9話 お花見


 じいちゃんばあちゃんの全身から放たれた光は夜明けまで続き、私はその頃にようやく眠りについた。

 目を覚ました時にはお昼を過ぎていて、ヴァネッサおばあちゃんも家に居なかった。


「アクエリちゃん。お水ちょーだい」

「たくさん飲みなんし」


 桶に満たされたお水で喉を潤し、顔を洗い、歯を磨く。

「寝ぐせが酷うござりんすよ」

「じゃあ髪の毛もしてぇ」

 

 そう言うと、はねた髪の毛が無数の水球で覆われる。

 具体的なことはよく分からないけれど、しばらく待ってれば寝ぐせが治るんだよね。


「ふふふ」

「なんじゃ娘っ子。不気味なニヤケ顔はやめなんし」

「ぶきみって言わないでよぉ。可愛いって言ってぇ」

「お断りでありんす。して、なにか笑うようなことでもありんしたか?」

「だってアクエリちゃんさ? 文句ばっかりだけどいっぱいお世話してくれるでしょ? 頼めばお風呂にだって入れてくれるし、お母さんみたいだって思って。ちっちゃいのにねー。ふふふ」

 

 決してバカにした意図はなかったんだ。

 ただなんとなくそう思っただけで、それを深く考えず言葉にしただけで。

 でも、

「だまりんす」 

 水の檻に閉じ込められちゃった。

 たくさん謝って、お腹いっぱいに水を飲まされて、ようやく外に出してもらえた。

 

「次は無いと思いなんし?」

 アクエリちゃんはちっちゃ可愛いのに、怒ると怖いね。

 言葉には気をつけようね。

    

 朝の身支度を終えて外に出ると、広場が大変なことになっていた。

 魔物の死体が積みあがって山みたいになっているんだけど、現在進行形で標高を伸ばし続けている。

 一見すると無人に見えた広場だが、目を凝らすとあちこちでじいちゃんばあちゃんが一瞬見える。

 昨日の魔物二百匹混沌スープは効果テキメンだったみたいで、我らがユーシャ村のじいちゃんばあちゃんは全員瞬間移動を会得したっぽい。

 

「娘っ子、お前さんの所為で化け物共が復活してしまいんしたよ……?」

 アクエリちゃんが何故かねめつけるような眼差しを投げてくる。

「いいじゃん。じいちゃんばあちゃんは嬉しそうだし」

「お前さんはなんにも分かっておりんせん。あやつらが何故あのような姿で……」


「「がら空きじゃ……」」

 アクエリちゃんが何かを言いかけていたけど、ヴァネッサおばあちゃんとグクンドおじいちゃんが背後に現れ、私のポッケとアクエリちゃんの袖に石と干しマンドラゴラを入れた。

 アクエリちゃんは「気配が全くありんせん……!」とぎこちない顔をしていて、成すがままに頭に撫でられている。


「身体の調子はど~う?」

 みんなに向けて尋ねると、三十三人が私達を囲むように現れ、口々に答えてくれた。

 一遍に話すものだからほとんど聞き取れなかったけれど、みんな笑顔で元気そうだ。


 これまでの実験で分かったことを纏めると、こんな感じかな。


 〇魔物にはそれぞれ健康作用がある。

  ・ゴブリン・・・滋養強壮

  ・ダークウルフ・・・足が速くなる(下半身の強化?)

  ・オーガ・・・気分高揚

 〇圧縮することによって、健康作用の吸収効率が上がる。

 〇効果が出るのは翌日。

 〇一度にたくさん摂っても大丈夫。

 〇マズいけど、クセになる味かもしれない。

      

 となると次は……うん。


「アクエリちゃん。私、やりたいことが出来た」

 魔物退治に戻ったじいちゃんばあちゃんを眺めながら呟く。

「……イヤな予感がしんすなぁ」

 アクエリちゃんはため息交じりにそう言った後、言ってみなんし、と紫煙を燻らせる。


「じいちゃんばあちゃんのボケを治す魔物を見つけるんだ」

「……して理由は?」

「だってボケてないみんなとお話したいじゃん」

「それだけでありんすか!?」


「え……うん。そうだよ?」

 元勇者のじいちゃんばあちゃんの昔話って絶対面白いもんね。

 今は同じ話を何週もするからアレだけど、ボケが治れば凄い冒険譚が聞けるんじゃなかろうか。

  

 アクエリちゃんは呆れたみたいに口をへの字にして大きなため息をついたけど、「しかし好都合かもしれんせんなぁ」としたり顔。

「つまりその魔物を探す旅に出るということでありんすな?」

「うん。道中はアクエリちゃんに守ってもらえばいいし、お水はアクエリちゃんがいつでも出してくれるし、動物を狩るのもアクエリちゃんが出来るでしょ?」

「当たり前でありんす。お前さんの旅の安全はわっちが保証しんすよ」

「ふふふ。じゃあ決まりだね。準備して来週くらいに旅立ちといこうか」

 

 しばらくじいちゃんばあちゃんと会えないけれど、みんな元気だし大丈夫だよね。

 頭に良い魔物も一応アテはあるし、すぐに帰ってこれるでしょ。


「楽しみだねぇ。アクエリちゃん」

「そうでありんすなぁ」

「「ふふふ」」


 アクエリちゃんも旅がしたかったのか、嬉しそう。

 私も初めての冒険に心が躍っている。

 異世界ファンタジーという名の夜明けは近い。

 わっくわくな気持ちで終始ニヤケてしまいながら、魔物の山を圧縮し続けた。


 翌日のことだ。     

 今日も今日とて魔物の死体が積み重なっていく広場に向かうと、じいちゃんばあちゃんに周りを囲まれた。

「わぁ」 

 瞬間移動で急に現れるから、びっくりして尻もちついちゃった。

 

「グランディスちゃん。ちょっといいかい?」

「うん。どうしたの?」


 なにやら畏まった様子のヴァネッサおばあちゃん。

 大事な話かな?


「なんだかみんな、身体の調子が良くってねぇ。久しぶりにお花見でも行こうかぁって話をしていたんだよぉ」


 花見の季節はとっくに過ぎて、もうすぐ夏になろうかという時期なんだけれども。

 異世界だから夏場に見頃になる桜的な花があるんだろう。


「そうなんだ。楽しそうだね」

 魔物探しの旅に出る前の、じいちゃんばあちゃんとの思い出作りにもピッタシだ。


「いつから行くの?」

「今からじゃよぉ」

「え、今から?」

 ちょっと急すぎやしませんか?なんて口を挟む暇もなく、「それじゃあ行こうかねぇ」とヴァネッサおばあちゃん。

 じいちゃんばあちゃんは各々緩慢な返事をした後、

「ハッ――!」


 消えた。


 ……え、もしかして行っちゃった?


「アクエリちゃあん。お水ちょうだ~い」

 ちょっと状況についていけてない私はお水と話相手が欲しかった。


「お利口になってきたでありんすなぁ。これで四日連続で呼びんした。偉い偉い」

 アクエリちゃんはゴキゲンに頭を撫でてくれたけど、そんな場合じゃないんだよね。

 出してくれたお水をぐいっと飲み干して、

「じいちゃんばあちゃんがお花見行こって誘ってくれたんだけど、いなくなっちゃったんだ」

「ほう? 探してほしいということかえ?」

「うん」 


 アクエリちゃんは目を瞑ってしばらく、たぶん何かの魔法で辺りを調べてくれたみたいなんだけれど、

「ダメじゃ。わっちの索敵魔法≪サーチング≫でも見つからんということは、周囲十キロにはおりんせん」

「そっかぁ……」

「なんじゃ娘っ子。置いていかれたのかえ?」

「うん。『それじゃあ行こうかねぇ』って言った瞬間にみんな消えちゃったんだよね」

「速すぎるのも考えものでありんすなぁ」


 仕方ない。帰ってくるのを待つことにしよう。

 瞬間移動するくらい足が速いんだから、きっとすぐ戻ってくるでしょ。  

  

   

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