7.Happy Birthday KANAKO!


 唯もこのような気持ちで迎えていたのだろうか。

 2学期が始まってから半分位が過ぎた頃、私は気になってそわそわしている事があった。

 今まではその時が来れば毎年家族が祝ってくれた。パーティーをしたり、外食に行ったり。家でケーキを自作する事もあった。そう、誕生日である。

 だが、今年は一味違っていた。唯の存在である。家族もだが、唯に一番祝って欲しいと思っていた。

 唯の誕生日に私は1日使って唯を連れまわした。勿論適当にではなくて、唯の好みに合いそうなものを選んだし、下見もしっかりして計画を立てた。唯の誕生日なんだから私が1日唯を好きなようにするね、なんて言ったっけ。今じゃ言う事を躊躇うであろう事をよく言ったなと思う。そして、図々しくも私の誕生日も楽しみにしてる、とも言った。唯は私の為に何か考えてくれているのだろうか。

 そんな悩みも終わる時が来る。私の誕生日が来る週の月曜日の事だった。

「10/27は奏子の誕生日だよね?しかも今年は土曜日。」

 ずっと待っていた話題。待ってましたぁ!と言わんばかりに唯に食いつく。

「そうだよ!覚えててくれたんだね!ありがとう!」

「勿論覚えてますよ!だってす、じゃなくて奏子の誕生日だもん!楽しみにしててね!」

 酢って何だ?それはさておき、どうやら唯も私の誕生日に何か計画してくれているようだ。とても嬉しいなんてレベルの話ではない。

「それでさ、私のわがままも少し入ってるんだけど、10/26の金曜日に学校終わったら奏子の家に泊まりで遊びに行っていいかな?そうすれば土曜日1日遊べるかなって思うんだけど。奏子の家族とのお祝いの時間もあるだろうからそこを邪魔しない範囲でお願いしたいんだけど。それと単純に奏子家へ遊びに行ってみたい。」

「勿論全部おっけー!是非遊びに来て!」

「え?まだ家の人と何も相談してないよね?大丈夫?」

「大丈夫だよ!うちのお母さんも唯の事は知ってるし、私が唯の家に泊まりへ行った後、唯もうちへ泊まりに来ていいよって言ってたし!というかダメって言われても私が押し通すから!」

「そうなの?でもしっかり確認はしてね?今日帰ったらお母さんに聞いて返事を貰えると嬉しい。」

「分かった!帰ったら一番最初に聞いてすぐに連絡するね!」

 まさか泊まりまで計画に入れてくれていたとは驚きだった。唯はああ言ってたけれど、うちの母が断る事は無いだろう。


 金曜日の放課後。

 結局、うちの母が断る事は無く、唯とのお泊まりの計画は順調に進んでいった。

 唯は私が泊まりに行った時のように一度家へ帰ってから荷物を置いて着替えてから来るらしい。帰宅へついて行こうかと思ったけど、一度行った事があるから大丈夫と断られた。ここが前回のお泊まり会との違いだろう。私は学校で一度別れてからすぐに帰宅した。唯が来るまでに何か用意をしておこうと思ったが、そんな事は必要無い。部屋の掃除と片付け、寝るための用意、お菓子や飲み物の用意等全て必要なものは昨日のうちに済ませてある。部屋の中でまだ来ないのかな?とそわそわしていたが、結局耐えられなくて玄関先で待つ事にしてしまった。

 程なくして唯からもうすぐ着くね!との連絡が来る。家の門を出て、唯が来るであろう方向を見てみると本当に目の前まで来ていた。

「奏子お待たせ~。それとお出迎えありがとう~。」

「いえいえ~。遠くからわざわざありがとうね。」

「さっき連絡したばかりなのに来てくれたって事は、もしかしてずっとここで待っててくれたって事?」

「いやぁ~……。さっきもうすぐ来るよってメッセージが来たから外に出ただけだよ?」

 何も間違った事は言っていない。落ち着かずにそわそわして玄関先にいました、なんて恥ずかしくて言えません。

「そんな事より!立ち話もアレだから家に入ろう。」

「そうだね。では、お邪魔します。」

「いらっしゃい。おかーさーん唯来たよー。」

「そういえば奏子の部屋は妹さんと一緒だったよね?私来たけど大丈夫かな?」

「うん。気にしないで。今日はリビングにいてもらう事にしたから。」

 申し訳なさそうな顔をしている唯。もしかして唯が来た事で妹を締め出したとでも思っているのだろうか。大丈夫、そんな事は一切ない。いつもと違う所で寝られるーってはしゃいでた位だし、むしろ楽しそうだったよ。

「唯は私の部屋に行ってて。場所分かるよね?私は飲み物取ってから行くね。」

「分かった。よろしくね。」

 階段を上る唯を見送りながら、私は台所へ。遅れて母が唯に挨拶を、と来たがもう既に唯の姿は無い。ちょっと来るのが遅かったね、とツッコんでから、私は既に用意していたグラスと、冷蔵庫から飲み物を取ってすぐに部屋へ行く。


 部屋に行くと唯は私のベッドに座っていた。私も唯の家へ泊まりに行った時、同じ事をしたけれど自分のベッドに座られるのは少し照れてしまう。唯もこんな気持ちだったのだろうか。

「お待たせー。よくそっちのベッドが私のだって分かったね。」

「前来た時と同じだし、隣の机に置いてあるものが奏子の物だからね。」

「なるほどね。布団の匂い嗅いで判断しましたとか言うと思った。」

「……そんな事しなくてもどっちか分かるから。というか私ってそんなイメージなの?」

「私の中では結構わんちゃんのイメージ強いよ。大丈夫、嫌だって意味じゃないから安心して。」

 まるで、えー……とでも言いたげな顔で私を見てくる唯。不満そうな顔をしているけれど、さっきの言葉、見て分からなかったら匂いで判断してたよ、って言っているのと同義だよ?

 唯が納得いかない、と言う顔をしながらもくるんとベッドから降りて、持ってきた荷物をがさごそし始めた。荷物はそこまで多くは無い。泊まるだけだし着替えと小物が少しあれば平気だし当然か。

「今日はこの子も持ってきたの。明日出掛けたいから晴れるといいなと思って。実績十分だし頼りにしてるよ。」

 唯が取り出したのは私が誕生日に唯にあげた、てるてるぼうずだった。

「お、久しぶりじゃん。唯の家ではいい子にしてるかい?」

「うん。すっごくおとなしいし暴れたりもしないいい子だよ。」

 私の冗談に乗ってくれる唯。何をイメージしているのだろうか。小さい猫かなにかかな?

「大事にしてくれているようで嬉しいよ。」

「窓辺に置いておくと毎日の天気が晴れになりそうだから、部屋の中に飾ってる。」

「唯の中ではそんなに凄い子なんだ。明日出掛けるって言ってたけどどこに行くの?」

「まだ秘密だよー。」

「目隠しされて連れまわされるのね。きゃー怖い~。」

「え~……。そんな事しませんけど?それともして欲しいの?」

「冗談だって。楽しみにしてる。」

 自分でも分かる位浮かれて変な事言ってるなぁと思う。しょうがないじゃん。ずっと楽しみにしてたんだもん。

「晩御飯まで時間あるよ。なにする?」

「そうだね。この前奏子が補習だったし勉強でもする?」

「ええい、却下!」

 友達の家へ遊びに来た時でも勉強という選択肢が出るのだからやっぱり唯は優等生じゃないか!荷物に手を伸ばしていたあたりどうやら冗談じゃなく、しかも勉強道具も持って来ているっぽい。折角遊びに来てもらったんだから勉強なんかさせないぞ!

 あれ、なんか私悪い人になってない?


 唯の勉強会を何とか阻止して、大体2時間位経っただろうか。私の部屋にはゲームも無ければテレビも無いので、結局唯とおしゃべりしていた。特に、ハマっているゲームについて熱弁する唯の姿はいつもより生き生きしていて話の内容より、話している姿がとても面白く思えた。

 スマホが鳴ったので確認してみると母からご飯出来たよ、との知らせが。分かった、と返信して唯を連れて階段を下りていく。

「こんばんは。お邪魔しております。かなこ……じゃなくて奏子さんにいつもお世話になっております西川唯と申します。よろしくお願いします。」

 やや緊張気味に私の家族へ丁寧に挨拶する唯。母とは初対面じゃないし、後は父と妹なんだからそこまでかしこまらなくても……と思うのだが、やはり礼儀正しい唯の事だから、そんな事は考えもしないのだろう。

「こんばんは。話は奏子から聞いてます。ご丁寧にありがとうございます。」

 と、父。妹は口を開かずにじーっと唯の顔を見つめていた。

 唯を席へ案内し、私も隣に座る。私の左隣に唯、目の前が父で、その隣が母。角を挟んで右隣が妹だ。

「唯ちゃんそんなに緊張しなくていいからね。うちの奏子も唯ちゃんの家へ遊びに行った時、お世話になってるんだから。遠慮せずにいっぱい食べてね。」

 とは言いながらも、最初に盛った量は私とあまり変わない。いきなり大量に盛って、無理やり食べさせても辛いだけだから、おかわりして調整してね、という気遣いだろう。ちなみに今日の晩御飯はカレーだ。

 母が全員分のカレーをよそい終わって、皆でいただきますをした後、早速唯を質問攻めしていた。

「ちょっとお母さん、変な事聞かないでよ?唯も変な事言わないでね?」

「変な事って何よ?」

「奏子この前自分で自分の事変って言ってなかった?」

「唯ちゃんそれ本当?ようやく娘も自分のおかしさに気付いたか!」

 母が1人大盛り上がりしている。母の食いつきポイントには少し呆れてしまうが、今日だけはお客さんとその話で盛り上がるなら目を瞑ってあげよう。唯は自分の発言に少し申し訳なさを感じたのか私にアイコンタクトで謝っていた。

 その後も唯は大丈夫だと思うけど、特に母から失言が出ないように注意しておく。私が唯の家へ遊びに行った時は、唯のお母さんと話す事が楽しくてよく考えずに会話してたけど、その時の唯もこんな気持ちでいたのだろうか。もしそうだったら申し訳ないと思う。

 父は、いつもはよく話すのだが、今日は私の同い年の、しかも女の子の友達がいるためか遠慮している。しかし、一番不思議だったのが妹だ。何もしゃべらないでずーっと唯の事を見ている。見ているというよりは観察しているという表現の方が正しいかもしれない。唯もその妹の視線に気付いて妹の方を見るのだが、気まずいのか先に視線を逸らすのは唯の方だった。妹的には唯の事を気に入ったのか、はたまた気に食わないのか。妹がカレーを食べ終えて部屋を出ていくまでずっとそれが続いていた。なんだったのだろう。

 私達も食べ終えた後、食器を片付けてすぐに部屋に戻る。あまり長居してもリスクが増えるだけだからね。

「さっきはごめんね。話の流れとはいえ奏子にはちょっと申し訳ない事言っちゃったかも。」

「大丈夫だよ。私が友達を連れてきて浮かれてたのは母だし、その相手をしてくれてありがとうね。」

 実際その後は、唯は聞いてて分かる位、言葉に気を付けながら話をしていたし。それでいて楽しく話しているのだから凄いなとさえ思っていた位だ。

 とんとん。

 部屋をノックする音。母だろうか?何か忘れものかな?ドアを開けてみる。

「私も唯さんとお話ししたい。」

 なんとそこにいたのは妹だった。しかも目的は唯。

「ちょっと!今日はこっちの部屋に来ないでって言ったでしょ?」

「寝る時には帰るから。おねーちゃんじゃなくて唯さんに会いに来たの!」

「変な事言ってないで帰りなさい。唯からも言ってよ!」

「私はいいけど……。」

「ほら!いいよって言ってるじゃん!」

 唯の言葉を聞いて、目を光らせながらどかどかと部屋へ入ってくる妹。しかも図々しく唯の隣を陣取っている。先程の観察はお気に入りの観察だったのか。

 本来であればそのポジションには私がいたはずなのだが、唯もいいよと言っているので今だけ妹に譲ってあげる。さて、この妹は何を話すんだ?

 と思ったのだが、先程と変わらずにじーっと唯の事を見つめている。唯も少し困っているじゃないか。唯も唯で、泊まりに来た友達の妹とはいえ、小学4年生の子相手にもう少し堂々としてもいいと思う。

 観察に満足したのか、一番に口を開いたのは妹だった。

「あのね、私唯さんの事知ってるよ。おねーちゃんがいっつも唯さんの事話してるから。お弁当も作ってあげてるし、家にも泊まりに行ったし、浴衣を着てお祭りにも行ったし、この前もすっごく楽しそうに出掛けて行ったし。あれも唯さんと遊びに行くためでしょ?最近はご飯の時話すのが唯さんの事ばっかり。電話してるのも唯さんでしょ?後、おねーちゃんのスマホにいるのも唯さんでしょ?」

「ちょっと!変な事言わないで!」

「変ってなんだよう。全部事実じゃん!」

 やっと口を開いたかと思えばまさかの饒舌ぶり。しかもさらっと恥ずかしい事まで喋ってる。

「えーと……。スマホにいるって何かな?」

「おねーちゃんのスマホの最初の画面に唯さんとおねーちゃんがおんなじ髪型してるやつ。」

「もしかしてこの写真の事かな?」

 唯が自分のスマホをいじりながら妹に見せる。

「そうだよ!唯さんも同じ写真持ってたんだね。」

「最初の画面って事は壁紙かな?私もおんなじ写真壁紙にしてるんだよ。」

「おねーちゃんがね、その写真見てにこにこしてたよ。おねーちゃんスマホ貸して!」

 私のスマホと、唯が差し出したスマホ。見事に同じ写真が並ぶ。何故か一番楽しそうだったのは妹だった。

「おねーちゃんって唯さんの事好きだよね?唯さんもおねーちゃんの事好きなの?」

「ちょっと!変な事言わないで!それと唯が困る質問しない!」

「奏子大丈夫だって。あなたの言う通り私はおねーちゃんの事好きだよ。」

「じゃあ2人は両想いってやつなの?」

「確かにそうだね。」

 唯がうなずいて妹の頭を嬉しそうに撫でている。その撫でられている手に嬉しそうに応える妹。まるで飼い主に撫でられて尻尾をブンブン振りまくっている犬のようだ。妹よ、そんな姿初めて見たぞ。

 今唯に好きだと言われたが、ドキドキやトキメキというものはあまり無かった。唯が妹に合わせて言ってくれた言葉だと分かっているので、当たり前だ。本気の言葉は本番?に取っておいてもらおう。私の希望的観測。考えてて少し恥ずかしいなと思った。

「ねーねー唯さんおねーちゃんの話もっと聞きたい?」

「うん。聞きたいな。良ければ色んな事教えて。」

「唯もわざわざ妹の話に乗ってあげなくていいからね?それとあんた余計な事言わないでね?」

 撫でられて気分が良くなったのか、爆弾発言をしようとする妹。勿論唯に聞かれて悪い事など……た、多分無いのだけど念のためね。ほら、妹はまだ小学4年生だし、説明が下手であらぬ誤解を与えてしまうかもしれないじゃん?そんな事が起きない様に、どっかりと腰を下ろして2人の会話を聞く。

 楽しそうに話を聞く唯と、嬉しそうに話をする妹。そしてその2人を見守る私。特に2人の会話に口を出す事は無かったのだが、妹はやはり私の妹なんだな~と思った。多分妹も唯の事が好きなのだろう。私の家での話を聞いていたとはいえ、今日初めて会ったはずの人にここまですぐに懐くなんて、人を好きになる基準も似ているのだろう。

 さっきは追い出そうとしたが、ここまで素直に好きを表現して楽しそうにするなら、今この少しの時間位なら私の大好きな唯を貸してあげよう。


 あれからずっと飽きもせず、2人は私の事を話してるのだが、そんなに楽しいのだろうか?私も少し呆れ気味で、もう2人の会話は聞かなくてもいいやと思った頃、母からお風呂が出来たから唯ちゃん先に入れて、というメッセージが来た。

「そろそろ2人共お話終わり。唯はお風呂が湧いたから先に入って来て。あんたは約束通り部屋に戻りなさい。」

「えー。もう終わり?そうだ!唯さんお風呂一緒に入ろう!」

「はぁ?バカな事言ってないでさっさと戻りなさい!唯は私とお風呂に入るんだから!」

「え?私奏子とお風呂入るの?それはまだ恥ずかしい……。」

 しまった!話の流れでつい変な事を言ってしまった。変な事話してるのは私じゃん……。

「えーと……。この前唯の家に泊まりへ行った時も冗談で言ったじゃん?それと一緒だから!とにかく一番風呂はお客さんに入ってもらうんだから遠慮なく行ってきて。」

「おねーちゃん変。」

「うるさい!あんたは早く部屋に戻りなさい!」

「分かったよぅ。じゃあ唯さんお風呂まで案内してあげるね!」

 お風呂の準備をし終えた唯の手を握って部屋を出ていく妹。まったく。この妹は……。

 2人を見送って部屋に1人。ふぅとため息をつく。さっきまで騒がしかった部屋が一瞬で静かになった。部屋は……そんなに散らかっていない。それもそうだ、お話してただけなんだから。話していた内容を振り返ってみると、少し妹に対してあたりが強かった事に気付く。バカはちょっと言い過ぎたかもしれない。唯を取られた事にちょっとだけイラついたのかもしれない。姉として少し恥ずかしい姿を見せてしまった。妹に後で謝っておこう。


 お邪魔している身だから、と、あまり時間をかけずにお風呂から上がってきた唯。唯が部屋へ戻ってきた後、そんな事気にしなくてもいいのにと思いながら私もお風呂へ向かう。唯を1人部屋に残しておくのも悪いし、私も長湯せずにさっさと部屋へ戻ろう。

 しっかりと着替えを済ませてから部屋に戻ると、唯が1人でだらけていた。良かった、私がいない隙をついて妹がまた来てるんじゃないかと思ってた。

「ただいま。おまたせ。さっきは妹の相手してくれてありがとうね。私もまさか妹が来ると思ってなかった上に、あんなに懐くとは思ってなくて。」

「おかえり。大丈夫だよ。私はひとりっこだから初めて妹が出来たみたいで楽しかったよ。」

「そう言ってもらえると助かる。私に対してはさっきみたいに丁寧じゃないし、もっと生意気なんだけどね。」

「姉妹っぽくていいじゃない。奏子も妹だから見せる表情とかしてたし。なんか新鮮だったよ。」

「あ~。その事なんだけどさっきはごめんね。あんまりよろしくない言葉とか言ってたし。」

「全然。むしろ羨ましい位。」

 言葉が悪い方が羨ましい?多分唯の言いたい事はそうじゃないだろう。気軽に素で話せる関係。確かに私から見て妹と唯とでは言葉選びに大きな差がある。どちらが私の素に近いかといったら勿論妹の方だろう。妹は生まれた時からずっと一緒にいるわけだし、そんな言葉ひとつで関係が壊れるなんて微塵も思ってないから、ありのままでいられる。対して唯はどうだろうか。唯は私が好きな人なので絶対に嫌われたくない。となるとやはり言葉選びや、その他行動も全て限られてくるだろう。こう考えてみると確かに妹と唯じゃ接し方に大きな差があるなと思う。私からみてもどちらの接し方がいいかと言われたら勿論妹の方だろう。どうやら妹の乱入のおかげで大事な事を気付かされたらしい。追加でお礼も言っておこう。

「どうしたの奏子?また黙っちゃって。」

「ごめんごめん。何でもないよ。少し考え事をしてただけ。それより明日の外出先はまだ秘密なんだよね?何時に家を出るの?」

「朝ごはんを頂いてからひと息ついて、それから出掛けようと思ってるんだけど大丈夫かな?」

「分かった。お母さんにも連絡しておくね。」

「うん。お願いします。」

「それじゃあもう今日は早めに寝る?」

「そうだね。お話も寝ながらできるし布団に入ろうかな。」

「おっけー。じゃあ一緒に……」

 寝る?と言いかけたところでフリーズしてしまった。唯の家へ遊びに行った時は最後の日一緒に寝たし、別に自然な事だろう。ただ、あの時の私とは違って唯の事をただの友達ではなく、好きな人だと意識している。この辺が先程唯に指摘された点だろう。私の素直な気持ちはどうだ?それを隠さずに言えばいいじゃないか。

「一緒に寝よう。」

「う、うん。そうだね。一緒に寝よう。」

 ほら、唯も私の気持ちに答えてくれたじゃない。

 前とは逆で私が唯を誘う番。先にベッドへ入って唯の入れるスペースを開けて手招きする。少し恥ずかしがりながらもぞもぞと入ってくる唯。そんな動きしてると私も照れちゃうよ。

「狭いね。」

「唯のベッドもこんな感じで狭かったよ。」

 1人用のベッドに2人が入るとこんな感じ。もっと端に寄ればもう少しだけ広く使えるが、寝てる時に落ちてしまう為、どうしても真ん中の方へ寄ってしまう。手を少し動かせば繋げてしまう位の距離しかなく、片方が少し動けば、その動きがダイレクトに分かってしまう。

「もうすぐ奏子の誕生日だね。」

 体をひとひねりしながらこちらの方を向く唯。私も倣って体をひねる。お互いが顔を合わせればその距離は約30cm。ほんの少し赤い顔の唯からはちょっとだけ緊張してるんだなぁと分かる。

「今まで誕生日の日に家族以外の人にこうやって祝ってもらったのって初めてなの。だから今すっごく楽しい。ありがとうね。」

「どういたしまして。明日は私が奏子の事を1日好きにするからね。覚悟しておいてね。」

 この前の唯の誕生日の時に言った私の真似だろうか。明日1日唯が私の事をこれでもかというほど振り回すところを想像してみる。普段の唯からはあまり想像つかない姿で、つい笑ってしまった。

「なんで笑うの?もしかして私にはそんな事出来ないんじゃないかとか思ってない?」

「おお?よく分かったね。その通りだよ。明日はなんて言ったって私の誕生日だから、私が唯の事1日振り回そうかな~。」

「それはずるい!この前のお返しなんだから明日はおとなしく私に振り回されなさい!」

「あははは。」

 からかい半分の私に対して、まるで主導権は渡さないぞと言わんばかりの真剣な表情の唯。あまりにも本気で返してくる唯に更に笑ってしまった。そして今日この日に、こんな会話をしている事がとても楽しく、幸せだった。

「奏子笑いすぎだって。ほら、もう0時回っちゃったじゃない。改めてお誕生日おめでとう。」

「あ、ほんとだ!でもね、こんなに笑いながら誕生日を迎えられて幸せだよ。ありがとう。」

「そうなの?それは良かったよ。」

 折角こんな近い距離にいるので、お礼の意味も込めて唯の頭を撫でる。唯はいきなりでびっくりしたのか、掛け布団で目から下を隠してしまった。

「日にちも変わっちゃったし今日はもう寝ようか。」

「う、うん。そうだね。おやすみ。」

「はーい。おやすみ。」

 私が寝ようねと言った手前それ以上話す事は無く、気付いた時には横から寝息が聞こえてきた。いつの間にか唯が寝てしまうほどの時間が経っていたのか。私はというと先程の唯との会話思い出しながら一人楽しんでいた。

 流石に私ももう寝ようと思い、唯の方を見て

「おやすみ。」

 小さな声でもう一度挨拶。反応が無い唯を見ると悪戯心がちょっと芽生えて、ちょんちょんとほっぺをつついてみる。しかし、全く気付くそぶりを見せない唯。やっぱり可愛い顔をしてる娘は寝顔も可愛いなーと思う。

 いい事思いついた!唯が起きない様にそーっと動いてスマホのカメラを起動する。無防備に寝てる唯を何枚かパシャリ。うん。うまく撮れたね。

 多分この写真を唯に見せたら絶対に消して!と言うだろう。これは私だけの秘密。

「私への誕生日プレゼントという事で許してね。」

 1人先程の回想で幸せになっていたら更に幸せが舞い込んできた様だ。幸せの連鎖っていう奴だろうか。そんな事を思いながら私も目を瞑る。

 明日も楽しみだなぁ……。


 ぽつ。ぽつ。

 雨の中、パジャマ姿でびしょびしょに濡れながら浮き輪を持ってウォータースライダーの順番を待っていた。すぐに私の番が回ってくる。浮き輪の上に乗って勢いよく滑り出す。しかし、何か違和感がある。確か私は寝てたような気がするんだけど……。でも寝てる時に水属性の夢を見てるって事は……。やばくない!?

 はっと目を覚まして布団の中を確認して安堵する。高校生にもなって……と思ったのだが、聞こえてくる音を聞いて納得した。

 すごい大きさの雨音。

「奏子起きた?おはよう。」

「おはよう。もしかして起こした?」

「私もさっき起きたんだけど……。凄い大雨だね。」

「そうだね。」

 どうやら水属性だった理由は私の身体的な事が原因ではなく、天気だったようだ。外からはザーザーと聞こえているのだが、ぽつぽつってどんな神経してるんだ私。

「これじゃあ今日出掛けるのは無しかな……。無理やり出掛けて奏子に風邪引かせるのも悪いし。」

 私は大丈夫だよ!と言おうとしたところで急ブレーキをかける。無理やり行くという事は唯にも同じリスクを背負わせるという事である。

「残念だけどそうだね……。」

 しばらくの沈黙。唯の表情からもすごく残念そうなのが分かる。

「とりあえず起きて朝ごはん行こうか。時間もちょうどいいし。それから今日の事考えよう?」

「うん……。」

「あんまりがっかりしないで。私は今日唯といられるだけでも幸せだから。ほら行こうね。」

 実際そうである。外出はできなくなってしまったが、天気の問題じゃあしょうがない。また別の日に行けばいいだけの話だ。唯が今日の為に色々と考えてくれた事は嬉しいし、今日と言う日が無くなったわけではない。

 しょんぼりな唯を朝食へ連れていく。外出が出来なくなったなら代わりに家ででぇーじゃなくて家で遊べばいいだけじゃないか!


 朝食をとって部屋へ戻ってきた私達。

「さて、何しようか?」

 家で遊べばいいじゃんとは言ったものの、唯の部屋みたいにゲーム等あるわけじゃない。

「ねぇ奏子。昨日来た時から気になってたんだけど、部屋にいるこの子達手作り?」

 唯が部屋に何体かいるうさぎのぬいぐるみを指さしながら言ってきた。

「そうだよ。よく分かったね。」

「この前も手作りの物貰ったし。それに机の上に作りかけがあるから。」

「実は近くでバザーが毎年あるんだけど、そこに出品してるの。」

「ええ!まじで!?売り物作ってるなんてプロじゃん!」

「プロって言われると恥ずかしいんだけど……。昔お母さんの手伝いしてたの。お母さんから上手だから自分で1から作ってみたら?って言われて、そしたら案外うまく出来て。それから出品するようになったの。ここ3年位かな。」

「なるほど~。納得!」

 尊敬のまなざしと言う言葉があってるであろうキラキラした目で私を見る唯。いやー照れる。

「唯も興味がある?折角だし一緒に作ってみる?」

「興味ある!けど私やった事無いし、そんな物売り物には出せないよ。」

「大丈夫だよ。結構皆手作りの物売ってる場所だから。ぬいぐるみじゃないものだとタオルとかマスクとか。」

「それでも今まで裁縫した事無い人の作品はちょっと……。」

「なら、売り物じゃなくて唯のぬいぐるみにする?私が教えながら一緒に作るから。パーツを半分ずつ作って、最後にそれをくっつけて1個にするの。どう?」

「それはすごく楽しそう!けど私がもらっていいの?」

「いいよいいよ。裁縫も楽しいからそれが唯に伝わればいいかな。」

「それなら私でも出来そうかも。奏子先生お願いします!」

「先生は恥ずかしいからやめてってば。」

 何をして過ごそうかなんて思ったけどビックイベント!唯との合同作品とかめっちゃいいじゃん!

「それじゃあ早速作りますか!2人で作れば今日中に完成すると思うよ。何を作りたいとか希望ある?」

「今作ってるのってうさぎだよね?手のひらサイズでちょうどいいし、可愛いからこれがいい。」

「おっけい。そうだな……。先に軽く手順を説明するね。まずは布を選んでもらいます。決めた布からパーツごとに型を取って、それぞれ縫い合わせます。そしたらそれに綿を詰めて、最後に完成系をイメージしながら縫い合わせて完成って感じです。各手順はやりながらしっかり説明するからね。」

「分かりました先生!お願いします!」

 どうやら先生呼びをやめるつもりはないらしい。今回は好きなように呼ばせてあげよう。

「では最初に布を選んでもらうんだけど、うさぎらしくこのもこもこの布を使おうかなと思う。色は黒と白の二色しかないんだけど、どっちがいい?」

「うーん。どっちも可愛いと思うんだけどなぁ……。そうだ!私と奏子とでパーツを半分ずつ作るって言ったよね?それなら2色使うのはどう?わがままかな?」

「いいね。そうしましょう。それならどっちがどの色にするかなんだけど、私が黒でいいかな?多分白の方が目印の線が見やすくて作りやすいと思うよ。」

「分かった!私白担当、奏子黒担当でいこう!」

「決まりだね。最初は型取りをしよう。型取りっていうのは、この紙で作った形通りに布を切るの。コツはこの型より少し大きく切る事!まずは布の裏側に鉛筆でこの型通りに線を書きます。この線は後で縫う時の目印になるからしっかり書く事。そしてその線の外側を約1㎝ほど残して切ります。まずはここまでやってみて。型紙に必要枚数が書いてあるから、そこが複数の物は私と唯で1枚ずつ作ろう。」

「頑張る。」

 まずは私が自分で説明した通りに手本を見せる。それを真剣に見つめる唯。いつもとは違い、見られながらの作業に少し緊張してしまう。唯は裁縫が初めてと言っていた。つまり今後唯が裁縫をやるといった時、基本になるのは今日の作業だろう。責任重大だ。

 私の手本を見終わった後、作業を始める唯。一言で言うと、とても丁寧だなと思った。不安定な布の裏に型通りしっかり線を引くなんて、初見じゃ結構難しい事だと思うのだが、唯はそれをさらっとやってのける。特に注意点を言ったわけではないのだが、私が線引き中に何度も位置を確認していたところを真似したのだろう。

「こんな感じでどうかな?奏子の真似してやってみたんだけど、悪いとこあったら言ってね。」

「ううん。問題無いよ。本当に初めて?って思った位。」

「奏子先生の教え方だ上手だからだよ。次はこれを縫うんだったよね。これからが本番!」

 言葉通り気合を入れてるのか腕をブンブン振り回してる。唯の癖だが、裁縫にその勢いはいらないよ。

「まずは小さいパーツの耳からやってみようか。コツは2つかな。今自分が完成品のどの部分を縫っているか意識する事と、さっき引いた線通りに縫う事。ここに同じ型紙で作ったぬいぐるみを置いておくから参考にしてね。例えばこの耳の先の部分とか、先っぽがふにゃってなるより、ぴんとしてた方出来上がりが良くなるでしょ?こんな所はしっかりと縫う角度を意識してやってみるといいよ。」

 先程の唯の上手さに敬意を表し、少し難しい課題を出してみよう。もし手間取るようならしっかりとサポートするつもり。

「まずは針の穴に糸を通すんだけど……。そう、それでおっけー。」

 説明不要だったようで、既に糸を通し終えていた唯。流石だ。

「糸は初めてだと二重でやった方だ楽だと思うからそれでやろう。糸の長さは最後止める時に長い方がやりやすいから、少し長めにとってね。必要な量を取ったら一番後ろを玉結びします。これをする事で糸が最後尾で止まってくれます。やり方は、親指と人差し指で糸の最後尾をつまんで、人差し指に3回ほど巻いてその先を爪先でつまんで引っ張る。こんな感じでちょうどいい丸いのが出来るからやってみて。」

 流石と言うかなんというか。ぎこちない動きだが、少しブサイクな形の玉結びを完成させる。これも結構難しいんだぞ?

 念のため、唯が作った玉結びを強めに引っ張ってみるが問題なし。これならしっかり役割を果たせる。

「形がすっごい変だけど大丈夫そう?」

「全然問題無し。これは最後見えない所に隠すし、気にしなくていいよ。それじゃあ縫うんだけど、基本的に布を裏返して縫います。縫い方は色々あるんだけど、簡単な波縫いでやってみよう。」

「ひっくり返して縫ったら表面のもこもこ見えなくなるけどいいの?」

「これは縫い終わった後ひっくり返すから大丈夫。そうするとこんな感じに縫い目が見えない形で完成するの。」

「なるほどそういう事だったのね。凄い頑張って見えない様に表から縫ってるんだと思ってた。」

「最後の最後はそうやるけどね。それで波縫いっていうのは線に沿って針を下上下上って順番に通していくの。波の間隔は狭くもなく広くもなく。狭い分には大変なだけで大丈夫なんだけど、広いと後で入れる綿がはみ出ちゃうから、そうならない様に意識してみて。」

 この波の間隔と言うのは感覚的な部分もあるので、唯が分かりやすいようにあえてひと針ひと針丁寧にやってみせる。それ見て真似をする唯。うん。全く問題無し。

「さっき言ってた耳の先っぽの部分ってここだよね?ピシッとさせるにはどうすればいいの?」

「耳の先の角度を意識してみて。ここだけ二重に縫うのもアリだよ。」

 ここも結構難しい所だと思うのだが、私の説明だけであっさりとやってのける。唯の器用さもそうなのだが、私の言った事を素直にそのまま実行する事が上手である。

「いい感じ。縫い終わったらしっかりと縫ったところをのばしてね。そうしないと縫った所にしっかり糸が行き渡らなくてしわくちゃになっちゃうから。最後に玉止めをするんだけど、縫い終わった場所に針を当てて三周巻いて、巻いた先を爪で抑えて針を引っ張る。今回は糸を二重にしてるから少しきつくて針を抜きにくいと思うから、気持ち緩めに巻く事がコツだよ。」

 特に問題なく進める唯にはもう驚かなくなった。ここも結構コツ掴むまで難しいんだけどね。

「最後に裏返して完成。小さいパーツだから指だと難しいから細い棒なんかを使うとやりやすいよ。」

 裏返ってた時は何を作っているか分からず少し不安な分、ひっくり返して実体が見えた時は安心感と共に少し感動する。唯も同じ事を感じたのか

「おー!本当に出来てる!」

 なんて感動していた。

「とりあえず一旦完成。これが縫う作業の流れだよ。こんな感じで他のパーツも作っていって、最後に合体させて完成。」

「私が作ったやつどう?案外うまく出来てない?」

「案外どころじゃなくて文句のつけようがない位完璧。唯は器用なの知ってたけれど、初めての人がまさかここまでスムーズに出来るとは思ってなかった。」

「だから奏子の教え方が上手だからだって。私はその通りに手を動かしただけ。」

 謙遜とも取れなくもないが、唯の場合本心で言っているのだろう。人の言った事を素直にそのまま実行する事と、それを初めてで出来る器用さっていうのは誰もが持っているものではない素晴らしい才能なんだよ。と、言おうとしたけどやめた。あんまり褒めすぎると唯は照れてしまう。それも勿論可愛いのだが、今はその時間じゃない。

「一通りの簡単な説明はこんな感じかな。後はやりながらの方が上達もするし、分かりやすいと思うからどんどん作っていこうか。」

「了解です!奏子先生!」

 一部位を完成させた事で、唯もある程度の流れを掴めたのか、続けて残りの小さなパーツをどんどんと作っていく。当初の予定ではまず左右対称な同じ部位を私の手本を見せながらゆっくりと1つずつ丁寧に進めていくはずだったのだが、唯にとってその説明は1回だけで十分だったらしく、もう私無しにどんどんと進めていく。最初はブサイクだった玉結びが2回目からは綺麗なまん丸になったように、回数を重ねる度に見た目も綺麗に、そして作業スピードも速くなっていくのが分かる。

「これで一旦小さなパーツ類は完成かな。この後は本体の大きな型紙に今作った物たちをくっつけながら縫っていくんだけど、先に綿詰めやっちゃおうか。」

「綿詰めって、今のこのぺっちゃんこのな状態を立体的にふわふわにするって事だよね?」

「その通り。コツはあんまりぎゅうぎゅうに詰めすぎない事!この完成品を手本に詰めてみて。」

 詰める量の手本さえあれば私が最初にやり方を見せる必要は無いだろう。ここは最初から唯に任せてみる。うむ、流石問題なし。

「こんな感じでどうかな?」

「上手上手。それじゃあ本体のこの大きなパーツに付けていこうか。最初の型紙に縫い合わせる所同士の番号が振ってるから、それを見ながら縫い合わせてみて。」

「え!?奏子じゃなくて私がやるの?」

「そうだよ。これまでの上達ぶりを見れば絶対出来るって!もし分からなければ私に聞けばいいから。」

 耳、尻尾、後ろ足、前足と縫い合わせていく唯。たまに私もアドバイスしながら見守っていく。各パーツを縫い合わせる所で何度も確認する姿が唯らしいと思った。

「一旦そこでストップしよう。裏返しのまま全部縫っちゃうとひっくり返せないからね。玉止めはいいからそのままでひっくり返そう。針だけ注意してね。」

「そうだよね。裏返しのまま全部縫っちゃうところだった。」

 巣穴から少しずつ姿を現す小動物のように、縫い残した穴から唯の作った子が少しずつ姿を現していく。裏返しの状態で分からないままの作業による不安と、今までやった事の全貌が見える楽しみの瞬間。裁縫をする人でこの瞬間が一番楽しい、と感じている人は多いのではないだろうか。私もその内の1人だ。

 唯の手により全貌を見せるうさぎ。

「お、おお?、おー!」

 目を丸く開き、不思議な声を出しながら感動している唯。

「どう奏子?結構うまくない?すっごく可愛いんだけど!」

「本当だ可愛いし上手に出来ているよ。特に縫い間違いもないし、ほつれも無い。初めてでここまで出来るなんて凄いよ。」

「ありがとう奏子!後はこの縫い残している部分から綿を詰めるんだよね?ここも同じく詰めすぎない事がコツでいいんだよね?」

「そうだね。ただ、手足と尻尾がふにゃってしてるとあんまりよくないから、ここだけ少し多めに綿を入れるといいよ。それと、顔の部分も同じように気にしてみて。」

「ちょっと難しいね……。分かったやってみる。」

 私のアドバイスを聞いて、完成品と唯の作品を何度も交互にふにふにしながら綿を詰めていく唯。

 各重要部位の調整も終わり、残りの体の部分に程よく綿を詰める。ふくらみを得た事で、唯の作品も完成系が見えてくる。

「お腹の部分にこの小さなビーズみたいなのを少し詰めよう。そうすると重心が下に向いてバランスもとれて見た目も良くなるし、触り心地も良くなると思うんだ。」

「うん。分かった。」

 詰め物を終えて一度自力で立たせてみる。4本足でバランスよく立つその姿に唯と2人でハイタッチする。

「最後の関門なんだけど、今までは裏返しの状態で縫う事で、縫い目を隠せるから楽に縫えてたと思うんだけど、気付いたかな?今からの作業は表の状態で縫い目を隠しながら縫わなきゃいけないの。一気にやろうとは思わなくていいから、ひと針ひと針ひとつずつやってみて。」

「う、うん。」

 あえて実践せずにアドバイスだけで唯にやらせてみる。先程のスピードよりずっとゆっくりだが、少しずつでも進めていける唯はやはり流石だと思う。

「ごめん奏子。最後までの距離がまだある箇所はなんとか出来たんだけど、ここから先はちょっと出来なそう。無理やりやるとせっかくここまで出来たのを壊しそうだし変わってもらってもいいかな?」

 縫い終わりまで約2㎝と言ったところでギブアップ。長年やってる私もここは一番気を遣う所だし、しょうがないだろう。逆に言えば良くここまで裁縫初めての人がやり切ったと思う。

「分かった後は奏子ちゃんに任せて。」

 経験者としてかっこ良く振舞っているつもりだが、内心責任を感じていて緊張しているのは内緒。あれだけ感動していた唯の作品を壊さない様に完成させる義務がある。

 唯の残した部分を丁寧に縫い合わせていく。縫い終わったら出来るだけぬいぐるみの内側で玉止め。最後に玉止めを隠すように内側へもっていき、糸を切って完成。最後に縫った部分をむにむにして確認。よし、余計な縫い跡も見えないし大丈夫でしょう。

「はいどうぞ。これでどうかな?」

「流石奏子!完璧だと思います!やっぱり奏子上手だよね。見ててほれぼれしちゃう動きだったよ。」

「あはは。ありがとう。これでも経験者だからね。それじゃあ最後に目を付けようか。私はいつも目用のビーズを使ってるんだけどこれでいいかな?色が何種類かあるから決めて。」

 ビーズ入れを持って来て唯に渡す。その中からひとつひとつ目の部分に当てて選ぶ唯。

「目も折角だから本体に合わせて白黒にしようかなと思うんだけどどうかな?」

「いいと思うよ。私が先に黒で手本を見せるね。まずは目の位置を決めて、その中心点に印を付けます。ここは確実に印を付けないと後で目が曲がっちゃうから注意してね。そしたら今付けた印の上から針を刺します。表面に玉結びが残りそうに見えるけど、この上に目が来て見えなくなるから大丈夫だよ。後はこの目からはみ出ない様に何度か交差させて留めるように縫っていく。ここは緩すぎると目がしっかり留まらないし、きつすぎると目の付近がしわになっちゃうからひと針ひと針確認しながら進めてね。最後に玉止めを目で隠れる位置に作れば完成。さっきよりかなり小さい範囲で、細かい作業になって難しいけどやってみて。」

「う、うん。頑張る……。」

 選手交代。うさぎを唯選手へ。私の確実に、と言う言葉が刺さったのか、何度も確認しながら位置を決める唯。納得いく位置に印が書けたのか、針を取り縫い始める。こちらもひと針ひと針はみ出しが無いか確認しながら丁寧に進めていく。やっぱりこの辺も性格が出るな~なんて思いながら無言で見守る。

 最後まで縫い終えて、目の位置にゆがみが無いかなどを確認し、納得したのか私の方を向いて

「完成!奏子も確認してみて!」

 楽しそうに私にうさぎを渡す唯。目の位置も縫い方も特に問題なし。もう一度全体も確認するが、こちらも大丈夫。

「うん。いいと思うよ。完成だね。お疲れ様。」

 両手をくっつけて帰りを待つ主人の元にうさぎを返してあげる。両手にすっぽりと収まる10㎝位の大きさのうさぎ。各担当パーツごとに色分けされたうさぎは、耳や尻尾だけでなく目までもが対照的に白黒と、かなり異彩な配色をしている。耳や尻尾などの各パーツは角度が付くように縫われており、しっかりとメリハリが取れている。4本の手足には綿が他部位よりきつく詰めた事と、お腹にビーズを少し入れた事で、バランスよく自力で唯の両手の上に立っている。

「奏子から見て完成度的にはどうかな?」

「かなり上手。ここまでの物が出来るとは考えてなかったよ、と言うのが正直なところ。これならバザーに並べても売れてくれるレベル。カラーリングはちょっと特異だけどね。」

「色は私達らしくていいじゃん。これ私が貰っていいんだよね?」

「勿論。可愛がってあげてね。」

 うさぎの頭を撫でてる唯。相当気に入ってくれたようでこちらも嬉しい。

「初めての裁縫はいかがでした?楽しかったかな?」

「うん。すっごく楽しかったよ。私はそれなりに手先の器用さには自信があって、小さい頃工作とか好んでやってたんだけど、それに近い感覚がありながら新たな分野だった感じ。特にほぼ全て裏返しで作っていったところが初めての経験だった。最後にひっくり返す時、本当にしっかりと出来ているのかな?という不安と、それでもどうなっているのかが見られる楽しみさが同時に味わえるあの瞬間が印象的だった。今回は上手く出来ていて楽しみの方が圧倒的に強かったけれど、もしあの時良くない出来だったらかなり落ち込んでたと思うな。」

「語るねぇ〜唯先生。まるで小説家みたいだよ。」

「えぇ……。小説家?」

 ちょっとだけ仕返しの意味も込めて、先生と呼んでみた。私が裁縫に対して感じてる事と、唯が今日初めて感じた事。近いところがあるなぁと思った。

「バザーなんだけど実は来週なの。良ければ一緒に行かない?」

「一緒に、って私が奏子と一緒にぬいぐるみを売るの?」

「そうだよ。人数制限とか特に無くて、常識があれば大丈夫。その点唯なら心配無用。」

「でも私作品何も作ってないし。奏子と違ってバイトもした事ないから接客とか分からないよ。」

「私は唯と一緒に行ったら楽しいと思ったんだけど。」

「……なら行く。」

「ありがと。もし作品が、って気になるなら何個か一緒に作る?」

「うーん……。私が初めてだからって簡単な縫い方したんだよね?」

「買ってくれる人は子供が多いから耐久性を大事にしてるんだけど、確かに今回やった波縫いよりめんどくさくて気を使うかもね。それなら綿詰めを手伝ってくれない?唯が今回作った子がちょうどいいからあんな感じでお願い。唯は作業がすっごく丁寧だったから大丈夫だよ。私が保証します。」

「そこまで言ってくれるなら……分かった。当日、何も手伝いしてないのにいるのも辛いだろうし。よろしくお願いします!」

「いやいや。よろしくお願いしますはこちらのセリフだよ。」

 幸い八割型出来ていて、綿詰めがまだだった子がいるのでその子を唯に任せる。折角唯が手伝ってくれるんだから、と唯の仕事が無くならないように私は新たなうさぎを作り始める。

 やはり、協力作業は良いものだなぁと思う。最近だと体育祭の玉入れがそうだったけど、私達の場合1+1=2では無く、3とか4など数学的に言えばありえない数字になっている気がする。好きな相手とだから手は抜けないし、より集中できる。もちろん一緒にやって楽しいとか面白い等も数字を上げている大事な要因だ。唯も同じようにを思ってくれてるといいなぁ。

 集中している2人の間に会話は無い。私は手と口を同時に動かす事は得意じゃない。たまに喋りながら作業出来る人がいるけれど私には不可能。唯もそれは同じようで、私に確認をとる時以外喋る事は無く作業をしていた。

 気付けばお昼過ぎ。折角遊びに来てもらったのに手伝いばかりさせては申し訳ないと思い、休憩にする。

「一旦休憩にしよう。折角来てもらったのに手伝ってもらってばかりでごめんね。すっごく助かってるよ。ありがとう。」

「どういたしまして。私も楽しいから大丈夫だよ。」

「外は……。さっきよりはマシになったとは言え、あまり出ようとは思える天気じゃないねぇ……。」

「そうだね……。残念だけど諦めようか。今日の代わりにまた今度誘っていい?」

「勿論だよ!楽しみにしてるね。お昼も過ぎた事だし昼食にしよう。午後何するかも決めないとね。」

 唯を連れて下に降りる。すると母が待ってたよ、といった感じて話しかけてきた。

「今日は出かけるって言ってたけどこの雨じゃ午後も動けないでしょう。この後どうするの?」

「お互い雨降るなんて微塵も思ってなかったからノープラン。」

「あらそう。唯ちゃんも家で晩御飯食べるでしょ?何かご馳走作ろうって考えてるんだけどリクエストある?」

「はい!はい!私ローストビーフがいい!この前料理漫画で見たやつ作ってみたい!厚さは?え、いいの?誕生日だからいいんですよ。ってやつやってみたい!」

「作りたいって奏子が作るの?別にいいけど唯ちゃんもそれでいいかな?」

「はい!私もいいと思います!」

「となると材料買いに行かないといけないね。せっかくだからケーキも手作りする?」

「うん。そうしよう。唯も一緒に買い物行こ。お母さん私達2人一緒に連れて行って。」

 昼食を食べながら夕食の事を話す私達。たしか漫画には分厚く切って食べてるシーンだけではなく、調理をするシーンもあったはず。後で漫画を持って来てそれを見ながら調理しよう。


 私、唯、母の3人で買い物へ。妹も一緒に行きたいと言っていたが、ややこしくなるので父に任せて置いてきた。どーん!というでっかいローストビーフ用の牛の塊肉は近くの肉屋で調達する事に。スーパーではケーキの材料を調達。手作りにも色んな種類があるが、今回はローストビーフをメインに頑張りたいため、ケーキはケーキミックス粉にして時短しようという話になった。

 帰宅後。

 私はまず自分の部屋から例の漫画を持ってくる。うきうきでそのページを探し、早速作業に取り掛かる。

「まずはローストビーフから作ろう!」

「奏子漫画なんか持って来てどうしたの?」

「この漫画にね、ローストビーフの作り方が載ってるの。私が作りたい!って思ったのも、この漫画のお陰なんだけど……。あった!このページだよ。」

 手順1 お肉を1時間程常温で放置し、お肉を常温に戻しておく。

「やっぱり先にケーキから作ろう。」

「え?どうしたの?さっきはローストビーフって言ってたけど?」

「先に常温に戻さなきゃダメなんだって。でもケーキも焼いて冷まさなきゃだしちょうどいいかな。唯はケーキ作り初めて?」

「初めてだよ。だから結構楽しみ。」

 気を取り直してケーキ作成へ。今回もまた妹が一緒にやると言ってきたけれど、父と母に任せてある。後でケーキ食べさせてあげるからおとなしくしてなさい。

 とは言っても、技術の発展は素晴らしく、やる事はボールに開けたミックス粉へ卵と牛乳を入れて混ぜるのみ。ケーキ作りがかき混ぜるだけなんて少しおかしな話にも聞こえる。ケーキ作りはそんなに大変じゃないからと、私は少し悪戯を思いついてしまった。

「あとはこの材料たちを混ぜるだけなんだけど、唯お願いしていい?」

「え?私がやっていいの?任せて!」

 ふふふ……私の悪戯はここからなのだ。

「唯ごめん。実はうちに電動のハンドミキサーが無くて。手作業の体力作業になっちゃうんだけどいい?」

「うん全然いいよ!奏子はさっき裁縫で疲れたもんね。私に任せて!」

 あれれ?体力作業と聞いて嫌な顔すると思ったら、すっごく楽しそうな顔をしている。全て手作業でやると、20分位かかる上に、後半になるにつれて生地の抵抗も増してどんどんと辛くなる。多分その事を唯は知らないだろうから、明日辺り筋肉痛で動けなくなってしまうかもしれない。私の悪戯に気付かず、明日ダウンさせるのは申し訳ない。悪戯なんて考えた事を反省。……唯ちゃん素直すぎる。

「ごめん唯。電動ハンドミキサーあるからそっち使おう。」

「ん?そうなの?」

 泡立て器を片手に腕をぶんぶん振り回す唯を急いで静止。すぐに電動ハンドミキサーの用意をする。

「こっちでも私がやっていいの?」

「もちろんだよ。こっちも使うの初めて?」

「うん。」

「分かった。まずは軽く説明するね。粉物は最初からいきなり電動ミキサーで混ぜちゃうとぶわーって舞って大変な事になるから、先にこっちのヘラで粉っぽさが無くなるまで手動でかき混ぜてね。その後にミキサーを使うんだけど、ミキサーのかき混ぜる部分をしっかりと材料の中に入れてからスイッチを押してね。回転させた状態で材料に入れるとこれもまた飛び散って大変な事になるから注意して。回転スピードもいきなり最大にするんじゃなくて、一段階ずつ上げていく事。」

 泡立て器を電動ハンドミキサーに持ち替えた唯が私のアドバイス通りに進めていく。

「奏子~これってどれ位かき混ぜればいいの?」

「大体5分位混ぜたら一旦止めてみて。生地でひらがなの「の」を書いて10秒以上その形が残ってれば完成だよ。」

 初めてのケーキ作りに目をキラキラさせて作業する唯とそれを見守る私。

「これ位でどうかな?奏子確認して。」

「おっけーいいと思うよ。それじゃあこの生地を付属の容器に移し替えてオーブンで焼くんだけど……。ああーー!」

「え!?どうしたの?奏子?」

「ごめん!オーブン予熱するの忘れてた!」

「予熱って何?」

「お湯で例えると、冷たい水の時から一緒に入れて沸騰させて温めるか、沸騰した状態の所に入れて温めるかの違い。今回は後者の方だから先にオーブンを温めておかないとダメなの。ほら、この作り方の説明にも一番先にオーブンを予熱しましょう、って書いてるでしょ?ごめんね。すっかり忘れてた。」

 すぐにオーブンを温める。これも結構時間かかるんだよね……。

「ローストビーフでも間違えて、予熱も忘れて……。恥ずかしい……。」

「全然気にしないで。どっちも初めての私には少しわちゃわちゃしててむしろ楽しい位だよ。」

 そう言ってくれる唯の笑顔がとっても眩しい。

「本当にありがとうね。他に先にやっておかないといけない事は……。缶詰のみかんを先に水切りしておかないといけないね。危ない危ないこれも忘れるところだった。」

 みかんの缶詰をざるに開けてみかんとシロップに分けておく。シロップは今回使わないけど、ヨーグルトに混ぜて食べるとおいしいよ。

「ケーキも後は焼くだけになったし、ローストビーフに移ろうか。」

 ケーキを作り始めて1時間は経ってないが、お肉を買って家まで常温で持ってきたし、その時間も合わせればちょうど良いのではないだろうか。

「ローストビーフってすっごく作るの難しいイメージなんだけど、私達2人で出来るものなの?」

「多分大丈夫だよ。実はそんなに難しくはなくて、放置する時間が結構かかるからそんなイメージなんじゃないかな?漫画でもそんな感じで書いてるよ。」

「そうなんだ。それじゃあ奏子先生お願いします。」

「先生って……。私も作るの初めてなんだけどね。」

 材料は牛の塊肉と牛脂、塩胡椒。

「え?これだけなの?」

「そうみたい。後でソースも作るんだけど、それは焼いた時に出てくる脂も使うからまた後で。まずはお肉に塩胡椒で味付けをします。それを強火で表面を焼くんだけど唯、やる?」

「怖いから遠慮しとく。奏子お願い。」

「分かった。じゃあすっごい豪快に行くから見ててね。まずはフライパンを煙が出るまでしっかり温めます。そうしたらこの貰ってきた牛脂を溶かして……お肉を入れます!めっちゃ脂が跳ねると思うから気を付けてね。」

 私の注意を聞いて後ろへ下がる唯。唯に火傷してほしくないし、盾になるように少し前に出る。

「じゃあいっくよ~。」

 強火のフライパンの上にでっかい肉塊をどーん!じゅわーっていうすっごい大きな音を立てながら肉が焼かれていく。

 お肉をフライパンの上で転がしながら各表面をまんべんなく焼き跡がしっかり付くまで焼いていく。中までは火を通す必要は無い。こうする事で表面が焼けて硬くなり、肉の中の旨味が外へ逃げられなくなる!……らしい。

 跳ねる脂と、漫画では分からなかった焼いている時の大きな音は想像以上に強敵で、かなり苦戦しながらも無事焼き終える。これは料理やった事が無い人にはかなり大変だったと思うし、唯が断ってくれてよかったと思う。

「ふぅ。無事出来たよ。結構大変だった。」

「見てる私もびくびくしたし、奏子凄いと思う。」

「ありがと。あ、ちょうどオーブンあったまったね。先にケーキ焼いちゃおっか。」

 用意していたケーキをオーブンへ。ここからケーキが焼けるまで約40分程。冷ます時間も考えれば1時間以上はかかるだろう。その内に出来る事はどんどん進めていこう。

「お肉に戻るね。次はこの焼いたお肉をビニール袋に入れて、口を閉めます。この時、出来るだけ空気を入れない様にする事が大事らしい。そしたらそれをチャック付きの密封できる袋に入れて、これも出来るだけ空気を抜きます。」

 ストローが通るように端っこだけ開けた状態で息を吸う。焼いた肉の良い匂いが鼻を通っていく。

「チャックをしっかり留めて一旦完成。後は60℃程度のお湯に1時間程置いておく。あ!またお湯沸かすの忘れてた!」

 大きめの鍋に水をたっぷり入れて火にかける。沸騰させる必要は無いし、すぐに出来るだろう。

 しっかりと温度を測ったお湯の中に、先程のお肉を入れて出来上がり。忘れないように1時間後にタイマーをセットしておく。

「これで完成なの?もっと作るの大変だと思ってた。」

「私もこの漫画読むまではもっと大変だと思ってた。低温調理だから時間をかけてゆっくり過熱していくらしい。だから後は放置するだけ。」

 ケーキの焼き、ローストビーフの仕込みと時間のかかるものはとりあえず完了。待っている間にローストビーフのソースを作ろう。漫画にはソースの作り方は書いていなかったので、ここだけネットで調べる。家には珍しい物なんて無いので、一般家庭にあるものだけで出来るレシピを選択。

 ソースを完成させて少し経つと、オーブンのタイマーが鳴る。焼きあがったスポンジに串を刺して確認。問題無し。

「ねぇ奏子。ケーキをひっくり返して冷ましてるのはあえてなの?」

「そうだよ。そのまま冷ますと重力で折角ふんわり焼けたのがぺっちゃんこになって台無しになるの。ちょっとしたコツだよ。冷ましてるうちにチョコホイップを作っちゃおう。」

 チョコホイップは完成品も売っていたが、今回は自分達で作ってみる。

「唯はクリーム作るのも初めて?」

「うん。初めて。材料は……ちっちゃい牛乳パックみたいなのと板チョコだけ?これで出来るの?」

「それが出来るんですよ~。さっき使った電動ミキサーを使うの。」

「また私がやっていい?あれ結構面白かった。」

「いいよー。それじゃあまずはボウルに板チョコを割って細かくして、電子レンジで温めます。溶ければいいだけだからあんまり温めすぎないでね。そしたら、ホイップの元を3回に分けてかき混ぜます。唯やってみて。」

「うん。分かった。」

 ミキサー使用2回目だからか、先程より慣れた手つきで進めていく唯。チョコを入れないならわざわざ分けてやる必要は無いのだが、チョコを入れて一気に混ぜちゃうと分離してうまくホイップになってくれない。実は私も1回失敗を経験済み。

 しっかり手順を踏んだ唯の手には、最初の小さな牛乳パックからは想像も出来ない大きさのもこもこになったチョコホイップが出来ていた。

「奏子~どう?こんな感じ?」

「おっけーいい感じ。そしたらこのホイップの袋にヘラを使って移してみて。袋の入り口を何周か外巻きに巻いてからやると後がすっごい楽だよ。」

 チョコホイップ完成。ケーキもそろそろ冷めただろうし、デコレーションを始めよう。まずはケーキを型紙から外し、ひっくり返した状態のまま半分に切る。ケーキの底になるのは今底紙からはがした部分だ。

「ホイップクリームといちごとみかんを使って内側を作っていこう。と言っても後でこの上からスポンジの残り半分を乗せるからあまり見た目は気にしないでどんどん乗せちゃっていいよ。」

「分かった。それじゃあ、みかんいちごみかんいちごって感じで交互に並べるのはどう?」

「いいと思う。そうなるといちごを半分に切らないといけないね。私が切るから唯が並べて。最後にクリームで高さを整えるから、あまりぼこぼこだとか考えなくて大丈夫だよ。」

「分かった。やってみるね。」

 先程ざるにあけておいたみかんもしっかりと水が切れてるしいい感じ。缶詰から開けてすぐのままだとスポンジがびちゃびちゃになって悲惨な事になるからね。

 私がいちごを切って唯がそれを並べる協力プレー。

「出来たよ。こんな感じでどうかな?」

 横だけでなく縦にまで綺麗なグラデーション。ここまで綺麗だと一種の芸術作品にも見えてくる。

「いい感じだよ。すっごく綺麗だね。ただ、さっきも言ったけど、ここは一段目の内側で隠れちゃうの。勿体ないけどごめんね。その上から平らになるようにクリームを塗ってほしい。」

「全然いいよ。全部隠れる位塗っていいんだよね?」

「気持ち多いかな位塗ってほしい。二段目を平らにするにはここが大事だからね。」

 二段目は先程半分に切った残りの部分を使う。スポンジの上の部分は、半分に切ったスポンジの四面の中で一番凸凹している所。見える部分を平らにするには、この面を内側に隠す必要がある。その部分だけ切って捨てればいいと言う話もあるが、勿論そんな事は勿体ないのでやらない。

「デコレーションなんだけど私にやらせてくれない?」

「おお?何かいい案があるのかな?勿論いいよ。お任せします。」

「案っていうほどではないんだけど、奏子の誕生日ケーキだからおめでとうの意味を込めて私が作ろうかなって。ろうそくは16本刺すの?」

「小さい頃は年の数刺してたんだけどね~。最近は年齢分刺すと、ケーキがぼこぼこになっちゃうからやめた。代わりにこの数字のろうそくを刺してるの。1と6の2つのろうそくが立てられればいいかな。」

 昔はその都度必要な数字のろうそくを買っていたが、誕生日は妹もある為、1桁の数字はほとんど揃っている。1と6は既に家にあったので今日は新たに買う必要は無かった。

 ケーキは唯に任せたので、私が手出しする必要は無い。ただ、どんなケーキが出来上がるかはすっごく楽しみなので観察してみよう。

 まずはスポンジの部分が見えない様にぐるぐるとクリームを塗っていき、それをヘラで綺麗に整える。次は外周に等間隔で丸を作っていきその上にいちごを丸々一個乗せていく。残りの箇所にはみかんを綺麗に敷き詰めていく。何も乗せない所を二ヶ所作っているのはろうそくを刺す場所なのかな?

「とりあえず出来たつもりなんだけど、みかんもいちごも余ってる……。勿体ないし見た目度外視して全部乗っけちゃっていいよね?」

「た、確かに……。凄い事になりそうだけど、そっちの方おいしいだろうし唯さんやっちゃって下さい!」

「わ、分かった!やってみる!任せなさい!」

 いちごを丸々乗っけるスペースはもうなかったので残りは全て半分に切る。側面にはまだスペースがある事を発見し、そこに並べようとしたが、重力に逆らう事は出来ずに諦める。そうするとやっぱり既に敷いたみかんの上に乗っけるしかないよね!内側の時と同じようにみかんいちごみかんいちごという風に並べていく。3週目もするか?と思ったが、数個ずつしか残ってなかったので諦める。飾れるものは全て飾ったし、これで完成でいいだろう。残ったいちごとみかんを2人でつまみ食い。

 使った材料はスポンジとチョコホイップクリームとみかんといちごの4種類だけ。プロが作った売り物に比べれば素材も見た目も全て劣っているだろうが、豪快さだけは勝っている。見た目を度外視したおかげで、売り物としては疑問視されるであろう量の果物を乗っける事に成功し、そのお陰で一口の満足度はかなりのものになったと思う。

 私も唯もその完成度に満足していた。果物がもりもりで文句を言う人なんていないだろう。

 ローストビーフのタイマーも鳴り、鍋から降ろして休ませておく。時間的にもまだ夕飯には早いのでケーキは冷蔵庫で冷やしておく。これで2つとも完成。お疲れ様、唯と私。

「あとは片付けして時間まで待ってよっか。唯は部屋に戻ってていいよ。」

「いやいや私も片付けするよ。」

 まぁそうだよね。ここは私の家だし後は任せてなんて思って言ったけど、唯には通じず2人で仲良くお片付け。片付けまでが料理。


 私達が作った物だけじゃ彩りが寂しい為か、母がサラダやスープなどを作ってくれたらしく、食卓へ戻った時にはとても豪華になっていた。

「ねぇおねーちゃんケーキは!?ケーキ!」

「ケーキは一番最後でしょ!冷蔵庫で冷やしてるだけだから安心して。」

「唯さんと一緒に作ったの?」

「そうだよ。見た目は少しアレだけどすっごいケーキになってるからね。」

「奏子、ローストビーフ切るんでしょ?」

「あ、はい!それ私がやります!奏子もいいでしょ?」

「え?うん。いいけど。」

 母の声を遮り唯がナイフとフォークを持ってローストビーフの元へ。

「私がローストビーフを切り分けますね。それじゃあ奏子厚さは?」

「え?」

「いいんですよ。誕生日ですから。」

 やたら積極的だなぁと思ったら、さっき参考にした漫画の真似か!私が昼にやってみたいって言ったからそれを真似してくれてるのかな。そういえばさっき漫画読んでたね。

 私が厚さの指定をする前に分厚く切ってくれる唯。厚さにすると3㎝位だろうか。ここまでくると別の料理に見えてしまう。もしお店で頼めばすんごい値段を取られそうな厚さも、自分達で作ればそれもやりたい放題。ここが自作の一番いい所だろう。

 流れで私の家族の分も切り分ける唯。心なしか私が一番の厚さになるように気遣ってくれてたように見えた。

 肝心の味はと言うと、とても美味しかった。大成功と言って間違いないだろう。低温でゆっくり調理した事で、中はまだ赤みがかかっていてしっとり柔らか。ソースを付けて食べても、何も付けずに食べてもおいしいのもまたいい所。今までローストビーフといえば、薄く切った物を少しずつしか食べた事が無かったため、新しい肉料理を食べた感じ。というか、ほぼステーキ。試しに薄く切って食べてみたけど、やっぱり食感も味も別の料理に感じられた。

「唯はどう?美味しかった?」

「うん。美味しかったよ。中がまだ赤くて大丈夫なのかな?と思ったけど美味しかったからいいやって思っちゃった。」

「あはは。確かにそうかも。でもしっかりレシピ通りに作ったし大丈夫だよ!大丈夫なはず……。」

「え?はず……?」

「ほら!さっきお店で買ってきたものだから古くないし!豚肉や鶏肉だと絶対ダメだけど牛肉だから!」

 せっかくの楽しい雰囲気を怪しい話題で壊してはいけない。何度も言うけどしっかりレシピ通りに作ったから大丈夫なはずだ。

「妹は?これは私と唯が作ったんだよ。どう?美味しい?」

「えー!これ唯さんが作ったの?美味しかったよ!美味しい料理も作れるんだねー凄い!」

 妹よ。私と唯が、と言ったのが聞こえなかったのかい?私など目もくれずに、唯にだけ凄いキラキラとした目を向けている妹。妹の唯さん大好きポイントが爆上がりしてるな。唯も唯で、ほとんど作ったのは奏子だよ、と言いたそうな顔だが、妹の勢いの前に言う事が出来ずに頭を撫でていた。

「唯さん!ケーキは?ケーキ!あるんだよね?ケーキも唯さんが作ったの?」

「ケーキもね、私と奏子で作ったんだよ。ご飯も食べたし、用意しようか。」

「わーいやったー!」

 唯がケーキお願いとアイコンタクトをしてくる。冷やしておいたケーキをみんなの所へ持ってくると、ようやく私の方へ目を向ける妹。正しくは私へ、ではなくケーキへ、なんだろうけど。まったくこの妹は。

「なんだこれぇー!すげー!でも美味しそう!唯さん切って切って!」

「待って!今日は奏子の誕生日だからね。先にロウソク立ててハッピーバースデーの歌を歌ってからね。」

「そうだった。」

 唯の大きい声を久しぶりに聞いたかもしれない。唯の大きな声に驚いたのか、はたまた唯の提案だからか分からないが素直に言う事を聞く妹。ロウソクを立てる為に空けておいたスペースに1と6のロウソクを立て、火を付けて私の方へ向ける。

「それじゃあ、せーの」

 

 Happy Birthday to you

 Happy Birthday to you

 Happy Birthday dear 奏子

 Happy Birthday to you!

 

 歌に合わせて最後に息を吹いて火を消す。一発で消せるか少し不安だったけど無事消せたようで一安心。今までも誕生日にケーキはあったが、今日みたいに皆で歌って火を消した事は初めてだったと思う。ほとんどが真っ先にケーキへ飛びつく妹のせいなんだけどね。

「唯さん!歌も歌ったしケーキ食べよう!」

「ええ?ちょっと待ってよ。」

「唯いいよ。切っちゃって。」

「奏子、いいの?」

「気にしないで。いつもの事だから大丈夫。」

 私がいいと言うなら……といった体でケーキを切り分ける唯。ケーキをせがむ妹に分けた後、私の分も切り分けてくれる。

 主役は奏子なのに、とでも言いたそうな顔であたふたする唯がなんだか可愛く思えてしまった。妹の前だとあまり威厳は無いが今日は私が一番になるように振舞ってくれている。お気遣いありがとうね。

「はいどうぞ。奏子の分だよ。足りなければ言ってね。」

「ありがとう。お客さんなのに騒がしい妹の相手させてごめんね。」

「大丈夫だよ。可愛い妹さんだね。」

 本当は昨日も今日も、今でさえも私は唯と話をしていたはずだった。しかし、流石私の妹。懐いた相手にずっと付きまとう姿は大したものだ。だがね、妹よ。今までも、これからも唯といる時間は圧倒的に私の方が多いのだよ。それに比べれば昨日今日なんてほんの一瞬にすぎないから、唯といる事を許してあげよう、なんて思ってしまう。これは姉としての余裕だ。それに今日は気分がいいからね。

 はたからみると、ひとまわりも年下の妹に嫉妬していて、恥ずかしい事だと思われてしまうかもしれない。だが私はそんな事気にしないし、何と思ってくれたって構わない。寧ろ私はそんな相手にでさえしっかりと嫉妬している事を誇りにさえ思う。それだけ私は唯に対して本気なんだよ、と。

 じゃれあう2人がこちらを見てないのをいい事に、1人ドヤ顔で果物たっぷりの甘いケーキを食べながら考えていた。

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