8話 夜を追い返す


 狂人だのゲテモノ料理人だのと悪名を着せられたことが頭の中をぐるぐるして、全然寝れなかった。

 でも、朝になったらなんか大丈夫になった。

 実際ゲテモノスープ作ってるし、第一印象なんて持ち前の明るさと可愛さでなんとかなるもんね。


 今日はここ二十日ほどで健康促進効果を解明した魔物圧縮スープを他のじいちゃんばあちゃんにも振る舞ってみようと思う。

 ヴァネッサおばあちゃんだけ元気になっちゃうと、みんな絶対寂しいもん。

 

 まずは大きなお鍋を用意しないと。

 というわけで、ヘレンミおばあちゃんのお家に来た。


「おばあちゃん。大きなお鍋を一つ貸して欲しいんだ」


 そう言うと、いつものように鍋の中身をかき混ぜていたおばあちゃんはうんうんと頷いて、


「じゃあ今から私が唱える呪文を真似してねぇ」

「え?」

 魔法を教えて欲しいんじゃないんだけど、という暇もなく、家の外に出たおばあちゃんは呪文を唱えた。


「悪鬼の重ねし罪禍を煉獄の如き沸湯に融かさん――『ヘル・コールドロン』」


 すごい物々しい呪文のように思ったけれど、沸騰とか溶かすとか聞こえたし、たぶんお鍋を召喚する魔法なんだろう。

「あっキノガッサネジ、在庫オレンゴのごとき沸騰にとかさん――『ヘル・コールドロン』」

 聞こえたままに詠唱する。

 

 すると、魔力が半分くらい消費されるのを感じた直後、目の前の地面から黒い火柱が上がり、その中から鬼の顔を模ったような大釜が現れた。

「はえー」 

 幅は直径二メートル、深さも一メートルくらいのサイズの黒い釜。

 背伸びして中を覗くとマグマみたいな赤い液体が並々入っていて、ぐつぐつと音を立てている。

 

 おそるおそる釜の表面を触ってみたけれど熱くはない。

 でも中身の赤い液体から立ち昇る湯気はしっかり熱い。

 釜の下に火があるわけでもなく、鍋は熱くないのに中身は煮えたぎっている、という不思議な釜だ。

 しかも大きなかき混ぜ棒もおまけでついている。黒い光沢がある、柄の長いしゃもじみたいな形だ。


「圧縮!」

 とりあえず赤い中身は要らないからビー玉にする。オーガのよりもずっと透明感のある、ルビーみたいなビー玉になった。

 アクエリちゃんの水を圧縮した青いビー玉とセットにして売れば、きっといいお小遣いになるね。

 

 一応釜の内側にも触れてみたが熱さは無い。熱くならないのに中身には火を通す凄い素材で出来ているのかも。

 サイズも大きいし、お風呂にも使えるかも!


「ありがとうおばあちゃん。これを中央広場に持っていきたいんだけど、魔法で動かしたり出来る?」

「あぁ、それならいい魔法があるよぉ。ワープゲートっていうんだけどねぇ」


 ワープゲート!

 知らないけどきっと空間と空間を繋いで瞬間移動できるヤツだ。   

 そんなのがあれば旅し放題の楽し放題じゃない?

 もしかしてこれ、チート魔法を受け取るイベントか?

 あまりにファンタジーすぎる魔法に私は飛びついた。


「教えて教えて」


「……はて?」

 おばあちゃんはなんで外にいるんだろう?みたいな顔をして空を眺めていた。

 うん。全部忘れちゃったみたい。

 チート魔法なんて存在しなかった。いいね?


「アクエリちゃあん。お仕事だよぉ~」

 パチパチっと手を叩くと、おばあちゃん家の花瓶からアクエリちゃんが現れる。


「仕事とは珍しいでありんすなぁ。して、わっちに何をして欲しゅうござりんす?」

「コレを広場まで運びたいんだよね。アクエリちゃんの魔法でちょちょ~いってしてくれない~?」  

 

 アクエリちゃんは大釜を見上げるや否や「げっ!?」と声を上げてたじろいた。

 まあいかつい鬼の顔がついてるから、びっくりしちゃったんだろうね。


「こ、これで一体何をするんであ、ありんしょう……?まさかわっちをまた……!?」

「怖がらなくて大丈夫だよ。これ一杯にスープを作って、じいちゃんばあちゃんに振る舞うんだぁ」

「スープ……?あ、あぁ。あの魔物玉を溶かしたスープのことでありんすね!」

「そうそう。もしかして煮られちゃうよ~!って思ったの?可愛いね」

「そ、そんなワケありんせん! さっさとやるでありんす!!」


 アクエリちゃんはぷんすかと怒っていたけれど、大釜を水で覆い、ぷかぷかと宙を浮かせた。

「ほら、ぼっーとしておらんで、早く歩きなんし」

 小さな歩幅のアクエリちゃんの後をついて、広場まで歩いた。


 広場の真ん中に大釜を置いて、アクエリちゃんにお水を注いでもらう。

 するとお水がすぐに沸騰した。火にかけてもいないのに、この大釜は便利家電みたいだね。

 

 煮立った釜の中に、瓶に入れていた魔物玉を投げ込んでいく。

 でも背が低いから上手く入れれないなぁ。

 

「アクエリちゃん。肩車したげるから、ビー玉をちょうどいい感じに釜に入れてくれない?」

「いやでありんす。そこらの木箱でも持ってきて踏台にすればいいでありんしょう」

「けちんぼー」

「わっちの言うことを全く聞かんクセになにがケチじゃ! もっと己の行いを鑑みて物を言いなんし!」

 

 怒られちゃった……。

 仕方なく、木箱を釜の近くに置いて踏台にする。

 ビー玉の瓶を開けて、試しに十個くらい適当に入れてみると、ドス黒い色の煙を放ち始めた。


「くしゃいッ!」

 凶悪な激臭が鼻腔を通って肺を満たし、私は後方に思い切り顔を背ける。

 すると、左足のつま先から浮遊感が立ち昇り、全身が地面に吸い寄せられていく。


「ちゃんと周りを見なんし!この阿呆!」

 アクエリちゃんの叱責が聞こえた時、私は水で出来たぷよぷよのベッドに横たわり、空を眺めていた。

 木箱から足を踏み外して落ちちゃったみたい。


「ありがとねアクエリちゃん」

「言葉より誠意を見せなんし?」


 ニタリとしたアクエリちゃんは、私の目の前に無数の水球を浮かべた。

 これを全部ビー玉に変えろってことみたいだ……。

「はい……」

 私は言われるがまま、魔力が切れるまでアクエリちゃんの水ビー玉を作り続けた。


「あっ、そうだ大釜……ってあちゃ~」

 思い出した時には、大釜の中身は大変なコトになっていた。

 まるで百匹の魔物を煮込んだかのような見るも悍ましい黒色のスープの上に、空の瓶が浮かんでいる。

 木箱から足を踏み外した拍子に、蓋を開けたままの瓶が大釜にぼちゃんした、ということらしい。

 

 瓶の中には先の襲撃で得た魔物+ヴァネッサおばあちゃんが毎日狩ってくる大量の魔物を圧縮したビー玉が入っていた。

 正確な数は数えていなかったが、二百はあったと思う。

 それが大鍋の中で混ざり合い、混沌スープとして顕現してしまっていたのだ。


「敵襲……!?」「戦の匂いじゃ……」

 もくもくと立ち昇る黒煙か、はたまた嗅覚を脅かす激臭か――村中のじいちゃんばあちゃんが表情に険を携えて広場に集まってきた。

 彼らの視線は全て大釜の中身に注がれており、訝しみの中にも強い興味を孕んでいる。


「娘っ子、まさかコレをジジババに食わせようなどと考えているのではありんしょうな……?」

 匂いに顔を顰めたアクエリちゃんが、口元を抑えて言った。

「そんなことないよぉ」

「じゃあなぜ深皿によそっておる……?」

「一応ね」

「一応って何でありんす……?」

 

 分かる。分かるよアクエリちゃん。こんなもの食べ物じゃないよ、って言いたいんだよね。

 でもさ?このスープに入っているのは滋養強壮効果のあるゴブリン、足腰を強くするダークウルフ、気持ちを前向きにするオーガ……どれも健康にいいものばかり。

 言ってしまえば青汁なんだ。異世界青汁。私は八歳だからきっと美味しくないけれど、おじいちゃんおばあちゃんにとっては美味しいものなのかもしれない。

 

 それに……

「美食っていうのはいつも挑戦から産まれてきたんだよ」

 

 私は、混沌スープを全員に振る舞った。     

 じいちゃんばあちゃんは「あまりにも惨い……」「この世は血と骸で出来ておる……」「神の怒りじゃ……」と度々言葉にしながらも、空になった皿を持って大釜の前に列を作った。

 彼らから放たれる眩い光は一日中村を照らし続け、夜を追い返す。

 

「ピカピカだ……」 

 その晩は眩しすぎて全然寝れなかった。

 

 

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