19話 新たなお家


 可愛いお洋服を買って美味しいご飯を食べて、今日はとっても良い一日だった。

 あとはぐっすり眠るだけ――ということで向かいますのはタッカーさんのお家だ。


「ワクワクするねぇ、アクエリちゃん」

「……娘っ子は本当に切り替えが早うありんすねぇ」

 なんかイヤミ〜な感じのアクエリちゃんだけど、ゴキゲンだから全然気にならないよ。

 

 今日という最高の一日を締めくくるのはどんな場所なんだろう。

 これからしばらく暮らすことになる新しいお家だし、結構楽しみにしてたんだよね。


 大通りに入ると、夜なのに結構な数の人が歩いていた。

 たくさんの街灯が立っているから明るいし、道の傍に並ぶお店からワイワイと人の声が聞こえてくる。

 ユーシャ村は街灯なんて無いしみんなじいちゃんばあちゃんだから夜になったらすぐに寝ちゃってた。あれはアレでのほほんとしてて好きだったけど、夜になっても賑やかなリブリスの方がやっぱりウキウキしちゃう。だって私の前世は東京生まれの東京育ち。押しも押されぬ都会っ子だからね。

 

「うふふ……楽しみぃ」

「いきなりなんじゃ娘っ子! その下卑た笑顔をやめなんし!」

「えっ」

 なぜだかアクエリちゃんに怒られた。

 

 夜の大通りをしばらく西に歩く。

 西門から入った私達にとってはちょうど引き返すような形だ。

「ここを曲がったら見えるからねっ」

 タッカーさんの後をついて北に向かう路地を進むと、住宅の立ち並ぶ区画が現れた。

「さぁ着いたよ。ここが我が家さっ」

 その中の一つ、リブリスではありふれにありふれた小ぶりなレンガ造二階建――そこがタッカーさんのお家らしい。

 儲かってなさそうなのに身なりが良いから、ホントは行商は趣味の貴族でした、なんてことを想像してたんだけど違うっぽい。


「……てっきりお屋敷に住めると思ってたのに」

「えっ、なんでだいっ!? 僕はしがない行商だよっ!?」

「お遊びだと思ってた」

「すっごい失礼だねっ!? 超ホンキさっ!?」


 まあそう言わずに入ってよぉ――しょんぼりしちゃったタッカーさんに招かれるままお家に入る。

「はえー」

 行商って言うからミニマリストも発狂するような物で溢れたお家を想像していたけれど、中は意外とオシャレな感じ。

 丸みのあるソファが向かい合うリビングに木のテーブルが可愛いらしいダイニング――小ぶりだけれど一階はリビングダイニングというものだろう。天井から吊るされたカンテラに灯る暖かな光が大人の隠れ家のような雰囲気を醸し出している。奥はキッチンになっていて、調理器具の他にビン詰めにされたたくさんの食材や香辛料が並んでいる。

 

「凝り性の独身イケオジが夜な夜なウイスキーの入ったグラスを傾けていそうなお部屋だね?」

「それは褒めているのかいっ……!?」

「褒めてるよ……きっとそう」

「どっちなんだい!?」

 

「おや、良さそうな酒が置いてありんすねぇ」

 アクエリちゃんはキッチンの棚を物色中だ。

「ダメだよアクエリちゃんっ!? お酒は二十歳になってかr」

「どれ、一口いただきんす」

「うわあああっ!? 幼女がお酒を飲んでしまったあああああ……でも精霊だし大丈夫だったねっ? ほっ!」

 叫んだり安心したり忙しいタッカーさん。楽しそうでなによりだね。

 でもいいの? 高そうなお酒、アクエリちゃんがゴクゴクいってるよ?


 私は二人を置いてお家探検。キッチンの側に扉があって、開けると更に二つの扉――それぞれおトイレとお風呂につながっていた。

「はえー。リブリスには下水があるのかも」

 おトイレはレンガを組んだだけの簡単な作りだけど、耳を澄ますと水の音が聞こえる。近くに水を入れる桶が置いてあって、ウンチした後はお水で洗ってね、ってことらしい。

「すご〜い」

 前世のことを思うとあまりにも原始的だけど、ユーシャ村には下水なんて無いからおトイレする度に肥溜めに持って行かなきゃだったからことを考えるととっても文明的だ。

「都会の女になった気がするね」

 

 そしてお風呂。こちらもちいちゃーい風呂桶が真ん中に置いてあるだけの簡素な作りなんだけど、これまたカンテラの灯りがいい雰囲気なの。水道は無いからどこかから汲んできたりしなきゃだけど、ウチはアクエリちゃんっていう無料のウォーターサーバーがあるから全く問題ないね。

 

 続きまして、リビング右手の階段を登ってみた。

 二階には三つの扉があって、手前から一つ一つ開けてみる。


「うわぁ」

 一つ目は多国籍ないろーんな物品が乱雑に積まれたお部屋――汚部屋だ。きっと仕入れたものの売れなかった商品達だ。やっぱり行商してたらこういう部屋はあるよね。仕方ないね。

 

「うわぁ」

 二つ目は多国籍ないろーんな物品が乱雑に積まれたお部屋――汚部屋だ。以下略。仕方なくないね。きっとお片付けが苦手なんだね。

 でもちょっと何があるか気になるから、こんど探索しよう。


「はえー」

 三つ全部が汚部屋というオチを想像したけれど、タッカーさんは悉く私の予想を裏切ってくる。

 三つ目は小さなベッドが置かれた寝室だった。

 ぬいぐるみとかも置いてあるし、子供部屋みたい。


「私の為……じゃないよねぇ?」

 タッカーさん家に居候することになったのは突然だったし、もしかしてタッカーさんには子供がいるのかな?

 たぶん四十歳くらいだし、この世界の結婚ってなんとなく早そうだから、もうとっくに成人してたりするのかも。


「でも一人暮らしってことは……そういうことか」

 奥さんとは別れちゃったんだろうね。可哀想だから触れないであげよう。


 自分の寝床は分かったし、そろそろ二人のところに戻ろっかな。そう思い階段を降りると、


「わっち……ずっと召喚されてなくてぇ……そしたら五百年経っててぇ……ヘレンミ嬢も中身まで老婆になっておってぇ……!」


「僕もねぇ……お、奥さんが出て行っちゃってぇ……それで今日街に入った時に奥さんを見かけてねぇ……? 追いかけて話しかけたら『失せろ下郎』って言われたんだぁ……!」


「「うえええええん――っ!!!」」


「ありゃりゃ」

 二人ともテーブルに突っ伏して、真っ赤な顔で号泣していた。タッカーさんはなんとなくそれっぽいけれど、アクエリちゃんも泣き上戸だったんだね。


「泣きたい夜があるんだねぇ。よーしよしよし」

 二人の頭を撫でてあげよう――そう思った時、


「でも……くくくっ!」

「でも……はははっ!」

「んっ?」

 いきなり二人が笑い始めたんだ。

 そして、同時に顔を上げた。


「あの娘っ子を利用してぇ! 今後こそ世界をわっちのモノにしてやるわぁ――ッ!」


「クスリちゃんがくれたあのキレイな石でぇ!今度こそ大金持ちになってやるぞぉ――ッ! 」


「くぅーくっくっくッ!」

「はぁーっはっはっはッ!」


「ありゃりゃ」

 今度は笑い上戸だ。不安定だね。

 そっとしておいてあげようね。


 一人じゃお風呂に入れないから、服だけ着替えて寝ることにした。机で寝る二人には悪いけど、子供部屋を使わせてもらおう。お酒で気持ちよくなってるんだからおあいこだ。


 布団に入り、暗い天井をぼーっと眺める。

 色んなことが思い浮かんで、他のことに上書きされて、それがずうっと繰り返される。

 

「アクエリちゃん、世界をどうのこうのって言ってたなぁ」

 きっと五百年モノの厨二病ってことだろな。優しく接してあげようね。

 タッカーさんもお金持ちになれたらいいね。


 それにしても、

「始まっちゃったなぁ。異世界ファンタジー」


 私の現在地は、ゲームでいうところのチュートリアルが終わった辺りだろう。オープニングイベントを八年がかりで終えて、やっと初めの街に来た。これから自由にやりたいことができるようになって、少しずつ目標へ向かっていくんだ。


 私の目標は二つ。

 どこかへ行っちゃったユーシャ村のじいちゃんばあちゃんを見つけること。

 じいちゃんばあちゃんのボケを直す効果のある魔物を見つけること。

 その為には人探しや探し物が出来るスキルを持ってる人を探さないといけないし、きっと強くならなきゃいけない。

 だから、まずは「圧縮」スキルをレベルアップさせて、もっともっと出来ることを増やしていかなきゃだ。


「明日から頑張るぞぉ」

 行くぞ異世界ファンタジー。やるぞ異世界ファンタジー。明日へ胸いっぱいの期待を抱いて、ゆっくり瞼を下ろす。

 

 ワクワクして全然寝れなかった。

 

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