第1転生 村に生まれた鬼

柔らかな朝の光が、まだ冷たい霧の向こうから差し込んでくる。

 小鳥の鳴き声と、川のせせらぎが響く小さな村──そこに、キトは生まれた。

 名もなき辺境の村。

 戦も神も、何も知らないただの田舎。

 だが、少年キトは生まれた瞬間から「普通」ではなかった。

 生まれて間もない赤子が、助産師の腕を払い落とし、母の胸にしがみついた。

 それを見た大人たちは顔を見合わせ、「この子はきっと丈夫に育つ」と笑った。

 だが、それは始まりにすぎなかった。

 十歳になる頃には、キトの身体能力は村人をはるかに超えていた。

 丸太を片手で持ち上げ、走れば風を裂く。

 羊飼いの少年が息を切らせて登る丘を、キトは一瞬で駆け上がった。

「キト、お前、本当に人間か?」

「知らねーよ。でも、走るのは気持ちいいんだ」

 彼はただ、自分の身体が動くのが楽しかった。

 村の誰よりも速く、強く、自由に。

 けれど、村の空気は少しずつ変わっていった。

 力を持つ者は、時に「異端」として見られる。

 最初は憧れだった眼差しが、いつしか恐れに変わっていくのを、少年は気づかぬふりをしていた。

 ある日、村を黒い煙が包んだ。

 盗賊団が村を襲ったのだ。

 男たちは鎌を持ち、女たちは子を抱えて逃げ惑う。

 キトは、ただ一人立ち上がった。

「どけ! 俺がやる!」

 彼は丸太を肩に担ぎ、盗賊団へと突っ込んだ。

 一撃。丸太が唸りをあげ、盗賊の一人が吹き飛んだ。

 二撃。踏み込んだ足が地面を割る。

 三撃。血が舞い、悲鳴が夜に響いた。

 その戦いは、ほんの数分で終わった。

 村を襲った十数名の盗賊は、誰一人として立ち上がれなかった。

 キトの拳は、子供のそれではなかった。鬼神のそれだった。

「……キト……お前……」

 誰かが呟いた。

 恐怖に染まった瞳が、少年を映していた。

 それがどういう意味なのか、彼にはわからなかった。

 けれど──その日を境に、村人の態度は変わった。

 村の視線が冷たくなった。

 井戸端で話していると、誰もがそそくさと立ち去った。

 笑顔だったはずの幼馴染も、距離を置くようになった。

「俺は……何か、間違ったのか……?」

 夜、村の外れに座り込み、キトは空を見上げた。

 星は静かに瞬いている。

 彼の胸に、説明のできない怒りと寂しさが渦巻いていた。

 心の奥底で、ずっと何かがうずいていた。

 「何かを壊せ」と叫ぶ衝動。

 「何かを殴らなければならない」という声。

 それは、かつて神に抗った鬼神としての記憶の“かけら”だった。

 十五歳になる頃、隣国との戦争が始まった。

 徴兵の手が村にも伸びる。

 キトは真っ先に選ばれた。

 力がある者は、戦場へ駆り出される運命にあった。

「戻ってきてね」

 幼馴染の少女が泣きながら言った。

 キトは無言で頷き、木刀を腰に差した。

 守るために戦う──それだけを信じて。

 だが戦場は、村とは違う。

 剣と血と、死だけがある世界だった。

 数えきれない死体。

 血に染まった泥。

 兵士の叫びと、鉄のぶつかる音。

 キトは剣を握り、ただ前に進んだ。

 その戦いぶりは、まるで“鬼”そのものだった。

 一人で敵兵の列をなぎ倒し、味方の部隊を何度も救った。

 いつしか仲間たちは彼を「戦鬼」と呼ぶようになった。

 けれど、戦争は終わらない。

 数を減らすだけの殺し合いの中で、キトの心は少しずつ壊れていった。

「なんで……こんなこと……」

 剣を握る手が震える。

 自分の力が、何のためにあるのかわからなかった。

 守るために戦ったはずなのに、気がつけば、自分の手は血にまみれていた。

 ある夜、戦場の前線が破られた。

 敵の魔導兵が炎を放ち、味方は次々と倒れていく。

 逃げる兵士たちの中で、キトはたった一人踏みとどまった。

「来いよ……! 俺はここにいるッ!!」

 炎の中、彼は敵の魔導兵を次々と叩き潰した。

 剣ではなく、拳で。

 燃える戦場の夜空の下、キトは“力”そのもので戦った。

 ──だが、戦いの終わりは突然訪れた。

 頭上から、巨大な光が降り注ぐ。

 それは、戦争の武器などではない。

 神の光──【エデン】の使徒が放った裁きだった。

「な……んだ……これ……」

 空が白く反転する。

 大地が崩れ、炎が飲み込まれる。

 視界の先に見えたのは、あの日、魂の奥で見た黄金の輝き。

 キトは、笑った。

 なぜか分からない。

 けれど、その光は“知っているもの”だった。

「お前か……」

 光が彼を包み込む。

 肉体は焼き尽くされ、意識は輪廻へと沈んでいった。

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