18話 お召し替えはディナーの前に②
「あっ、このワンピース可愛いねぇ」
ブエナさんは奥の扉に入ったっきり全然出てこないから、私はアクエリちゃんと一緒に店内を物色中。
タッカーさん曰く、ブエナさんはお裁縫のスキルを持っていて、すっごい速さでお洋服を仕立てちゃう街一番の服職人なんだって。
だからタッカーさんは「きっとお祝いごとにも着ていけるようなとっても可愛い服を作ってくれているんだよ」って言ってた。楽しみだねぇ。
とはいえ私はこれからリブリスで暮らすわけだから、他所行きの一点物だけじゃなくて、毎日着回せるお洋服とかパジャマも欲しいよね。
ってことで、ブエナさんを待つ間に欲しいものを探そうってなったんだ。
「ちなみにクスリちゃんはどんな服が好きなんだい?」
タッカーさんが店内をウロウロしながら言った。
うーん。好きな服と言われると、前世では黒っぽい服ばっかり着てた気がするなぁ。好きなバンドのイメージカラーが黒だったこともあるし、そもそも可愛い色合いの服は似合わなかったから。
でも今は金髪ふわふわで目がキュルキュルのスーパー美少女なんだから、せっかくだしすっごい可愛いのを着たいよね。
「お花柄とかフリルがいっぱいついたやつとかねぇ、可愛いお洋服が好きぃ」
「……えっ」
「えっ」
なんで「えっ」って言ったの? タッカーさん?
「娘っ子にはこういうのが似合いんす」
アクエリちゃんが洋服を選んでくれていたみたい。
どれどれ。五百年物のおばあちゃん幼女のセンスとやらを見せてもらおうじゃないか。
「……喪服?」
それは女児服というにはあまりにも黒過ぎた。
黒く、暗く、漆黒の、黒いワンピースだった。
フリルや柄といった装飾の類は一切無く、ただそこにあるのは死者への鎮魂と遺された家族への寄り添いのみ。
こういうのが似合う――そう花魁幼女は言った。
しかし、喪服とはシーンに合わせて着用するものであり、似合う似合わないのものではないはずなのだ。
……それすら似合う美貌ということだろうか?
一応試着してみた。
「くくくくっ! 本当に似合っておりんすねぇ!」
仕切のカーテンから出た私を、花魁幼女は腹を抱えて笑った。
彼女は私を一体どう思っているのだろうか?
一回、ちゃんと喧嘩しておくべきか?
「おっ!さすがはクスリちゃん! 大人っぽくてすごく素敵さっ!」
「えっ……そ、そうかなぁ?」
タッカーさんに褒められて、改めて姿見に映る自分を見てみた。
膝丈の真っ黒いワンピース。初めは地味ぃで好きじゃなかったけど、腰回りがキュッとした細身のシルエットは結構可愛いかも。それに金髪美少女だから何着ても似合っちゃうし、以外とフリルばしばしよりもシンプルな方がかえって似合うのかもしれないね。
「クスリちゃん! 僕が選んだ服も着てみてよっ!」
「うふふ……いいよぉ」
タッカーさんは行商さんだからきっと目利きが上手。
アクエリちゃんみたいに捻くれ者じゃないし、これは期待だね。
「……喪服②?」
それは女児服というにはあまりにも以下略な黒いワンピースだった。もはや花魁幼女が持ってきた物と何が違うのかも分からない。
が、ゴキゲンだったので一応試着してみた。
「くははははッ!? 人間共の顔が浮かぶようでありんすぅ!」
またしても花魁幼女は笑った。
顔が浮かぶとはどういう意味だ? それって私が可愛すぎるって意味だよな?
「うん! やっぱりクスリちゃんはなんでも似合うねっ!」
「えっ……そ、そうかなぁ。えへへ」
同じ黒のワンピース、しかし先程のものよりもゆったりとしたシルエットで着心地が良い。
やっぱりアレだね。素材がいいからなんでも可愛く着こなせちゃうんだね。
*
「……喪服⑨?」
タッカーさんとアクエリちゃんが代わりばんこで喪服を持ってくるのに付き合うこと一時間。
「……ハァ……ハァ……完成……したわッ!」
息絶え絶えのブエナさんが現れた。
「おっ!今日はとっても時間がかかったねっ。これは大作の予感かなっ?」
「大作……えぇ。大作よ。私の服飾人生の全てを込めた、渾身の大作がね……ッ!」
「えっ」
ちょっと張り切りすぎじゃない?
「こちらをお召しになってください」
「えっ」
なんで敬語?
ブエナさんのやけに力の入った表情に押され、言われるままに試着してみた。
「うお〜」
思わず感嘆しちゃったのは、試着室の姿見に映る自分がとっても可愛いかったからなんだ。
ブエナさんが作ってくれたのは上品なブラウスとショートパンツ。なんとどっちも真っ白なの。すごく手触りが良くて、きっと良い布を使ってくれてる。フリルは無いけどショートパンツのおへそのあたりにワンポイントの黒いリボンがついていて、これがまた可愛いんだ。
超キャワキャワな子にあえてボーイッシュなパンツルックという選択。可愛い女児にはワンピース――そんな安直な考えに往復ビンタをかましてくるプロの技だね。
黒いワンピースばっか選んでくる素人二人とはワケが違うのさ。
「じゃじゃ〜ん」
早く皆に見せてあげたくて、私は試着室を飛び出した。
きっと大絶賛の拍手喝采――そう思っていたんだけど、
「……つまらんの」
「えっ」
煙管をふかし始めたアクエリちゃん。
「白を選んだんだねっ。逆にねっ!」
「えっ」
なんか含みがあるタッカーさん。
金髪美少女に白は定石だよ?
「聞かせてもらえるかいブエナさん――クスリちゃんにあえて白を選んだワケを」
タッカーさんはなぜか真剣な表情で問いかけた。
そんなに意外?
すると、ブエナさんは大きく息を吐いた後、私の目をじっと見て語り始めた。
「――テーマは『死』よ」
「えっ」
いま「死」って言った?
「死とは万人に訪れる終焉。そこに貴賤も善悪もなく、平等にその命を無垢へと還すもの――この一着はそんな死の純粋さを込めたものよ」
言ってるね? 「死」って言ってるね?
なんで? これ女児服よ?
「ふむ……ブエナさんはクスリちゃんが携える『死』のイメージを無垢――つまり純白と捉えたわけか……」
タッカーさん、今さらっとすっごいひどいこと言わなかった? だから喪服持ってきてたの?
「……なるほど、それなら納得いくねっ」
納得すな?
「……服職人。ではズボンにあしらった黒いリボンは何かえ? 」
おっ、アクエリちゃんがリボンに興味を持ってくれたよ? 大おばあちゃんだからもうダメかと思ったけど、このリボンの可愛さに気付くとはやっぱり女の子だね。
「――『内臓』よ」
「えっ」
一番可愛くない言葉が聞こえたよ?
「死とは無垢。しかし恐怖を覚えてしまうのが人間という生き物よ。だから私は純白の中心に黒いリボンを飾ることで、腹からこぼれ落ちる内臓を表現したの」
こんな嫌なリボン初めてだよ?
「ほう……娘っ子の眼差しが湛えるグロテスクな邪気を『内臓』と捉え、こぼれ落ちる――つまり命の終焉と掛けた、ということでありんすねぇ……」
……グロテスクな邪気?
「なるほどねぇ。これは評価せざるをありんせん」
評価すな?
私はもうすっごい困惑してるんだけど、二人はブエナさんに拍手を送っている。
「恐れ入ったっ! さすがは『最もお客さんを笑顔にさせられる服職人』と呼ばれるだけのことはあるねっ!」
私、今笑ってるかな?
「良い物を見せてもらいんした。ほれ娘っ子。ブエナ嬢にお礼を言いなんし?」
「えっ……ありがと……?」
これで決まっちゃった流れ? もう変えられない?
最初に見た花柄のワンピースが良かったんだけど?
「こちらこそありがとう。緊張感のある良い仕事が出来たわっ! また人間界に来た時は、アルマリー洋服店をよろしくねっ?」
「えっ……はい」
握手を求めてきたブエナさんがあまりにも充実した表情をしているものだから、やっぱり他のがいい、なんて言えなくて、そのまま他の
――テーマは「死」よ。
「うううー」
せっかくのオシャレイベントなのに、なんかすっごいモヤモヤする。こんな気持ちじゃディナーなんて行っても全然楽しめないよ――
なんて思ってたんだけど、久々に食べるプロのご飯はすっごく美味しくって、嫌なことはぜーんぶ忘れちゃった。
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