しだけ球速を遅くする変化球。ストレートに狙いを絞っているバッターには効果がてきめんな球種。
そう、今の私みたいに。
「ストライク3!」
審判から三振、そしてアウトのコールがされる。私を討ち取って嬉しいのか、ピースをしてくる唯を横目にトボトボと自陣へ帰っていく。
まさか唯がここまでのピッチャーだとは思わなかった。唯の投げてきた球は本当に素晴らしかったし、私の心理を利用した配球にも完璧にやられた。私にとっては数字として残る結果以上に負けた気がしていた。
この負けを取り返すには、まずは唯を三振に取らなくてはいけない。ウィンドミルなんて試合でやった事は無いけどやってやろうじゃないか。とりあえず唯のみようみまねで体を動かしてみた。
あれ?意外。昔試合でやらなかったのが不思議な位自然に投げられてる。唯ほどの球速は出てないけれど、これなら対抗できるかもしれない。
しかし、満足に練習する暇も無く、9回目のズドン!という音と共に審判からチェンジが告げられた。
やべぇな、この回9球で三者三振か。やはりと言ったらチームメイトには失礼だが、その後のバッターも全く手が出なかったようだ。
攻守交替と共に私も負けじとマウンドへ上がる。どうやら唯が1番バッターのようだ。
右打席に立つ唯は私の事を笑顔で楽しそうに見つめながら待っている。先程の結果を見れば舐められるのは当然かもしれないが、その余裕、すぐにぶっ壊してやる!
そう思いながら全力で唯に1球目を投げる。唯ほどの球速は出ていないが、コースは外低め。初見のピッチャー相手に初球から無理やり手を出すなんてあまり考えたくならない、いいコースだろう。
ガン!
そんな小さな満足も束の間。漫画でよく見るカキーンなんて生ぬるい音ではなく、ピッチャーを絶望させるには十分すぎる鈍い打音。
打球を追う必要も無い位の完璧なホームラン。私のかんぱ……
「奏子ーいつまで寝てるの?授業終わったよー?奏子起きないと私のお弁当が無いよー。」
「うぇぇ!?え?夢?」
「夢見るほど熟睡してたの?」
「あはは……そうみたい。お弁当だよね。はい、どうぞ。」
「ありがとう!今日は何かな〜?」
どうやら私はいつの間にか寝ていたようだ。しかも唯が言う通り、夢を見る程の熟睡っぷり。
「奏子はさー、授業始まってからどれ位で寝たの?」
「10分も持たなかったんじゃないかな?この前の体育祭で疲れちゃって。」
「それじゃあ聞いてないかもね。夢の話なんだけど。」
夢、という言葉を聞いて体が少し反応してしまう。まさか、唯と一緒にいた夢ってバレてる?
「昔の人は夢に好きな人が出て来ると、そのお相手さんも自分の事が好きで、会いたくなって夢の中まで来るって考えられてたらしいよ。要するに脈アリ的な感じ。面白いよね。」
「うぇぇ!?そ、そうなんだぁ〜。」
「なに?変な声出して。また寝てたの〜?」
予想外の内容。またチェンジアップで打ち取られた気分だ。
しかし、それは確かに面白いし魅力的な内容だ。けれど、今の夢の場合どうなるんだろう?バチバチに対戦していたけど好きにカウントされるのかな?
「昔の話だしね。今はもう記憶の整理とか言われてるけど。」
「そ、そうだよねぇ〜。昔の人の話だよねぇ〜。」
「うーん?奏子変だよ?さっきからどうしたの?まさか、好きな人の夢でも見てた?」
唯の的確で鋭いツッコミ。唯には私の心の中が見えてるのかな?
「ち、違うよ!その話面白いと思って過去にどんな夢見たかなって考えてただけ!それだけ!」
じとっ〜と怪しいものを見る目で私を見てくる唯。思わず目を逸らしてしまう。
「ほら!私が変なのはいつもの事でしょ!」
「そうだったね。」
「否定をしろ!」
「はいはい。」
「むむむ。納得いかない。」
午後からは夢の振り返りと、今唯から頂いた内容の検証で、眠気と戦う必要は無さそうだ。
次の日。
昨日はお弁当の日だったので今日は唯と2人で学食に来ていた。
そして今日も授業中に学んだ?事で考え事をしていた。
この世に絶対は無い。
さっきの物理の授業で先生が言っていた。この世にはどんな状況でも必ずそうなる事は存在しない、という意味らしい。
中々面白い話だなと珍しく先生の話を真面目に聞いていたのだが、この絶対という単語、私達の何気ない会話の中で沢山使われていないだろうか。例えば、絶対行くね!等の約束。本人には守る気があっても、途中で事故にあったら?他の出来事で達成が不可になったら?これらが起こる可能性は0ではない。そうなった場合約束は果たせない。つまり絶対という表現は正しくない。
仮に私がこの世で絶対的な物を発見したらどうなるだろう。もしかしたら空間に穴を開ける理論の根本になって、瞬間移動が可能になるかもしれない。もしかしたら光の速さを超えてタイムトラベルが可能になるかもしれない。もしかしたら今の3次元を超えた次元に行けるかもしれない。そんな事になったら奏子ちゃん科学賞なんてものが出来ちゃう。私の頭じゃ無理だろうけどね。
だが、この言葉に「私にとって」という言葉を付け加えてみたらどうだろうか。私にとってこの世に絶対は無い。うむ。絶対は存在する。それは唯が私の事を絶対に裏切らないという事だ。
もし私達が絶対という言葉を付けて約束をしたとしよう。唯は必ずそれに向けて行動するだろう。仮に達成されなかった場合は何かしらの不慮の事故があったと断定できる。唯の意志ではない。間違いない。100%だ。絶対だ。そして、その後に唯はこれでもかと謝ってくるだろう。唯はそんな娘だ。
ここまでの考えで、お前の考えた絶対は緩すぎるだとか、自分の都合の良いように相手を動かしすぎだ等のツッコミが来るだろう。確かにそうだ。私も否定しない。
つまり私が何を言いたかったかというと、こんなにも信頼できる人がいて幸せだ、という事だ。
この世には今の私と同じように、信頼できる人と一緒にいる人はどれ位いるだろう。恐らく少ない。私はそんな人と出会えただけでも、かなりラッキーだろう。しかも私は高校生になりたてのまだ誕生日が来ていない15歳。こんな年齢でここまで色々考えてたどり着けた人はどれ位いるのだろうか。
ここで現実に戻ってみる。隣では唯が先程貰った学食を食べていた。私はほとんど進んでいないのに対し、唯はほぼ食べ終えている。今日もまたトリップしていたようだ。
「ごちそうさま。ってまた奏子全然進んでないじゃん!どうしたの?もしかして病気?」
「ごめん何でもないよ。私は元気。考え事してただけ。」
「それならいいけど……。昨日も変だったし本当に大丈夫?」
昨日はからかい半分な唯だったが、流石に2日連続のおかしな行動はまずかったようで、本気で心配させてしまったようだ。
少し急ぎめに食べ進める私を唯は心配そうな目で見ている。本当に何もないって。多分そう繰り返しても、唯の心配な目は無くならないだろう。昨日と今日の行動を少し反省。
しかし、病気ねぇ。あえて名前を付けるならば恋の病だろうか。治療方法は確立されていません。薬もありません。直すにはその好きな人と出来るだけ一緒にいましょう。
自分で考えていて少し恥ずかしくなった。
「奏子顔赤いけどやっぱり熱か何かあるんじゃないの?」
しまった!全然反省出来てないじゃないか!
誤魔化すように食べるスピードを上げる私を更に心配そうに見る唯。これはもう不治の病かもしれない。
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