第3話 覚醒の影

冷たい風が吹き抜ける小さな村――。

 キトは三度目の人生を、静かな森の奥で迎えた。生まれた瞬間、彼は違和感を覚えた。まだ幼い心の奥に、形を成さない“何か”が渦巻いている。生まれ変わるたびに濃くなる、胸の奥に沈殿する黒い熱――それが何なのか、幼い彼にはまだ分からなかった。

 幼少期のキトは、村人の誰よりも速く走り、重い薪を軽々と担いだ。遊び半分で川に飛び込んでも、底まで潜る力を持ち、体力も尽きない。

「あの子、やっぱり普通じゃない」

 周囲の大人たちは恐れた。キトは孤立していった。自分でも“他と違う”ことは分かっていた。けれど理由は分からない。時折、夢の中で見知らぬ戦場を歩く感覚に襲われる。血と炎、巨大な影、何かに斬られる瞬間の痛みそれらが“現実の記憶”のように蘇る夜もあった。

 少年になる頃には、キトは村の中でも「頼りになる存在」として扱われるようになっていた。盗賊が襲ってきたとき、彼は咄嗟に立ち上がり、見よう見まねの棒術で男たちを退けたのだ。

 そのとき、彼の体は勝手に動いていた。心臓が高鳴り、視界が開き、まるで長年鍛えた戦士のような身のこなしだった。

(今の、俺じゃなかった)

 キトは震えた。戦いの後、血に濡れた自分の手を見つめたとき、胸の奥で何かが「目覚めたい」と呻いた。

 やがて、村に異変が訪れる。

 空が黒く染まり、森の奥から“神の眷属”と呼ばれる異形が現れた。翼を持ち、金色の目を輝かせたその化け物は、まるでこの世界の理の外側にあるような存在だった。

「逃げろ!」

 村人たちの悲鳴が木霊する中、キトは足が止まらなかった。恐怖ではない。胸の奥から“怒り”が湧き上がっていた。理由も分からず、心臓が熱くなり、血が沸騰するように全身を駆け巡る。

(あいつを……殺さなきゃいけない)

 自分でも理解できない衝動だった。

 眷属の一撃で家々が吹き飛ぶ。村人がひとり、またひとりと潰されていく。その中に、自分を育ててくれた老夫婦の姿があった。

「ぁ、ああ……」

 視界が赤く染まった。何も考えられなかった。

「やめろおおおおおおッッ!!!」

 叫んだ瞬間、全身から黒い炎のようなオーラが噴き出した。

 骨の奥から、角が伸びる感覚。背中を電撃が走り抜ける。視界が鮮明になり、時間がゆっくりと流れ始めた。

 キトは地面を蹴った。

 音が消えた。空気が裂けた。

 あまりの速さに眷属が反応するよりも早く、キトの拳がその胸を撃ち抜いた。重い衝撃音とともに、異形の体が大地に叩きつけられる。

「……なんだ、これは……!」

 自分の体じゃないような感覚。だが心地よい。血が叫び、魂が燃える。戦いが、“当たり前”のように感じる。

 だがそれでも、相手は神の眷属だった。

 倒れたかに見えた異形は、体を再生させ、不気味な光を放つ。

「チイサキモノ……イミナシ」

 その声と同時に、キトの体は吹き飛ばされた。骨が軋み、肺が潰れる。

 それでも立ち上がった。怒りが痛みを塗り潰していく。

 次の瞬間、空に巨大な紋章が浮かんだ。

 あの声――忘れもしない、世界の頂にいる“神”の声が、頭の奥に響いた。

『また、お前か』

 キトは息を呑んだ。理解できないのに、理解していた。

 この声は、知っている――自分を殺した“あの神”の声だ。

「……エデン……!」

 初めてその名を口にした。前世の断片が脳裏をよぎる。炎に包まれ、剣に貫かれ、地に伏したあの日の光景。

『何度転生しても無駄だ。お前は、この世界の“礎”になる』

 神の声とともに、眷属の体から放たれた光がキトの体を貫いた。

 焼けつくような痛み。地面に膝をつき、血を吐く。

(……くそっ、こんな……ところで……!)

 視界が暗くなる。だがその闇の奥で、赤黒い炎が燃えていた。

『次は必ず、お前を殺す』

 死の間際、キトの心に刻まれたのは、復讐の二文字だった。

 角が一本、ゆっくりと伸びた。

 神に殺された魂は、次なる転生へと向かう。

 そこから始まるのは、運命への反逆。

 ――第4転生、神鬼キトの物語の“本編”が幕を開ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る